黒部川が日本海に注ぐ扇状地、富山県入善町。その中心部にある富山県立入善高校は2021年4月、普通科に「観光ビジネスコース」を開設し、フィールドワークを軸とした観光教育をスタートさせた。人やモノの一極集中が加速する中、地域と高校生、学校はどのような関係を結んでいくべきなのか。観光ビジネスコースの主任を務める山手浩輝教諭に、コース開設の経緯や具体的な取り組みなどについて聞いた。(全3回)
――入善高校の観光ビジネスコースは、高校再編で隣町の県立泊高校から引き継がれたものと聞きました。新コースの立ち上げに伴い、どのようなコンセプトにしようと考えましたか。
観光ビジネスコースの開設にあたっては、何より入善高校の生徒や地域に合ったものにしなければならないと考えていました。とはいえ、入善町には全国レベルの知名度を誇る観光資源はないし、どちらかと言えば農業や工業が中心の町です。そのため、地域の観光資源を探究して、観光産業につながる人材を育てることだけを教育方針にしたくないと思っていました。例えば、生徒が地域の観光マップを作ったり、観光コースを企画して実際にツアーを販売したりしても、地域の実情から離れ過ぎてしまうのではないかと思ったのです。
また、生徒たちには高校の3年間だけで「課題解決能力が身に付いた」とか「地域に貢献できた」とか簡単に思ってほしくありません。もっと根っこの部分を育てたい。高校時代に立てた「問い」を大学や専門学校に持ち込んで深く学び、将来的に町へ戻ってきたときに役立ててほしいと思いました。
――観光系に限らず、高校では特産品を生かした商品開発やイベントを企画して地域の良さを発信するといった取り組みが注目を集めています。そうしたことはやりたくなかったのですね。
そうした取り組みを否定するわけではありませんが、もしそうするなら生徒の活動が地域経済に消費される流れになっていないか、逆に地域を教材として扱うだけで学校が地域を消費するだけになっていないか、検証が必要だと考えています。
「観光ビジネスコースなのだから、ツアーガイドの体験学習をすればいいんじゃないか」とおっしゃる方もいますが、それは右肩上がりの時代に大人たちが作った分かりやすいストーリーです。地域経済が縮んでいく今の時代にそれを高校生がやって、一体何を生むのだろうというのが、私を含めた若手教員の思いです。これからは「消費し合う関係」を脱して、地域と生徒・学校との関係を作り変えていかなくてはならない。そんな気持ちがこのコースには込められています。
――具体的にはどんな取り組みをしているのですか。
学校設定科目の「観光基礎」(2年次)や「エリアスタディ」(3年次)で地域の人に何度も話を聞きに行き、地域の話をまとめています。文化人類学の「フィールドワーク(参与観察)」という手法を応用したものです。
2年生は前半で入善町とその周辺地域の自然や文化、産業、人などをフィールドワークで調べ、それをまとめて発表します。プログラムの内容は教員側で企画し、生徒たちはさまざまな場所へ出掛けます。そして、2年次後半からはグループでテーマを決めて地域に出掛け、参与観察型フィールドワークを行います。その成果を3年次の夏に発表するという流れです。
――生徒たちはテーマをすんなり決められますか。
昨年の今頃、2年生にKJ法でテーマを出させたときは興味深かったですね。「人がいない」「産業がない」「観光資源がない」と、みんな「ない」ことばかりに目を向けてすぐに課題化してしまうんです。実は、そうやって地域の課題から入ってしまうと、かえって何の解決にもなりません。
――どういうことでしょうか。
例えば、入善に「ない」ものを都会から持ってきても、一部のエリアが都会化するだけで、他の場所は田舎のまま取り残されます。それでは、構造的に何の解決にもならない。「不具合なパーツは交換したらいい」というような発想で解決しようとすると、別に「ない」場所を作ってしまうだけです。
生徒が感じる「ない」という課題は、単体で存在しているわけではなく、いろいろなつながりの中で存在しているものです。ある視点から見ると「解決すべき駄目なところ」かもしれませんが、他の視点から見ると何らかの意味を持って存在している可能性があります。
必要なのは「うちの町は何もないから駄目だ」という入り方を変えることであって、「つまりそれは自分たちの文脈で地域を語ることなんだ」と話しました。そのためにはこの地域の人たちが、この地域のことをどう思っているかを聞いて、「ここにあるもの」をちゃんと見よう、と。
――生徒はそうした熱い思いを受け止めてくれましたか。
最初は戸惑った表情をしていましたが、実際に活動を始めてみたら、多くの生徒は「ある」ことへ向かってくれました。
あるグループは「町のスポーツ施設を紹介しよう」というテーマで、ボルダリングジムに出掛けました。生徒たちは「なぜこんなふうに壁に人がくっついているんだろう」と思い、ジムに来ている人に聞くと「ボルダリングは面白いよ」と言われたというんです。
学校に戻って来てその話をしてくれたので、私は「何が面白いの?」と返しました。すると「いや、分からないんです」と言います。私は「じゃあ、もう一度行ったらいいんじゃない」と言いました。最初はそんなやりとりから始まったのですが、生徒たちは次第にこのジムにどんな人が来ていて、何を面白いと思っているかについて、語りを集めていきました。
でもある日、生徒がこう質問してきました。「先生、こんなのでいいんですか? ボルダリングのことや来ている人のことが分かったって、社会を変えるようなことにつながらないじゃないですか」と。生徒たちはもっと劇的な発見や驚きがなくてはいけないんじゃないかと考えていたわけです。だけど私は「こんなの」を積み上げていくことが、地域の価値の発見につながると思っています。
とはいえ、生徒にとってはあまりにも地味な活動なので、いかに対象につなぎ留める言葉掛けをするか意識しました。「よかったじゃない。新しいことが分かって」と褒め、「私はその場を見てきていないんだから、君たちが本当だと思えば、それが本当のことなんじゃないか」とか「君らの方が詳しいんだから教えてよ」などと言って、生徒に主導権を渡しています。
フィールドワークのいいところは、教員より生徒がテーマに詳しくなれることです。教員の持っていきたい方向があって、そこに生徒を誘導していくような活動は望ましくありません。
今はインターネットで何でも検索できる時代なので、生徒はそれらしい答えを見つけるのは得意です。でも、それが本当に地域の実態を反映しているのか、地域の一人一人の思いに寄り添えているのかを考えたら、疑わしいものがあります。
やはり目の前の人間と話をしたり、長い時間を共有したりして初めて、問いやテーマが見えてくるものではないでしょうか。それこそが、本校の参与観察型のフィールドワークが目指しているものなのです。
【プロフィール】
山手浩輝(やまて・ひろき) 1986年、富山県出身。大学卒業後、富山県の公立高校教員となり、特別支援学校などを経て2016年より県立入善高校に勤務。その間、金沢大学大学院人間社会環境研究科博士前期課程で学び、18年に修士号を取得。現在、観光ビジネスコース主任として新たな地域学習を模索中。進路指導部所属。