【地域に浸り、地域を学ぶ】 一枚の布を織るような学びを

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 町というフィールドを観察し続けた生徒たちは、「町を良くする」ことが一筋縄ではいかないことを学んでいく。そうした中、富山県立入善高等学校観光ビジネスコース主任の山手浩輝教諭は「高校生との対話が、地域を見直すきっかけになれば」と語る。インタビューの第3回では、町と学校、地域の人と生徒たちが“一枚の布を織るような”関係づくりの在り方について聞いた。(全3回)

地域の人も「外から語られる経験」が新鮮

――観光ビジネスコースの生徒たちを受け入れる地域の人たちは、どんな反応でしたか。

 毎年、フィールドワークの結果を夏の成果発表会で披露した後、生徒は自分たちが訪ねた所へ報告に行きます。その際、私は「報告はあくまでも現時点での地域に対する理解であり、その時にできた縁はこれから先、どこで生きるか分からないものなんだ」と、終わりではないことを伝えるようにしています。

 ボルダリングジムの方は生徒の活動を見ながら、「自分たちで自分たちのことを見るのはよくあるけれど、他の人から自分たちがどう見られているかを意識することはあまりない。だから高校生が観察したことを伝えてもらえるのは、自分たちを見直すきっかけになると思う」と話していました。

高校ができる町おこしについて語る山手教諭
高校ができる町おこしについて語る山手教諭

 フィールドワークを通じ、高校が町のためにできることはこういうことだと思うんです。町の人たちが自分たちで良くしていこうと思わなければ、町は良くなりません。高校生がすべきことは改善点を指摘することではなく、この町がどうなっているか、こういう町なんだと伝えることなんです。それが、町の人たちが自分たちを捉え直すきっかけをつくることになります。誰だって「こうすれば、ああすれば」と言われるより、自分たちで「こうしたい、ああしたい」と思う方がいいに決まっています。

 このコースでやっていることは、地域の「背中をさする」のと同じような行為です。高校生と同じように地域の人も「ここには何もない」と、外からの目線で自分たちを評価してしまっているからです。そうした状況を「高校生が何か変えてくれる」と期待するのは、町おこしを他人事にしているのと同じです。そうではなく、高校生と対話をすることで、内側から地域を捉え直す。それこそが、高校ができる町おこしではないでしょうか。

世界に対する自分の「態度」を育てるのが探究

――フィールドワークを通して生徒に身に付けさせたいものは何ですか。

 「心の向き」です。世界に対する自分の「態度」とも言えると思います。大事なのは自分が世界に何をしたいかだけではなく、世界がどのようにあるかに注意深く気付いていけることです。フィールドワークに行くのは、スキルを身に付けるためではありません。どういうところに焦点を当てるかの「軸」の取り方を決めるために行くのです。

 成果発表会のトリを務めたある3年生のグループは「寄り添うって、簡単にできるものではないことが分かった」と述べていました。そのグループは、町のパン屋さんでフィールドワークをしていました。最初は「もっとパン屋さんを盛り上げよう」という発想で通っていましたが、それは相手を対象としてしか見ていなかったと気付くんです。生徒たちは一生懸命ポップを考えてみたりしたけれど一筋縄ではいかなかったこと、それでも自分たちを受け入れてくれたパン屋さんの優しさなどについて語っていました。

地域にとっても高校生のフィールドワークは新鮮に映ったという
地域にとっても高校生のフィールドワークは新鮮に映ったという

 プレゼン自体は練習を集中的にやったわけではないので決して上手だとは言えませんが、発表会に来た他の教員や生徒たちがたくさん質問をして、対話するような場が生まれていました。他の生徒も、こんなふうにやりとりをするのが観光ビジネスコースのフィールドワークなんだと、理解してくれたらうれしいですね。ただ聞いているだけでも構いませんが、一歩踏み込んで質問をすることは発表者に失礼ではないことだし、それこそ「心の向き」なんだと思います。

――これから先、観光ビジネスコースのフィールドワークはどう発展していきますか。

 今の形が正解かどうかは分かりません。入善高校の観光ビジネスコースも高校再編や入善町の施策、地域の資源など、いろいろな関係性の中でつくられてきたものだからです。

 個人的には、今後は教員が企画して連れて行く形のフィールドワークを減らし、生徒自身が長い時間、フィールドに出掛けられるようなプログラムにしていきたいと考えています。また、地域の人にも学校にも、それが重荷にならないよう持続可能な取り組みにできればとも考えています。

 そのためには、生徒自身が前年度の取り組みに倣ってフィールドを選ぶのではなく、自分たちで開拓していってほしいですね。同じフィールドを選ぶ場合は、新たな面を見いだしてくれたらいいなと思います。

 何かを分かることや学習することについて、人類学者のインゴルドは「柳のかごづくり」を例に挙げてこう言っています。「かごの形状は外側から素材に課されているのではなく、この力の場の中で生成し、編み手と柳の関係によって成立しているのだ」と。自分の頭の中のイメージを柳に入れ込むのではなく、自分の力や相手の力・抵抗を一緒にすることで形が作られていく。これを2つの糸が組み合わさってできる「メッシュワーク(編み物)」と名付けています。

「生徒たちをもっと地域に出したい」と語る山手教諭
「生徒たちをもっと地域に出したい」と語る山手教諭

 生徒たちの学びも、この「メッシュワーク」であるべきだと思います。思考力とはこういうもの、主体性とはこういうものと定義付けてしまうと教え方が定型化されてしまいます。そうした固定的な教え方ではなく、生徒一人一人の力の抵抗を感じつつ、その都度やり方を変えていく。それが教育において私が常に意識していることです。

 観光ビジネスコースで作ったTシャツには、「Revisit the fields, weave our futures together!」というロゴが入っています。生徒や教師と地域の人たち、学校とフィールドとが一緒になって、未来を一つの布として織っていく。そんなメッシュワークが私たちの学びなんだという思いを込めたキャッチコピーです。

教師も地域の一員になるために

――自身の地域との関係は変わりましたか。

 この前、町でお祭りがありました。私は入善町の出身ではありませんが、今は町内に住んでいます。お祭りに子どもを連れて行ったのですが、主催者の一人である料亭の若旦那さんが「あっ、先生、楽しんでいってください!」と声を掛けてくれました。自分が地域の一員になれたような気がしてうれしかったですね。

 教員という立場で、フィールドワークという活動を通じた関わりから始まったわけですが、そうした関係性を超えて町の一員として、町のためにもしかしたら何かができるかもしれないと思えた瞬間でした。町の人と教員という境界線を超えて溶け合う、そういう関係の結び直しを今後も続けていきたいと思っています。

【プロフィール】

山手浩輝(やまて・ひろき) 1986年、富山県出身。大学卒業後、富山県の公立高校教員となり、特別支援学校などを経て2016年より県立入善高校に勤務。その間、金沢大学大学院人間社会環境研究科博士前期課程で学び、18年に修士号を取得。現在、観光ビジネスコース主任として新たな地域学習を模索中。進路指導部所属。

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