【フィンランド流・学びの描き方】 教員が頑張れる理由

【フィンランド流・学びの描き方】 教員が頑張れる理由
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 フィンランド大使館で広報を担当する堀内都喜子さんは、「先生への信頼」が教育の鍵を握ると話す。同国では、行政的にどのような教育制度が敷かれているのだろうか。インタビューの第2回では、フィンランドにおける教員の養成・採用の仕組みや、負担が増える中でも教員が頑張れる理由を聞いた。(全3回)

「校長と合わないから辞める」

――「フィンランドでは教員の裁量が大きい」との話でしたが、校長の裁量も大きいのでしょうか。

 そうですね。日本のように段階を経て昇任していくシステムではなく、校長職として一般から公募し、採用されます。教育者である以上に、マネージメントを学び、スキルを持っていることが重要で、企業の社長のような存在です。

 教員経験は必須ですが、30代の校長も珍しくはありません。一人で複数の学校の校長を掛け持ちすることもあります。

――教員の採用はどのような仕組みになっているのでしょうか。

 募集は自治体がしますが、学校や職種が限定されていて、各校の校長などが面接をして採用します。通常、教員は希望すればその学校にずっと勤め続けられますし、出たいと思ったら他校の面接を受ければよく、そうやって何度でも受け直しができます。長期で休職する教員の代理として、1年といった期限付きでの募集もあります。

 教員をしている友人も「この学校は嫌だ」と感じて別の学校へ移りましたし、「校長と合わないから辞める」と他校に移る人もいるそうです。

――過疎地で「希望する先生がいない」というような学校はないのでしょうか。

 都会暮らしをあえて避ける人もいますし、田舎に根を張って教員を続けていく人もいます。一度採用されたら長く勤めるケースも多く、そうした話はあまり聞きません。

――特別支援教育のための人員が必要になったときや産休・病休が出たときは、どうしているのでしょうか。日本ではそのための名簿があり、教員採用試験の不合格者が名前を連ねています。

堀内さんが訪れたフィンランドの学校の中にある教員用の休憩スペース(本人提供)
堀内さんが訪れたフィンランドの学校の中にある教員用の休憩スペース(本人提供)

 特別支援教育については、現職の教員が空いている時間にオンラインや座学で学べるコースが多く用意されています。さらに、自治体が資格取得を金銭的に支援し、その後に自治体で働いてもらうケースもあります。教員をしている友人もヘルシンキにいた頃、給料をもらいながら1年間休職し、大学で特別支援教育を学び、資格を取っていました。

 また、フィンランドにもウェイティングリストがあり、代理で雇われる仕組みがあります。コロナ禍で教員が感染し、人手不足になった際にも活用されていました。

 育児しながらの勤務について言えば、フィンランドには子育て世帯を支える保育制度があります。1980年までは、自治体の保育所を利用できる7歳未満の子どもはわずか25%程度でしたが、国が保育園法を二度改正して「自治体には全ての子どものニーズに応じて保育所を確保する責任がある」と定めたことで大きく変わりました。

 今では全体の約8割が保育所を利用しており、保育士が自宅で預かる小規模保育や一時預かりなども充実しています。多くの保育所では昼食だけではなく朝食も無償で提供されるので、預ける親にとっては子どもを起こして連れて行けばいいだけなので楽です。

大学生が代替教員を務めることもある

――ジェンダーギャップ指数で世界2位のフィンランドですから、父親も家事や育児を平等に担うのですよね。

 そうですね。フィンランドでは産後の入院期間が短い上に里帰り出産の習慣もありません。8割の父親が育休を取得していますし、家事全般でも、父親は多くの役割を担います。

 私の周囲の男性は、子どもが生まれるだいぶ前から同僚と仕事を調整し、誕生直後から数週間は育休を取得して家庭に専念しています。近年では取らないと不思議に思われるくらいです。

――そうした休暇を教員が取る際に活用されるウェイティングリストですが、どんな人が名を連ねているのでしょうか。

フィンランドの教員養成システムについて語る堀内さん
フィンランドの教員養成システムについて語る堀内さん

 教育学部の学生です。教員の出張の際にも授業を受け持つことがあります。私も初めて知った時には「まだ卒業していないのにいいの?」と驚きました。

 その背景には、教育学部が日本と異なる制度的位置付けであることがあります。教員養成プログラムはとても実践的で、教育実習が15~21週にわたるなど、現場で多くの経験を積むことが重視されています。また、いろいろな大学に教育学部があるのではなく、一部の大学だけに設置され、合格する人数も限られています。

――合格率はどの程度なのですか。

 小学校教員を目指す教育学部で、おおむね2割ほどです。倍率が数十倍のところもあります。また、入試は筆記だけではなく、面接やグループワークなどがあります。「将来の先生になる学生」ということで、学力に加え、人間性やモチベーションなどが厳しく審査されるのです。

 グループワークでは、与えられたプロジェクトをいかに協働して進められるかが見られます。適性を見るために面接も慎重に実施されます。目指しても誰もが入れるわけではない学部です。

――日本でいう教員採用試験を大学入試で実施しているイメージですね。

 そうですね。そのため、教育学部を卒業したら自動的に採用されるような状況です。もちろん、各学校の面接を受けるというプロセスはありますが、教員数の需要と供給のバランスは大学入学段階で調整されています。

教職に対する信頼度の高さ

――教育学部に入学した学生が、他の進路を選ぶなどしてバランスが崩れることはないのでしょうか。

フィンランドでは、教員は人気の職業だという(Finland Promotion Board提供)
フィンランドでは、教員は人気の職業だという(Finland Promotion Board提供)

 フィンランドでは教員は人気の職業です。社会的地位も高く、医師・警察官・看護師に次いで4番目に国民の尊敬を集める仕事だと聞きます。

 裁量が大きいのは先にお話しした通りで、国の検定教科書がないので、教科書は教員の意見を基に学校ごとに選んでいます。副教材なども、教員がそれぞれの判断で選定しています。

――教員の判断が信頼されているのですね。

 国が教職への信頼をとても大事にしています。教育大臣も「フィンランドの教育の鍵は公平な機会を皆に与えること、そして先生への信頼だ」と常々発言しています。

 一方、「PISA世界一」から陥落したことについては、「家庭の経済格差が子どもの成績に現れるようになった」と背景を指摘する人もいます。フィンランドが誇りとする「平等と公平性」に揺らぎが生じているのは事実ですが、「先生への信頼」は変わらず重視されています。

 フィンランドでは塾や予備校に通う文化もなく、学力は学校で身に付けるものだと多くの人が認識しています。教員は子ども、保護者、他の教員、校長、そして教育委員会から信頼され、教育活動をこまごまとチェックされることもありません。その信頼に応えるべく、教員も頑張っているのではないでしょうか。

――日本で問題となっている教員の負担増は生じていないのでしょうか。

 国が方針として示す「コアカリキュラム」が刷新されて業務が増えたという声もありますが、負担を減らす工夫もなされています。

 電子連絡帳はその一つで、子どもや保護者と双方向で連絡が取れます。スマホでもパソコンでも使えて、保護者からの欠席の連絡もリアルタイムで確認できます。教員から時間割や持ち物、行事の連絡をすることもでき、クラス替え後の新学級や年間予定、成績も端末を使って伝えられます。

 学年末の成績については、子どもと保護者が話し合って取り組みの度合いを可視化し、教員が最終的な数値やコメントを加えて送ります。賞状などを除き、紙ベースでのやりとりがほとんどないような状況です。個別の相談もオンライン上でできます。

 また、部活動指導がなく、授業が終われば教員も帰宅できます。夏休みが2カ月(学校は2カ月半)と長いので、この期間にリラックスして充電できるのも、多忙感の軽減に役立っているのでしょう。

【プロフィール】

堀内都喜子(ほりうち・ときこ) 長野県生まれ。大学を卒業後、日本語教師などを経てフィンランドのユヴァスキュラ大学大学院に留学。コミュニケーションを専攻し修士号を取得。帰国後はフィンランド系企業に勤務する傍ら、フィンランド大使館の仕事などにも副業で従事。2013年よりフィンランド大使館職員として広報を担当する。著書に『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社)、『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ社)などがある。

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