【フィンランド流・学びの描き方】 ウェルビーイングの支え

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 フィンランドに長く滞在し、現在は同国の大使館で広報を担当する堀内都喜子さんは、「フィンランドも夢の世界ではない」と話す。日本では教育の先進国として捉えられている同国だが、具体的にどのような問題を抱え、どう乗り越えようとしているのか。インタビューの最終回では、いじめや新たな教育への転換で生じる課題、インクルーシブ教育の難しさなど、日本と共通する諸課題への対応について聞いた。(全3回)

新たな教育への転換

――フィンランドでは、新コアカリキュラムによって教員の業務が増えたとのことですが、詳しく教えてください。

 教員の労働組合による調査では、91%が「仕事の量が増えた」と回答しています。

 コアカリキュラムとは、10年に一度発表される小中学校の学習指導方針です。新コアカリキュラムは2014年に作成され、16年秋から段階的に導入されました。重視するのは心身の健康と学習意欲の向上、将来必要な知識やスキルです。

 新コアカリキュラムで増えた仕事とは、「教員との打ち合わせ」「授業準備と記録」「子どもの評価」だそうです。その背景には、教科横断的な授業が導入されて教員間の連携が不可欠となったこと、教員の役割が「情報や知識の提供者」から「子どもが自ら学べる環境を整えるガイド役」に転換したこと、学期末の評価に「子どもによる自己評価」が加わったことなどがあります。

――負担という面以外で、教員の反応はいかがですか。

 私が話を聞いた教員の多くは賛同しています。新コアカリキュラムは細かい部分を規定していないので、方向性を把握していれば、これまで以上に柔軟に、自由でクリエーティブな授業ができるという声もあります。「新たな挑戦は楽しく、意欲的になれる」と語った教員も少なくありませんでした。

 教員と子どもが一緒に授業をつくっていくのが理想だと皆が考えていて、以前のように一方的に知識を教えていた頃には戻りたくないのだと感じます。

――「自由でクリエーティブな授業ができる」というのはいいですね。

 そうした授業を支える工夫として、オープンなスペースの導入があります。新コアカリキュラムは、従来のような四角い教室に45分間きっちり座って授業を受けるという既成概念を取り払っています。動き回って授業をしたり、ゲームやICTを活用して実践的に学んだりすることを提案しています。

 例えば、以前訪問したヘルシンキのクロサーリ小学校では廊下の幅を広く取り、そこに机やソファを置いて、さまざまな活動ができる空間にしていました。

――まさに「オープンなスペース」なのですね。

さまざまな活動ができるクロサーリ小学校の廊下(本人提供)
さまざまな活動ができるクロサーリ小学校の廊下(本人提供)

 私が訪れた時は、5年生が2~3人ずつでグループワークをしていました。校舎の外に出て授業することもあります。

 オープンなスペースに対し、一部では「集中できない」などの批判もありますが、教員が前に立って講義し、子どもが全員同じ方向を向いて座ったまま授業を受ける時間は少なくなっています。

 その背景には、「座りっぱなしでは健康に良くない」という見方があります。クロサーリ小学校では高学年の廊下にある机は高く、椅子がありません。立って学習できるようにしているんです。

教員に抱え込ませない

――ウェルビーイングを高める観点でもあるのですね。

 ウェルビーイングを支える取り組みとしては、国を挙げて進められているものが2つあります。いじめ防止プログラムの「キヴァ・コウル」と身体活動を促進する「スクール・オン・ザ・ムーブ」です。

 まず「キヴァ・コウル」とは、直訳すると「楽しい学校」です。トゥルク大学が研究開発したプログラムで、教育省が補助金を出して全国展開しています。

――プログラムの特徴を教えてください。

 傍観者への働き掛けに重点を置いている点に特徴があります。子どもが声を上げやすくし、被害者の支えになるよう促しています。見て見ぬふりをする傍観者の存在が、いじめを継続させる要因になっているという研究に基づいたものです。

 そして「いじめのメカニズム」を理解することを、教員だけではなく子どもや親にも求め、対処法や予防法を学ぶ授業を提案しています。

――具体的に、どのような授業がされているのですか。

 例えば、コンピューターで作られたシミュレーションゲームに取り組ませる授業があります。学校が舞台で、プレーヤーの子どもがいじめを目撃する場面から始まり、画面に選択肢が出ます。「やめるよう注意する」「先生に言う」「無視する」などから選ぶと話が進み、次の選択肢が出てきます。加害者を怒らせたことで自分がいじめの対象になってしまうような展開もあります。子どもが当事者意識を持っていじめについて考えられるような仕組みになっています。

 また、このプログラムのロゴが入ったバナーやポスターが学校中に貼られています。「いじめを許さない」という強い意思表示です。

――子どもも「何かあったら伝えられる」という安心感が持てますね。

フィンランドのいじめ防止プログラム「キヴァ・コウル」について語る堀内さん
フィンランドのいじめ防止プログラム「キヴァ・コウル」について語る堀内さん

 「あなたはそこにいていいんだよ」ということです。学校全体で、物理的な居場所というだけではない、「ここに属していていい」という雰囲気をつくっています。

 また、「いじめ防止の授業を現場でやって」と押し付けるのではなく、教員の負担を増やさない工夫もあります。授業の教材や教具は用意されていますし、保護者を巻き込む実践もプログラムには盛り込まれています。

――どのような内容ですか。

 まず、「いじめってなんだろう」ということを保護者に考えさせ、メカニズムを知ってもらいます。さらに、電子連絡帳でメッセージをやりとりできるようにして、必要があれば話し合いの場を設定します。話し合いには担任だけではなく、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー、場合によっては校長が同席して、皆で対処法などを検討します。

 すぐに根本的な解決につながらなくても、教員が抱え込んだり一人で悩んだりする必要がなく、保護者も専門家も巻き込んでいけます。この他に、自治体のファミリーカウンセラーにつないで家庭訪問してもらうケースもあります。

――「キヴァ・コウル」の効果は検証されたのでしょうか。

 さまざまな研究発表がなされています。プログラムの全国展開は09年からで、その時点では小学4年から中学3年で「学校に安心感を抱いていない」としていた子どもが10%ほどいましたが、15年には4%まで減少しました。また、被害者や加害者の割合も減少傾向にあり、09年に16%以上いた被害者の割合が17~18年には11%にまで減少しました。

 もちろん、いじめがなくなったわけではありません。21年の調査によると、10人に1人はいじめのことを誰にも話せていないそうです。SNSの普及もあり、いじめは学校の中だけで起きるものではなくなっていますが、それでも学校が一番に安全・安心な場所であるよう、取り組みを進めているという状況です。

決して夢の世界ではない

――もう一つの「スクール・オン・ザ・ムーブ」について教えてください。

「スクール・オン・ザ・ムーブ」の一環で、体を動かしながら算数の授業を受ける(Liikkuvakoulu提供)
「スクール・オン・ザ・ムーブ」の一環で、体を動かしながら算数の授業を受ける(Liikkuvakoulu提供)

 「毎日1~2時間は体を動かす」「2時間以上連続して座らない」「テレビやゲーム、スマホなどの画面は2時間以上続けて見ない」など、体を動かす機会を増やす取り組みです。具体的な内容は、学校と子どもがチームをつくって話し合いながら考えていきます。

 例えば「座り続けないようにする」取り組みでは、立って授業を受けたり、バランスボールに座って勉強したりしています。また、教室のあちこちに数字を貼っておいて、子どもが動き回りながら計算するなどの試みもあります。

 エネルギーを発散するという目的に加えて、一緒に考えながら取り組むことで子どもたちの主体性を育み、交流を増やすという狙いもあります。

 「スクール・オン・ザ・ムーブ」は、上級生が休み時間に下学年の子を運動に誘うなど、異年齢集団をつくって学び合う場にもなっています。学級内とは違う人間関係ができるという点でも、効果的な取り組みと言えます。

――インクルーシブ教育も推進されていますね。

 新コアカリキュラムの下、インクルーシブ教育は日常的に展開されています。

 ただ、混乱が全くないわけではありません。授業の進行が遅れたり、支援が必要な子どもが集中できていなかったり、いじめの対象になってしまったりすることもあります。特別支援教育の教員や専門家など必要な人員が足りていないことも多く、教員の負担増やクラスの落ち着きのなさにつながっている側面もあります。

 特別支援教育の教員になった友人は仕事がハード過ぎて、今は休職しています。フィンランドも「夢の世界」ではないので、いじめ防止でもインクルーシブ教育でも、試行錯誤をしているところです。

【プロフィール】

堀内都喜子(ほりうち・ときこ) 長野県生まれ。大学を卒業後、日本語教師などを経てフィンランドのユヴァスキュラ大学大学院に留学。コミュニケーションを専攻し修士号を取得。帰国後はフィンランド系企業に勤務する傍ら、フィンランド大使館の仕事などにも副業で従事。2013年よりフィンランド大使館職員として広報を担当する。著書に『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社)、『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ社)などがある。

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