部活動のないドイツから考える 教員の働き方改革(上)

部活動のないドイツから考える 教員の働き方改革(上)
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ドイツの教員の労働時間は短い?長い?

 日本で部活動の地域移行が大きな議論になっている。

 筆者は2020年にドイツのスポーツについて2冊の本を出版したが、日本での議論に真正面から加わるのは難しいと常々感じていた。というのも、議論の矮小(わいしょう)化が甚だしいからだ。特に一面的に「教員の働き方改革」に焦点が当たった議論が熱気を帯びていた時期があったが、厳しい言い方をすると、部活動地域移行の理由としてあまりにも瑣末(さまつ)な議論に見えた。

 言うまでもなく「スポーツ」は英国発祥の言葉で、ドイツでも英語がそのまま使われる。つまりどの国にも英語のスポーツに相当するものがなく、直訳できる言葉がないのだ。極論すれば時代や地域によって「こういうものが『スポーツ』なのであろう」と発展させていくことになる。実際、日独を見ると、その中身は異なる。なぜなら国の政策や社会システムの中にスポーツがどう位置付けられているのかが違うからだ。ドイツの学校に、日本のような部活動がないのはその一例に過ぎない。

 換言すれば、部活動は日本スポーツのかなり大きな位置を占めてきたわけで、それを変えるというのは、実にラディカルな課題であることが分かる。それ故に、スポーツとはそもそも何なのか、日本でスポーツをどのように位置付けてきたのかという、ややもすれば哲学的な命題から考えるべきだ。その上でスポーツが持つ価値を、社会全体、地域全体とどのように関連付けるべきかという俯瞰した議論が必要なはずだ。

サッカー親子対決! 地域スポーツが充実すると、こういう楽しい試合もしやすいのではないか?(筆者撮影)
サッカー親子対決! 地域スポーツが充実すると、こういう楽しい試合もしやすいのではないか?(筆者撮影)

授業は終わった、さあ、帰ろう

 とはいえ、日本の現状を鑑みると、バズワードのように繰り返し発せられる「教員の働き方」と部活動は密接な関係にあり、深刻な問題になっているというのも確かだろう。

 では部活動のないドイツの教員はどのような働き方をしているのか。

 まず、日本とは学制がかなり異なる。ドイツは16州で成り立つ連邦共和国で地方分権傾向が強く、教育制度はその最たるものの一つで州ごとに違う。例えば夏休みの時期なども異なる。そんなことから単純な日独比較は難しいのだが、労働時間は明らかに日本よりも短いのではないか。

 例としてバイエルン州を見てみよう。同州の法律によると、小学校(1~4年生)で週28コマ。それより上の子供が通う学校の制度は日本より複雑なので、説明は省略するが、小学校以上の学校を見ると23~29コマが教師の義務だ。

 もちろん授業の他にも学校内で会議もあるし、保護者との話し合いをもつ時間もある。それにしても日本との大きな違いは、総じて学校の終わりが早く、授業が終わると帰宅する教師が多いことだろう。

 筆者の子供たちはドイツの学校に就学していたが、小学校は基本的に午後1時ごろに授業は終わり。児童たちと一緒に校門から先生が「さようなら」と言いながら帰宅する風景を何度も見ている。そんなことから、ドイツでは多くの人が「教師は働かない」という印象を持っている。

夏休みが始まると、バカンスへ

 さらに、長期の休みも見ておこう。

 23年のバイエルン州の場合、クリスマス休暇(22年12月24日~23年1月6日)に始まり、冬休み(2月カーニバルの時期 1週間)、復活祭(4月 2週間)、聖霊降臨日(5月末~6月 2週間)、夏休み(7月31日~9月11日)、秋休み(10月30日~11月3日 万聖節)という具合で長期の休みが断続的にある。日本社会ではなじみのない名称が付いているものがあるが、それらはキリスト教にまつわるものである。

 ドイツといえば、長期にわたってバカンスに出掛けることでも知られている。特に就学中の子供がいる家族などは、例えば聖霊降臨日の休み中に休暇をとって、イタリアなど暖かいところで過ごす人も少なくない。夏休みが始まると、一斉に家族で出掛ける人も多い。

 これは教師も同様だ。もろもろの休みの時にでも学校に出てこなければならないこともあるが、通常「出勤」しなくともよい。だから夏休みになった途端、さっとバカンスに出掛ける。

ドイツでも教師の労働時間は長い?

 ここで多くの読者諸氏が思うだろう。夏休みが「休み」だなんて、という驚き。そして普段の帰宅時間を見て、テストの準備に終了後の採点、授業の準備やそのためのインプットなどはどうしているのか。教師は教壇に立つ以外の仕事も多い、と。

 これらの仕事は自宅で行っている。少々古いが、15年に行われたニーダーザクセン州の学校についての調査によると、週の労働時間の平均46時間38分。学校で授業などを行う時間と、自宅で働いている時間を合わせたものだ。メリットは柔軟な時間の使い方ができることだが、裏を返すと夜や土日に働いていることもあるということだ。

 特に「日曜日に仕事」は、日本以上に残念だ。何しろドイツはキリスト教がベースの国である。もっとも信者の数はぐっと減少しており、大げさに言えば、毎日曜日に教会に足を運ぶ人は絶滅危惧種。そんな現実にも関わらず「安息日」のイメージは残り、例えば法律で小売店は営業禁止。ショッピングはできないが、家族との時間、友人を訪問する時間、そして仕事や義務から解放された時間を満喫する日だ。

 本稿を執筆するにあたり、何人かの教師から実態を聞いているが、「ドイツで『教師は働かない』というイメージが大きいですね」と水を向けると、「そうですよ、(当然)知っていますよ」と嘆息とともに返ってきたり、「いやいや、実はね」と教壇に立つ以外の仕事を丁寧に教えてくれたりするケースがあった。彼らは決して「働かない」人たちではない。

 それでも日常的に自分たちの自由時間(余暇)はある。地域でスポーツやボランティア活動をしている人も少なくない。また、ドイツの地方議員は無償活動で「職業的」ではないのだが、そのせいか地方政治家として活躍する人も散見される。

 ところで、ドイツの学校のほとんどは公立だ。公務員の法定労働時間は州や年齢などの条件によって異なるが、40~42時間。しかし18年に教育分野の労働組合が行った調査では、他の公務員よりも平均して1時間40分も長く働いていることを明らかにした。この20年間を見ると、常に新しい課題を抱えることがあり、必須の授業の数も増えていることが背景だ。

ドイツの教師が抱える課題

 ちなみに「新しい課題」で大きいのが、多文化共生にまつわる分野だ。例えばニュルンベルク市(バイエルン州)のギムナジウム。この学校は小学校卒業後5年生から13年生(ドイツで1年生から通算でカウントする)の生徒が通う学校だが、20人ほどのクラスを受け持つ女性教員によると、「ドイツの苗字の生徒は4人程度」という。欧州内の「外国人」なら学制の違いに戸惑いがあっても、まだ文化的に近い。しかし、非欧州の出身者なら、価値観から異なることもある。また親がドイツ語を話せないケースもある。

 同市は25%が外国人。さらにドイツの市民権を持っていても帰化によるものや、親のどちらかが外国ルーツといった人を含めると47%に及ぶ(20年)。参考までにドイツ全体(20年)では12.6%が外国人。14.1%はドイツの市民権を持っているが何らかの外国ルーツを持っている。このように見ていくとニュルンベルクはより「カラフル」な都市ではあるのだが、それだけに学校での教師の負担が増えているのだ。

 以上、ドイツの教師の働き方、労働時間、社会における労働の感覚、そして喫緊の問題を概観してきた。次回は日本の部活動の問題を論じる際、「教師」とは一体何なのか、働く時間が短くならない理由は何かについて考える。

【プロフィール】

高松平藏(たかまつ・へいぞう) ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(バイエルン州)在住。 京都の地域経済紙を経て、90年代後半から日独を行き来し、エアランゲン市での取材を始める。2002年から同市に拠点を移す。両国の生活習慣や社会システムの比較をベースに環境問題や文化、経済などを取材。「都市の発展」をテーマに執筆。また講演活動のほか、エアランゲンで研修プログラムを主宰。著書に『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか』(学芸出版社)、『ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方』(同)、『ドイツの学校にはなぜ「部活」がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間』(晃洋書房)など。

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