デンマークでは、10年ほど前から毎年6月中旬の4日間、ボンホルム島の海岸沿いの町アーリンゲで「国民の集会」というお祭りが行われている。首相や大臣、各政党の政治家、企業役員、市民団体、研究者やジャーナリスト、そして市民ら5万人以上が集まり、朝から夜まで、さまざまなテーマの議論やワークショップに参加する。今年も6月15日~17日の開催に向けて、準備が着々と進められている。
「国民の集会」の目的は、デンマークにおける民主主義と対話の強化にある。市民が、政策やビジネスの意思決定者および関係団体と直接対話することで、政治的文化を育もうというのだ。そのため、誰でも無料で、予約せずに参加できる。
期間中は、複数の会場でさまざまなイベントが計2500以上行われる。プログラムを見ると、討論が約6割に上る。思想や信条、年齢、性別、社会階層を超えて、多様な人々が多様なテーマについて話し合うことが重視されているのだ。テーマは例えば、「子どもや若者の責任はいつから始まり、いつ終わるのか?」「健康省大臣との議論:ノンアルコールビールは健康か?」「インターネット上の制限と自由」「図書館の未来の役割とは?」と多岐にわたる。その他は講演やインタビューが15%、ワークショップが6%ほどある。
開催中、島には各団体のブースが所狭しと並ぶ。筆者が訪れた際には、会場が5つのエリアに分かれていた。SDGsや気候変動、環境への配慮や持続可能性のある社会への移行、国際関係に関わるブースやイベントがある「環境・グローバルエリア」。犯罪、警察、司法や人権、表現の自由に関する「法・秩序エリア」。食、食文化、観光業に関するイベントや飲食ブースが多く立ち並ぶ「食・意見エリア」。労働環境や商業PR、都市や地方の開発や福祉に関する「仕事・成長エリア」。そして宗教、地球、健康、教育や福祉、子どもや若者に関することを議論する「生・魂エリア」である。老若男女さまざまな参加者が、これらのエリアを渡り歩きながら、団体や政党のブースに立ち寄ったり、議論を聴講したり参加したりしていた。
会場内は飲食ブースも多く、アルコールを含め飲食自由だ。参加者はTシャツに短パンといった普段着で、飲食したり芝生に座ったりしながら演説を聞いたり、くつろいでヨガや合唱をしたり、ワークショップや観光ツアーに参加したりと、自分のペースで思い思いのままに過ごす。首相や著名な政治家も、道端で市民と気軽に議論や会話をしている。
日本における地域の市民活動フェスティバルと似ている点もある。決定的に異なるのは、異なる政治的立場を持つ全ての政党から多くの政治家、会社役員、協会や市民団体が参加し、市民と自由に対話できる空間が設けられていること。また、各団体の活動紹介や展示ではなく、テーマや主題に沿った対話が中心であることと、何より会場全体にあるゆったりと気楽な雰囲気である。
「国民の集会」の起源は、1968年にスウェーデンのゴットランド島の町ヴィスビューの公園アルメダレンで、当時の教育大臣であったオルフ・パロメ氏が夏季休暇中に演説を行った事をきっかけに発展した「アルメダル週間」にある。
近年は、同様の取り組みが「デモクラシーフェスティバル」と呼ばれ、北欧やバルト3国、欧州の一部で広がりを見せている。こうした取り組みは次の点で共通している。全国的なイベントで、参加型民主主義と社会的利益を目的としており、予約不要で誰にでも無料で開かれていて、お祭りのような形態とインフォーマルな雰囲気があり、対話に焦点を当てている点である。
各国でこれらの取り組みが広がりを見せている背景には、民主主義への危機意識がある。政治家や統治システムへの不信感、建設的な方法での異議申し立てへの無力感、社会の中での分裂と不寛容、ソーシャルメディア内での閉塞(へいそく)感、議会と市民社会との距離の広がり、開かれた議論や対話文化の乏しさ――などの課題がある。
各国の実践のネットワーク組織であるデモクラシーフェスティバル協会は、「民主主義は、民主的な制度や明文化されたルール、法律以上のものであり、人々によって育てられ、実践される文化でもある」と述べる。「生きた民主主義の文化を可能にする鍵は、人々がつながり、一緒に、お互いに語り合い、聞き、触発され、意見を交換する場とプラットフォームを創ること」なのだ。
北欧で生まれた民主主義のお祭りは、世界で高まる民主主義の危機において、人々が育て、実践する生きた文化としての民主主義の価値を再発見させてくれる実践なのである。