中国の塾・習い事事情 教育費から見える格差の今

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 中国人の教育熱心さは日本でもよく知られているが、彼らは子どもの教育にどのくらいお金をかけているのか。筆者は2020年と21年に広州、北京などに住む中国人にオンラインでインタビューを行った。当時は「共同富裕」(政府が21年に発表した「ともに豊かになる」という政策で、学習塾の一部は閉鎖された)が実施される前だったが、その際に聞いた事例を紹介しつつ、中国人の塾や習い事、教育費について具体的に解説しよう(為替レートは20年当時のまま1元=約15円で記載、現在は1元=約19円)。

年間約90万円の塾代に、夏休みの集中コース代も

 20年、広東省広州市在住の40代の中国人女性に話を聞いた。この女性は大手日系企業に勤務している。夫は自営業で夫婦の年収は合わせて日本円で2000万円程度だ。女性は「今の中国で、うちは富裕層とはいえない」と話すが、経済的な余裕は比較的ある方といっていいだろう。

 取材時、子どもは長女(13歳)と次女(6歳)の2人で、長女は広州市内の私立中学2年、次女は私立幼稚園生だった。

 女性は長女の中学受験のためにかかった費用について、次のように話す。

 「小学4年の頃から受験対策を始めました。うちは私立を狙いましたが、広州では、公立でも同じように、4年生くらいから学習塾に通う子が多いです。学習塾は語文(中国語)、英語、算数の3科目で、それぞれ週1回、2時間ずつ通わせました。3科目の合計の塾代は1学期で約3万元(約45万円)、年間で計算すると6万元(約90万円)でした。これは、多い方とはいえないと思います。

 中国の大手学習塾チェーンなら1クラス20~30人程度で学費はもっと安いのですが、少人数制のほうがいいと思い、うちはあえて小さい塾を選びました。その塾は広州にある名門、中山大学や華南理工大学を卒業した講師が多く、指導力にも定評があったからです。

 夏休みはオンライン授業で、1日2時間、12日間の集中コース。授業料は6700元(約10万円)。先生1人、生徒2人という体制でした。うちの子は幸い、有名私立に合格できました。学費は年間で約5万元(約75万円)。広州の私立中学の中では真ん中くらいの学費です。最も高い中学は年間16万元(約240万円)くらいします」

受験対策は学校で行うのが基本

 この女性だけでなく、北京や上海などの保護者にも話を聞いたが、学習塾にかける費用は、同じくらいか、やや多い家庭もあった。科目数が多くなれば、それだけ支払う学習塾代も多くなる。

 日本と異なると感じるのは、中国では、受験対策は、学習塾に通わない場合もかなりあることだ。中国では、都市部を除き、多くの地方では、受験対策は「学校」で行うのが基本だ。学習塾があまり充実していない地方もあり、放課後、学校に残って宿題や、受験勉強を行う子どもも多い。

北京の中学生。放課後は学校に残って勉強したり、塾などに通ったりする(筆者撮影)
北京の中学生。放課後は学校に残って勉強したり、塾などに通ったりする(筆者撮影)

 午後10時、11時まで教室に残って勉強することも珍しくなく、教師もその様子を見守っている。中国の「学習塾の歴史」はそれほど長くなく、一般的になってきたのは、ここ10年ほど。それまでは、全国的に、学校に夜まで残って勉強することが普通であり、今でも地方に行けば、夜でも煌々(こうこう)と明かりがついている学校は多い。学校に残って勉強するため、午後5時ごろになると、学校付近のコンビニなどは、夜食を買う子どもでいっぱいになる。

 だが、都市部の場合、近年は、学習塾に通ったり、家庭教師に家に来てもらったりすることが増えている。「共同富裕」政策により、学習塾は大幅に減少したり、閉鎖されたりしたが、この1年ほど、複数の保護者に話を聞いてみると、一部はひそかに(看板を出さない形で)復活しているようだ。

音楽や美術、スポーツなどの習い事が人気

 続いて、習い事について紹介しよう。広州の女性は続ける。

 「長女は小学校時代、ダンスとピアノを5年間、書道を3年間習っていました。中学に入ったあとは勉強が忙しくなったのでやめてしまったのですが、ダンスとピアノの費用は2つ合わせて年間で3万元(約45万円)くらい。書道は年間で1万元(約15万円)以下だったと記憶しています」

 これだけでもかなりの金額になるが、女性はさらにこう続ける。

 「ただ習わせるだけでなく、芸術やスポーツの場合、1年に数回、発表会や練習試合などがあるので、その費用も別途かかります。ピアノやバイオリンの発表会なら、豪華な衣装を作ることも最近流行しており、それらのお金もかかりますね」

 北京在住の保護者たちにも話を聞いてみたところ、中国で人気の習い事といえば、ピアノ、バイオリン、チェロ、声楽などの音楽のほか、絵画、篆刻(てんこく)などの美術も人気だ。他にバレエ、ダンス、テコンドー、水泳、テニスなどのスポーツもある。

 ここ数年、中国政府は特にスポーツに力を入れており、上海などでは放課後に、子どもが習いたいスポーツを無料で教えてくれる学校も増えているが、より専門的な指導者に習いたい場合は別の教室に通う。1週間のうち6日が習い事という子どもも珍しくなく、保護者はその送迎や準備などにかなりの時間を取られる。

 以前、執筆した記事(「日本とこんなに違う! 中国の小学生・保護者・教師(上)」本紙電子版3月17日付)でも紹介したが、中国では誘拐が多いので、子ども1人で習い事に通わせられない、といった特有の事情もある。そのため、保護者(特に母親)は仕事を続けることが難しくなってしまうのだ。

 少し古いデータだが、17年に北京大学中国教育財政科学研究所が実施した調査によると、中国の家計に占める教育負担率は、小学生の場合、10.4%、中学生は15.2%、高校生になると、26.7%となっている。日本でも、学習塾や習い事が家計を圧迫していると言われるが、中国も同様だ。子どもの教育費は増す一方だ。

義務教育でさえ、同じ機会を与えられない

 前述の通り、中国では21年から「共同富裕」政策を実施している。これは、教育格差の是正を目的とするもので、一部の裕福な家庭の子どもだけが、教育費にお金をつぎ込むことで生じる問題をなくし、教育費に大金をつぎ込めない保護者や子どもたちの不満を解消しようというものだ。だが、一部の学習塾が復活しており、習い事もなくならないことなどから、教育格差を是正することは簡単なことではないことがわかる。

 それは学習塾や、習い事に通えるか、といった問題だけではない。

 筆者が痛感するのは、中国では、義務教育を受ける子どもでさえ、同じ学校内で、同じ機会を与えられないということだ。例えば、日本で誰もが参加できる修学旅行や林間学校は、中国には存在しない。

 その代わり、愛国主義教育といって、国家の歴史を学ぶための社会科見学(戦争関連の博物館や中国共産党関連施設などを見て歩く)があり、これは全員が参加するものだが、広く社会について学んだり、楽しい思い出作りができたり、といった類いのものではない。

 この10年ほど、中国で増えているのは、有料で、個人で申し込みするサマースクールだ。英国や米国に2週間程度、英語の学習を兼ねて行くもので、小学校や中学校が学内で希望者を募る。むろん、経済的に余裕のない家庭の子どもは参加できないが、こうしたものは存在する。参加できる子どもと、参加できない子どもがクラス内ではっきり分かってしまうため、参加できない子どもは肩身が狭くなってしまう。

 一部の私立学校では(家庭の経済力が一定以上であることが前提なので)、全員参加の課外活動が増えているようだが、公立の小中学校には、まだそのようなものはない。中国人の塾、習い事事情を知るにつけ、根本的に存在する格差の問題を突きつけられる思いがする。

【プロフィール】

中島恵(なかじま・けい) ジャーナリスト。北京大学、香港中文大学に留学。主に中国や東アジアの社会事情、ビジネス事情などを取材。主な著書に『中国人エリートは日本人をこう見る』『日本の中国人社会』『なぜ中国人は財布を持たないのか』『いま中国人は中国をこう見る』(以上、日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『中国人のお金の使い道』(PHP研究所)などがある。

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