教育現場からの反響も大きかった『15歳からの社会保障』の出版を機に、義務教育における社会保障制度教育の充実を図っていきたいと話す横山さん。子どもや教員に制度を知ってもらい、「困ったときに複数の意思決定のカードを持てるようになれば」と話す。インタビューの最終回では、今後の教育現場での活動や学校教育に寄せる思いについて聞いた。(全3回)
――今後、教育現場に関わる取り組みなどは予定されていますか。
私自身は教育現場に詳しくはないのですが、書籍の出版を機に、学校の出前授業や講演に呼ばれる機会が増えました。また、いくつかの自治体に向けて、印税を活用して中学校に拙著を寄贈させていただく取り組みも始めています。
中学生の皆さんには、困り事に直面したときに、複数の意思決定のカードを持てるようになってほしいと思います。社会保障制度の詳しい名称まで覚える必要はなく、「家賃で困ることがあったら、確か補助をしてくれる制度があったよな…」という程度で構いません。なんとなく思い出せるだけでも、切れるカードの数は増えます。
困り事を抱えているとき、人は視野が狭くなりがちです。そうして「家賃が払えなくなったら、もうこの家を出てネットカフェに行くしかない」としか考えられなくなると、家賃補助などの制度利用から遠ざかってしまいます。そんなときにふと、別の選択肢があることを頭に浮かべることができれば、深刻な状況に陥る前に解決の道筋が見えてくると思うのです。
――教員に対しては、何かこうしてほしいという希望がありますか。
書籍の中に、担任の先生やスクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラーが登場するエピソードがいくつかあります。制度利用の専門的なことをスクールソーシャルワーカーから先に提案することも大事ですが、ぜひ先生方にも社会保障制度の概要を知ってほしいと思います。そして、少なくとも中学卒業までに、子どもたちが具体的な知識を得られる機会をつくっていただきたいと思います。
自治体に配置されているスクールソーシャルワーカーの多くは「派遣型」で、何かあれば教育委員会の要請に基づいて派遣されます。だからこそ、先生方の気付きが必要なのです。
私たちは義務教育において、社会保障制度の種類や内容、利用方法などを教わらないまま大人になりました。なので、先生方が具体的な制度を知らなくても無理はありません。私も中学時代に小児がんになった時、親が看護師長さんに教えてもらう形で医療費の助成制度を利用しました。最近はこの本のことで取材を受ける機会も増えましたが「こういう補助制度があるなんて知りませんでした」と話す記者の方も少なくありません。
学校の先生は、普段から子どもの変化に気付ける立ち位置にいらっしゃいます。変化に気付いたときに対処方法が分からないと、先生への負荷ばかりが大きくなってしまいます。なので、どんな場合にどんな相談機関や支援制度につなげばよいのかを理解しておいてほしいと思います。
例えば、「クラスの子の保護者の体調が悪いようだ。子どもに聞くと、仕事や家事もつらいらしい」と知ったら、病気の人の家事サポートの制度があったことを思い出しながら、スクールソーシャルワーカーにつないでもらいたいと思います。不条理な出来事に直面する子どもや大人を一人でも減らす上で、ぜひ覚えておいてほしいことです。
――今後、取り組んでいきたいことを教えてください。
公助である社会保障制度へのアクセシビリティー(使いやすさ)が自助頼みになっている、この矛盾を解消するために力を尽くしていきたいと考えています。
具体的には、社会保障制度の情報を自治体が分かりやすく発信するコンサルティング、特にデジタルを活用した制度の広報の仕組みを提案していきたいと思っています。さまざまな制度の情報を一つにまとめて、自分の状況をチェックしていくと、利用できるような仕組みです。
国レベルではすでに、内閣官房孤独・孤立対策担当室が「あなたはひとりじゃない」というポータルサイトを2021年11月に開設しています。私たちを含め3団体が要望したもので、私自身はホームページ開設の企画委員も務めました。約150の制度・窓口の中から、国民が利用できる可能性のある制度を案内するチャットボットです。制度や窓口を探す手間を省き、選ぶのを手助けすることにつながります。
また、昨年度は内閣官房こども家庭庁設立準備室の「未就園児等の把握、支援のためのアウトリーチの在り方に関する調査研究」の検討委員会も務めました。これは子どもが保育所や幼稚園などに通える年齢にあるけれども、「発達に課題がある」「保護者にメンタルヘルス上の課題等がある」「外国にルーツがある」などの家庭で未就園状態にある児童の背景要因を探り、どのような支援が考えられるかをまとめたものです。
詳しくは今年3月に公表された報告書をお読みいただければと思います。地域で孤立している人をどのように発見し、関係をつくり、さまざまなサポートのメニューと接続していくのか、報告書に示されたプロセスは、未就園児に限らず汎用(はんよう)性の高いものだと思います。自治体の職員の方や現場で対応する人たちの参考になると思います。
私の課題意識は、子どもや大人、障害者、高齢者といったカテゴリーを超えて、利用しづらい申請主義の障壁をどう解消していくかにあります。今後もさまざまな活動を通じて「誰一人、社会保障制度から排除されない社会」を目指し、できる限りの施策を考え、その実装のために活動していきたいと思います。
【プロフィール】
横山北斗(よこやま・ほくと) NPO法人Social Change Agency代表理事。群馬県前橋市生まれ。神奈川県立保健福祉大学を卒業後、社会福祉士として医療機関に勤務した後、2015年にNPO法人を設立。18年、申請主義により社会保障制度から排除されてしまうことに問題意識を持ち、ポスト申請主義を考える会を設立。22年11月に『15歳からの社会保障 人生のピンチに備えて知っておこう!』(日本評論社)を出版。内閣官房こども家庭庁設立準備室「未就園児等の把握、支援のためのアウトリーチの在り方に関する調査研究」検討委員会座長も務めた。社会福祉士、社会福祉学修士。