誰もが好きなことや得意なことを生かし、自分らしい人生を切り開ける社会をつくる――、民間でキャリア教育に携わる奥貴美子さんは、「究極の目標」についてそう語る。その近道は「子どもより先に教師が自己理解を深めること」だという。インタビューの最終回では、日本のキャリア教育の在り方を中心に、今後の展望などを聞いた。(全3回)
――起業するにあたり、キャリア教育という分野を選んだのはなぜでしょうか。
いろいろな人を調べていくうちに、私は「自分の好きなことは仕事につながる」「好きなことの中にその人の才能がある」という確信を持つようになりました。そして、自分の「好き」は、幼少期から見いだすことが可能だと思ったのです。
これまでお話しした私のような生き方は、機会損失でしかないと思います。親は子どものことを愛して育ててきたのに、子ども自身が苦しい思いをしたり、大学をリタイアして授業料を無駄にしたりするようなことでは、どちらも幸せにはなれません。そこで好きと才能、そして仕事のミスマッチという社会課題を解決したいと考え、「キャリア教育」の分野に行き着きました。
当初は、キャリア教育を事業化している企業や団体があれば、そこに転職するか、広島に支部を立ち上げて携わっていきたいと考えていました。でも、純粋に事業化できているところはほとんどなく、いずれも企業が支援したり、寄付で運営を賄っていたりしていました。それなら「自分がやるしかない」と覚悟を決め、さまざまな活動を始めました。
最初は職場体験のように、子どもたちを動物の専門学校やテレビ局などに連れて行って見学させていました。すると、動物の専門学校ではそこの専門家にぴったりとくっついて話を聞いていた子が、テレビ局ではふざけていたりするのに気付きました。大人なら自分に興味のないことでも、珍しい場所を見学ができるのだからとマナーを守り、相手の話を聞く態度は取ります。でも、子どもはそうではありません。面白くなければ、現場に連れて行ったとしてもつまらないものになってしまうのです。
その後は、子どもたちに一律に同じ情報や体験を提供するのではなく、一人一人を理解した上で、興味を持てそうと思う情報や体験を絞り込んで、個別に提供する講座に切り替えていきました。そうして始めたのが「キャリア合宿」や「キッズキャリアクラブ」でした。学校の勉強やスポーツなどの評価から切り離し、他者から良いところを褒めてもらえるような居場所をつくろうと思ったのです。そして、発見した子どもたちの良さを親にフィードバックすることを始めました。
すると、親の子どもに対する見方ががらりと変わりました。「うちの子は口が悪くてすみません」と言って送り出した保護者に対し、「いいえ、そうした辛口のコメントができるんですから、もしかしたらコラムニストになれるかもしれませんよ。言葉の表現力があるということですから」と返すことで、子どもの捉え方の枠組みにプラスアルファがなされたのだと思います。
シャープペンシルをいつも分解してしまう子には、「中がどうなっているのか、すごく知りたいんだよね。でも、今はお話を聞いてくれる? 仕組みの勉強は工業高校に行けばもっと勉強できるよ」と話し掛けると、その子はクラスの対話や発表に集中してくれます。好きなことには、どうしても体が動いてしまうものです。そうやって理解することから、子どもとの双方向の信頼関係が生まれてくるのではないでしょうか。
――その子らしさを受け止め、理解しようと努めるのは学校の教員も同じだと思います。
私は学校の先生自身にまず、ご自身の自己理解を深めてほしいと思っています。先生であれば、授業のために準備してきたことが子どもたちの予想外の動きで計画通りに進まず、腹が立つこともあるでしょう。
でも、その思いも含めた自己理解ができていれば、子どもに掛ける言葉も変わってくるのではないかと思います。「先生は理科が大好きで、どうやったらこの面白さを子どもたちに伝えられるだろうかとずっと考えてきた。聞いてくれる?」とか、「給食の後は眠たくなっちゃうのは分かるけど、みんながどうやったら先生の話を聞いてくれるか、今日はたくさん考えてきた」とかいった感じです。
保護者対応でも同じです。学校の先生方にとって保護者は先生を監視するような存在、教師と敵対する存在のように思われがちです。でも、自己理解が深まると、興味の在りかや持って生まれた気質・特性は、人それぞれだということが分かってきます。
すると、保護者面談でも一人の人間として自然と話を進めることができるようになります。「〇〇さんの好きなことって何ですか?」「お休みの日はご家族でどんなふうに過ごしていらっしゃるんですか?」というような話題が自然と出てきて、関係性を築くことができます。その結果、教科の成績や学校・家庭での生活態度をチェックするようなことではなく、保護者と教師が一人の子どもを共に育てていくんだという協働の関係性が生まれてくると思います。
さらに、職員室にいる他の先生方に対しても同じです。「この先生は何を大事にしているのか」が分かってくると、学年や教科といった枠組みを超えて、助け合える関係性が生まれてくるのではないでしょうか。
今、学校の先生はとても疲れています。でも、私のところで自己理解を深めた先生方は、教師になった原点を思い出し、元気になって戻っていきます。学校の先生の場合は、幼少期に良い先生との出会いをした人も多いですし、成績も優秀でしっかりした子どもだった方も多いと思います。
そうした回想をしながら自分を見つめ直すと、自分の基準を他者に投影しないで済むようになっていきます。端的に言うと「自分がしてきたように、相手にもなってほしい、なれるはずだ」という期待値が下がってくるのです。
例えば、大人向けの長期講座などで、提出物が一番早いのは学校の先生です。私は「他の人が不真面目というわけではないんですよ。みんなステータスを持った社会人です。その中で一番なのはいつも先生ですよね。やっぱりしっかりしているんですよ」とフィードバックします。すると「自分の基準で他人もできると思うのは、ちょっと違うのかもしれない」と気付く先生が多いのです。
こうして自分が分かってくると、自己評価を下げる必要もないし、また相手に駄目出しをすることもなくなります。先生の場合は、子どもや保護者、他の先生が原因で起きるストレスが、軽くなるのを感じられると思います。
――奥さんが主宰する「親子キャリアラボ」のキャリア教育は、主に受講した子どもや保護者の口コミで輪が広がっているとのことですが、今後どのような展望を持っていますか。
「好きは才能、才能を仕事に」が、「親子キャリアラボ」の理念です。相手が好きなものを理解し、相手が喜んでくれるのが私の幸せです。
子どもたちはあっという間に成長してしまいますから、今後も講座やワークショップ、講演会や合宿、動画配信などの多彩な企画を通して、より多くの人が自己理解できるチャンスを提供していけたらと思っています。
私は「自己理解」が学校で行われているキャリア教育や特別の教科「道徳」の枠組みを超えて、あらゆる教科の目標になってくれたらいいなと願っています。
海外生活を経験した立場から見ると、日本人はとても「もったいない」ことをしています。真面目で責任感があり、真摯(しんし)に物事に取り組む姿勢は、日本人のポテンシャルの高さを示しています。なのに「自分なんて」と思い込まされ、自己肯定感を下げる人がとても多いのです。もっと自己理解を深めて、自分たちの素晴らしさを発見できれば、互いを補い合いつつ生産性を高め、より良い社会がつくれるのではないでしょうか。
【プロフィール】
奥貴美子(おく・きみこ) 山口県岩国市出身、広島市在住。英国でフリーのアンティークバイヤーとして活動、帰国後は海外派遣事業の引率や英会話教材の販売などの職歴を経て、2014年に起業。パーソナリティー分析と才能分析において独自のメソッド「13の視点からの才能発見」を開発し、現在まで多くの進路選択・職業選択・職業創造をサポートしている。(一社)職業セレクト研究所所長、親子キャリアラボ代表。日本で唯一の自己理解スペシャリスト。通称・クッキー先生。