【次世代のパソコン室をつくる】 教えずとも生徒は伸びる

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 デジタルによるものづくり空間「ICT Lab」を、生徒の自主的な活動の場として整えていった東洋大学附属牛久中学校・高校の徳竹圭太郎教諭。生徒たちはゲームや音楽の制作など好きなことに没頭しているが、必要なスキルは「教えなくても生徒が自分自身で学んでいる」と話す。重要なのは「学び合える仲間の存在と教師の小さな後押し」だと言う徳竹教諭に、インタビューの2回目では生徒たちのクリエーティブな力の引き出し方について聞いた。(全3回)

生徒が自分で学べる環境をいかにつくるか

――この「ICT Lab」で目指しているのは、どんなことですか。

 端的に言えば、「教師が方法を一切教えない状態で、生徒たちが自ら勉強し合える環境設計をすること」です。「ICT Lab」を立ち上げるにあたり、本校では3Dプリンターとウィンドウズのパソコン、「Raspberry Pi」を用意しました。これら基本的なツールさえあれば、その使い方などは生徒たちが自分で調べられます。

 なので、生徒には「この技術で何ができるか」だけを伝えています。あとは「ググれ」というスタンスですね。例えば、「ウィンドウズがあればChromebookのようにブラウザに依存しないで動画編集ができるよ」とか「『Raspberry Pi』があれば自作でリモコンやスマートロックなどが作れそうだよ」などと伝えるだけです。すると生徒は検索しだします。

 生徒が学び合う環境を整えるには「仲間意識」が重要です。最初の頃、「ICT Lab」に来る生徒は数人だけでしたが、人数が増えてくるにつれて個々のコミュニケーションが薄くなっていきました。でも、それぞれが面白いことはやっているので、せっかくだからそれらをつないで、新しいものを作れる環境を提供したいと思いました。

「ICT Lab」にはデジタルでクリエートしたい生徒が集うという
「ICT Lab」にはデジタルでクリエートしたい生徒が集うという

 ただ、「ICT Lab」で作業している時間は基本的に「今、何やっているの?」とは互いに聞かないものなんです。それぞれが集中して作業していますから。そう考えるとSNSを使うのが理にかなっているだろうということで、チャットや音声通話が特定のグループ内でできる「Discord」(ディスコード)というアプリを使うことにしました。

――SNSを生徒に使わせることに抵抗感はなかったのですか。

 中学生の場合は、いろいろなサービスへの接続にある程度の制限をかけています。ただ、高校生の場合は、そこまで制限をかける必要はないと考えています。本校でも明確に禁止してはいないので「可」と判断しました。「ICT Lab」の生徒たちは、1人1台のChromebookから「Discord」にログインしています。これでプロジェクトの進捗(しんちょく)状況や成果物の報告などさまざまな情報共有を図っていて、今では不可欠なツールになっています。

 今後もさまざまなデジタルツールが登場してくると思いますが、「危なそうだから使わせない」という発想は、切り替えていく必要があると思います。デジタルなものづくりに興味関心がある子は純粋にものづくりをしたいのであって、悪意を持って入部してくるような生徒はいないという前提で接しています。

教師は詳しくなくていいし、自分ができなくていい

――かなり高度な取り組みもしているようですね。

 はい。メタバースに関するニュースに触発されて結成したVR班では、仮想空間で多人数が同時に参加できるオンラインゲーム「VRMMORPG」を開発しました。3Dの立体物を作る「モデリング」チームと、「Unity」というゲーム開発プラットフォームを使って実装をするチーム、校内サーバーの設計や運用をするチームに分かれ、協働的に作業を進めました。また、素因数分解のスピードを競う対戦型ゲームを開発している生徒は、今後GooglePlayで公開予定です。

 こうした話をすると「先生は何の取り組みや働き掛けをしたのですか?」とよく聞かれます。でも、先ほども言ったように「調べてごらん」と声掛けをした程度で、他には何も言っていないんです。つまり、教師が何かを教えようと準備をしなくても、環境さえ整えれば生徒は主体的に取り組みます。むしろ教師が理想とするものと生徒の状態とをうまくマッチさせることが大事なのではないでしょうか。

――具体的に、どういうことでしょうか。

プログラミングをしたいという生徒の声から活動が始まったという
プログラミングをしたいという生徒の声から活動が始まったという

 例えば、コンピューターやプログラミングに興味はあるけれども「何をやっていいか分からない」という生徒がいたとします。その場合には、「一緒に調べてみようか」というわずかな後押しだけが必要なのだと思います。

 そのため、ICTを担当する教員は、生徒が興味関心のありそうな分野に対し、ある程度のアンテナを張っておくことが大事です。もちろん、詳しくなくていいし、自分ができなくたって構いません。例えば、ホームページ制作であればHTMLやCSS、JavaScriptなどで構成されていることを押さえておけばいいのです。今話題のChatGPTについても、今までの自然言語処理技術とどう違うか程度の認識を持っていれば問題ないと思います。

 そうした基本情報を生徒たちに伝えると、「じゃあ先生、AIでこういうこともできますか?」などと尋ねてきます。その場合は「自分で調べてごらん」と言えばいいのです。

 そうすることで、生徒が必要なツールを選択する目も養われてくるのではないでしょうか。先ほど、生徒が「unity」というツールを使っていると言いましたが、あれも生徒自身が見つけてきたものです。最初は私が別のゲーム開発ツールを紹介したのですが、生徒たちが「そんなんじゃスペックが足りません。こっちを使いたい」と言ってきたんです。その後は、生徒自身の力でどんどん制作を進め、私は最終的な成果物を見て、ただただ感心するだけでした。

想定の範囲を超える姿を見たい

――「ICT Lab」をやっていて、自身が楽しいと思うのはどんな瞬間ですか。

 授業もそうですが、私は一方的に教えるのがあまり好きじゃないんです。生徒が経験を積み上げて自分の意見が持てるようになったり、好きなことを極めていった結果として「えっ、そんなことができるの?」といった驚きに出合ったりするのが好きなんです。そうした瞬間が、教員としてのモチベーションになっています。

文化祭ではVR体験コーナーで好評を博した
文化祭ではVR体験コーナーで好評を博した

 生徒の成果物が私の想定内のもので、「まあ、そういう感じだよね」などと伝えると、生徒たちはイラっとくるものがあるようです。中には「技術的にはこういうところがすごいんですよ」などと説明する生徒もいるけれど、私が「ユーザーから見てこれまでと変わらないんなら、大したインパクトはないのでは」などと返すと、さらに燃えるようです。

 そうして次に持ってくるときには、「おおっ!」と驚くようなものになっていることがあります。本来なら、生徒が作ってきたものに「すごいね。このまま頑張れ!」と声掛けするのが教師の役回りなのでしょうが、私はそうした「先生らしい先生」にはなれないんです。でも、そうしないからこそ、生徒は次の一手を自分たちで考えるようになるのだと思います。

【プロフィール】

徳竹圭太郎(とくたけ・けいたろう) 東洋大学大学院在学時から都内の私立高校の講師として勤務。社会科の授業研究に従事する中で工学的なアプローチによる授業改善の必要性を感じ、東京工業大学の博士課程に進学。現在、東洋大学附属牛久中学校・高校に勤務しながら、ICTを活用した学校教育のデザインを研究中。校内ではICT委員会に所属。「ICT Lab」の活動は「ICT夢コンテスト2022」で審査員長特別賞を受賞している。

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