最新の設備を整えなくても、教員が専門分野に詳しくなくても、生徒が自らデジタルを使って創造性を伸ばしている東洋大学附属牛久中学校・高校の「ICT Lab」。その活動は、生徒たちのキャリアにも大きな影響を与えていると、徳竹圭太郎教諭は話す。インタビューの最終回では、ChatGPTに代表される新たなテクノロジーの受け止め方も含め、学校のICT化への思いを聞いた。(全3回)
――「ICT Lab」の活動を経験した卒業生は、どんな進路に進んでいるのでしょうか。
エンジニアリングの道に進んだ生徒もいれば、動画編集などクリエーティブ分野に進んだ生徒もいます。一方で、仲間と一緒に活動した経験から、「自分はエンジニアやクリエーターには向いていない」と感じた生徒もいます。その生徒はシステムと社会をつなぐような仕事に就きたいとのことで、大学は社会工学に進学しました。キャリア教育的にも、「ICT Lab」の活動は良い意味で影響を及ぼしていると思いますし、進路選択に関しては「自分で調べろ」ではなく、綿密に生徒と話し合うことが大事だと感じています。
――学習は生徒に委ねても、進路選択にはきちんと関わるのですね。
そうですね。以前、プログラミング言語の一つ「Python」を基盤にしたプログラミング言語の開発に取り組んでいたある男子生徒が、「看護師になりたい」と言いだしたことがあります。正直、「いやいや、ちょっと待って」と慌てましたね。「ICT Lab」での活動実績があれば、どの大学でも推薦は取れるはずです。「看護師は良い職業だけど、君はその能力を持っているのに、その進路を選ぶの?」と思ってしまいました。
そんな彼に理由を聞くと「人助けをしたい」という思いが、仕事へのモチベーションとしてあったようなのです。そこで「人助けをするなら、プログラミングを学んで医療機器メーカーなどに就職して、間接的に人を助けることもできるんじゃないかな。君はその能力を持っていると思うよ」と伝えました。
彼はPythonのコードを何も見ずに1000行ぐらい書けるスキルの持ち主です。なのに「僕にはエンジニアなんて無理」と、極めて自己評価が低い。その後いろいろと話をして、最終的には情報工学系に進学しました。キャリアに関しては教員の関わりが重要だと思っています。
――自身では授業でも積極的にICT活用を活用していると思いますが、校内のICT推進担当として、活用を促すポイントをどう考えていますか。
普段の授業では1人1台端末としてChromebookがありますので、授業支援プラットフォームを活用しながら進めています。私は社会科の教員なので、歴史上の出来事について、原因と結果のカードを関連付けることで一つの単元の流れが整理できるようにしたり、生徒の書いたデータを共有したり、共同で編集したりするのに使っています。
ICTの活用について、教員がその可能性や良さを感じて活用し始めるといいのですが、今時点では「入ってきたから使わなければいけない」という気持ちの人が多いようです。そうなると紙のプリントでできる授業をデジタルに置き換えるだけになってしまい、教員にとっては負担に思えてしまいます。
そうした入り方では、「使わない方がいい」という考えや「ICTは嫌いだ」という感情だけが募っていくことになりかねません。それはとてももったいない話です。本来であれば、授業や学級経営の問題を解決・改善するためのツールとして、ICTを使うという発想にならなくてはいけないと思います。
そうした状況を改善するには、もっと学校に根差して、教育のことも分かりつつICTのことも分かり、ソリューションを使って問題解決法を提案できる「学校ICTコンサルタント」のような人が学校にいるといいと思います。そうなれば教員の業務負担も減るし、社会も良くなっていくのではないでしょうか。
――ChatGPTに代表される生成系AIに注目が集まっています。生徒たちの反応はどうですか。
生成系AIに何かを入力してみるところまでは、もう体験済みだと思います。ただ、AIを使って何か新しいプロダクトを作るとなると、より高度なプログラミングやハードの知識も必要になってきます。現状は、まだそこまでは届いていない感じですね。
今年度、私はグローバルコースの担任になったので、生徒が英語でスピーチの練習ができるツールを作りたいと考えています。ネーティブの教員がいるとはいえ、思春期の子どもたちはなかなか自分から話したがりません。「自分の英語が間違っているのではないか」という気持ちが働いてしまうからです。
そこで、音声合成も含めて対話できるチャットボットを作れないかと思っています。機械に話すのだったら恥ずかしくはないからです。そこに、生徒の目指すレベルに合わせた単語や文法などを織り込んでいくことができれば、楽しく学べるのではないかと思っています。情報工学を専攻している本校の卒業生に協力を依頼して、私もコードを書きながら進めていきたいと思っています。
――今後、「ICT Lab」をどのように発展させていきたいですか。
公立・私立を問わず、他校の先生方が本校と全く同じような環境をつくれるとは限りません。そう考えると、今の私の立場から外部への発信や連携を図っていく必要があると思います。
一つは「ICT Lab」のポリシーを伝えていくことです。生徒がICTでものづくりをしたいと思ったときに、最初にやるべきことは機材やスペースを確保することではなく、仲間を集めてあげることです。このメッセージを多くの人に伝えていきたいですね。外部との連携については、本校の生徒を他校に派遣して研修をしてもいいと思いますし、本校に来てもらっても大歓迎です。
理想を言えば、生徒たちが自分で作ったサービスを外部に広げていくようなプロジェクトを自ら立ち上げてくれたらいいなと思います。もちろん、興味があって取り組むのと言われてやるのとでは全く違うので、私からは提案はしないつもりです。
現時点では、「ゲームを作りたい」「アプリを作りたい」というモチベーションは十分にあるものの、「社会課題を解決したい」というモチベーションにまでは至っていません。そうした資質の育成は「ICT Lab」だけでなく、授業の中で生き方を考えたり、卒業後の進路を見据えて今できることを考えたりするような学校づくりとも関連していると思います。そうした活動を通じ、「ICT Lab」に収まりきらない興味や関心、モチベーションが生まれてくれたらうれしいですね。
【プロフィール】
徳竹圭太郎(とくたけ・けいたろう) 東洋大学大学院在学時から都内の私立高校の講師として勤務。社会科の授業研究に従事する中で工学的なアプローチによる授業改善の必要性を感じ、東京工業大学の博士課程に進学。現在、東洋大学附属牛久中学校・高校に勤務しながら、ICTを活用した学校教育のデザインを研究中。校内ではICT委員会に所属。「ICT Lab」の活動は「ICT夢コンテスト2022」で審査員長特別賞を受賞している。