経産省で勤務した後、教員として学校現場で7年間勤務。そして再び経産省へ――。昨年7月に経産省商務・サービスグループサービス政策課の教育産業室長に就任した五十棲(いそずみ)浩二さんは、そんな異色の経歴を持つ官僚だ。経産省から進める教育改革のキーマンであり、自身は大学院にも身を置いて研究活動も続けている。インタビュー第1回では着任までの経緯と、今後の展望について聞いた。(全3回)
――五十棲さんは2014年度から約7年間、横浜市の聖光学院中学・高校で勤務されました。どのようなことをされていたのでしょうか。
大学卒業後は経産省に入省し、霞が関で10年以上勤務したのですが、その後は母校である聖光学院中学・高校に戻る形で勤務しました。その際には「英語」と「現代社会」の特別教員免許状を交付していただき、両科目で週15コマ前後の授業を担当しました。また、2年間ですがクラス担任もさせていただきました。
――英語と現代社会の2教科で週15コマとなると、授業準備も大変だったのではないでしょうか。
現場で働く教員の方々の大変さを身をもって知りましたし、自分の力不足を感じることも多々ありました。英語は求められる内容が急速に変わっているところでもあり、教員も日々研さんが求められます。自分自身が学んだスタイルとは異なる授業運営のスタイルを試行錯誤することが必要ですし、必ずしも思ったように授業がうまくいくわけでもありませんでした。自分自身が当時行っていた授業については反省点も多く、授業が終わった後に落ち込むことも正直言って多かったです。
また、現代社会は主に外部の講師の方を招いて話をしてもらう形を取っていました。学校はどうしてもコミュニティーが内向きになりがちです。自分自身が授業で話をする以上に、学校外での勤務経験を生かして多様な視点を提供するきっかけをつくることの方が、より価値があると考えました。一方、単純に社会で活躍している方に話をしてもらうだけでは生徒はなかなか興味を持たないことを、実践しながら感じたのも事実です。
そのため、事前に「立派な経歴を語るより、失敗談のようなものを語ってもらえるとありがたい」「できるだけ質疑応答の時間を多くとってほしい」などと伝えながら、事前の調整にはできるだけ時間をかけました。また、日々アンテナを高く保ち、「この方であれば生徒が関心を持ち、かつ意義のある話をしてくださるのではないか」という方を探し、コンタクトを取ってお願いをするということを毎週続けていました。大変でしたが、自分自身も多くの方のお話を聞くことができ、楽しくもありました。
――現代社会の授業を進めていく上での課題は、どのような点だったのでしょうか。
言ってしまえば当たり前ですが、生徒の関心は多様であるということでしょうか。1学年約200人に対して話をしてもらう形をとったのですが、授業の中で設定すると、生徒から見れば「教員が指定した人の話を強制的に聞かされている」と感じることもあります。
もちろん、放課後などに自由参加という形で設定すればそのような課題は生じないのですが、放課後には部活動などもあります。理想を言えば、学年全員を集めた一斉授業ではなく、複数のゲストを招いて生徒が希望する方の話を聞くなど、自分の意思で選べる要素もあるとよかったのですが、力不足でそこまではできませんでした。個人的には、「ゲストとの議論に参加するか、自習して現代社会のテーマについてエッセー・レポートを書くか」といったことを生徒が選べてもよいのでは、と思ったりもしました。多くの学校で前提となっている「選択することなく、決められた授業に全員が参加する」という枠組みは、徐々に変えていってもよいのではないかと思います。
――校長補佐としては、どのような業務をされていたのでしょうか。
特定の業務が決められていたわけではなく、学校全体の変化を伴う取り組みについて、状況に応じてプロジェクトに関わる感じです。学校は比較的小さな組織ですので、特定の業務だけを担う人をフルタイムで雇うということは難しいものがあります。授業などの通常業務を担当しながら、コーディネーターのような仕事をしていたイメージでしょうか。
学校で毎日勤務しているので、学校の状況を理解しながら「今の学校の状況を踏まえると、こういうことをやるとよいのでは」と考えることができた点は利点でした。今、コーディネーターや専門性を持った人材が学校に関与することが社会的にも求められていますが、その多くは毎日フルタイムで学校に勤務する方ではありません。一方、そうした人たちも学校の事情を理解して提案することが必要となります。日々どんなことが学校で起きているのか、外部人材と学校が円滑に情報共有をすることはとても重要で、セキュリティーに配慮しながらICTなどもうまく使うことが求められているのでしょう。
学校での具体的な業務としては、学校長や担当の先生方と協力しながら、ICT端末の1人1台体制の整備、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)の申請に向けて多くの学校を視察して企画を練るといったことをしていました。また、「国際教育委員会」に所属し、海外研修の充実のほか、海外進学や海外留学を希望する生徒のための情報収集やサポートなども行いました。
SSHでは、生徒が自分たちで探究に取り組むテーマを決めて取り組む形で進めていました。ただ、生徒に「自分でテーマを自由に決めていいよ」と言っても、なかなかテーマが決まらず苦労することも少なくありませんでした。小学校の頃は調べ学習などを各自でテーマを決めて行うことも多いと思いますが、学年が上がるにつれて自分でテーマを決めて掘り下げる機会が少なくなっていることが要因の一つかもしれません。
また、「探究」がどういうことなのかが分からない、と生徒が戸惑うこともあります。そこで、「一定程度の『型』のようなものを学んだ方がよいだろう」ということで、探究の型を学ぶべく、中学校段階では教員が自分の好きなテーマでゼミのようなものを設定し、生徒が希望するテーマに分かれて、教員と一緒に探究の型を学ぶ機会を設定するなどしました。このゼミ形式での実施は、生徒が教員の意外な側面を知るきっかけにもなり、有効だったと感じます。
――慶應義塾大学の博士課程には今も所属しているそうですね。多忙な中で進学を決めたきっかけはあったのでしょうか。
学校がSSHに認定され、生徒にも「探究しよう」と言っている一方で、私自身が論文をまともに書いたことがないことに、引っ掛かりを覚えていたからです。
そこで、教育に関わっていることもあり、教育経済学を専攻し、研究してみようと考えました。教育においては、「ミクロ」と「マクロ」の双方の視点が必要と常々感じていました。生徒と接する際には、生徒の状況や特性を踏まえて考える「ミクロ」の視点が重要です。一方で、教育政策や学校全体をどのような方向に進めていくかというときには、その判断が全体に及ぼす傾向・効果を把握する「マクロ」の目線も必要です。
そういう問題意識もあり、統計的データに基づいて教育を「マクロ」の目線でも捉えてみたい、また、同時に統計や因果推論といった手法で解明できることの限界についても知りたいと思い、ならばいっそ研究室に入ろうということで大学院の門をたたきました。
ただ、博士課程での研究は予想通りというか予想以上にというべきか、本当に大変で、まだ修了できていません。データ分析のためにはプログラミングの技能も必要ですが、法学部出身の私には非常に難しく、20代の若い大学院生にプログラミングや経済学の基礎を教えてもらいながら学んでいるところです。
【プロフィール】
五十棲浩二(いそずみ・こうじ) 東京大学法学部を卒業後、2001年に経産省に入省。14年から約7年間、横浜市の聖光学院中学校・高校に勤務。特別教員免許を取得して英語や現代社会の授業をしたほか、国際教育の推進やSSH認定に向けた企画の立ち上げなどを担当した。22年7月から同省商務・サービスグループサービス政策課教育産業室長。