【経産省から挑む教育革新】 これからの公教育

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 経産省の官僚としてさまざまな仕事に携わった後、約7年間の教員経験を経て、現在は同省の教育産業室長を務める五十棲浩二さん。「教育DX」を推進する背後には、どのような思いを持っているのか。インタビューの最終回では、これからの時代を生きる子どもたちに必要な力は何かという視点から、今後求められる公教育の在り方を聞いた。(全3回)

これからの時代を生きる上で必要な資質とは

――これからの時代を生きる子どもたちに、どのような力が必要なのだと思われますか。

 先が見えない時代と言われるからこそ、自分の人生を自分で選んでいく力が不可欠だと思います。少なくとも、かつてのように「名門大学に行けば幸せになれる」といった、決まった努力をすれば報われる時代ではなくなってきています。そうした状況を中高生も敏感に感じ取って、悩んでいるんだと思います。

 まさに「与えられた内容で決まった努力をすれば報われるわけではない」ということが、学びの転換が求められている背景です。これからの時代は、多様なバックグラウンドの人と共に働くことが求められますし、学び方や生き方には社会的に合意された「正解」もありません。自分で生き方を選べるという点では恵まれた時代です。

 一方、学校現場で子どもたちと接していると「何をすればよいのか分からない」「自分が何をしたいのか分からない」と悩む子が非常に多い。自分で選び取ることには苦しさや厳しさが伴うわけですが、その厳しさに悩んでいる子どもが多いように感じます。言い換えると、多様性の時代には「自分で選び取る力」を培うことが強く求められます。

自分で選び、選んだことに責任を取る力の育成が重要だと語る五十棲さん
自分で選び、選んだことに責任を取る力の育成が重要だと語る五十棲さん

 前回、「ビュッフェ的な学び」への転換ということを申し上げましたが、学びをアラカルトのようにしていくことは、学校の小規模化や教員の働き方改革、子どものニーズの多様化といった「制約」からのみ必要なわけではありません。今後、多様性の時代を生き抜いていく子どもたちにとって、「自分で選び、選んだことに責任を取る」という力を学校で培うことが必要だからでもあります。

 そのために、小学校の頃から「学び方」や「学ぶ内容」を大人のサポートを得ながら自分で選ぶトレーニングを重ね、いずれは「人生」を選ぶ段階までつなげていくことが大事でしょう。自分が所属している学校で与えられた一律の時間割以外の選択肢も増やすことで教員の負担も減らし、学ぶ側も教える側も満足度を高めることができる、そんな状態が理想です。

これからの公教育の在り方

――学びの変革には財政的負担が増える面もありそうです。

 確かにそうした側面はあります。オンラインを活用した学びを従来の授業に加えて提供しようとすれば、手間と費用がかかります。転換期には一定の費用がかかることを前提に、中長期的に限られた資源で多様なニーズに対して効率的に応えていくことができる教育システムに作り替えていく、そんな社会的合意が必要となるのではないかと考えます。

 また、国や自治体が公的資金をきちんと措置していくことも重要ですが、公教育を社会全体で支えるべく、公教育に対する社会からの支援の総量を増やし、各学校が創意工夫する余地をつくることも重要と考えます。

 例えば、鎌倉市では「スクールコラボファンド」という仕組みを通じて、次世代の教育に関心を持つ方の寄付を募り、学校において民間教育サービスを活用する多様な取り組みを支援しています。いろいろと話をうかがっていると「教育のために一定の寄付や支援をしてもよい」という気持ちを持っている方は実は結構多いのです。一方でその思いを受け取る仕組みが公教育の側にあまりなかったことも課題でしょう。

 小中学校であれば年間で100~200万円ほど学校の自由裁量で活用できるお金があれば、かなり多くのチャレンジができます。例えば、公立学校はふるさと納税の対象になり得るので、「母校に年間1万円ふるさと納税をしてもいい」という人を100人集めることは、もちろん簡単ではありませんが、全く実現不可能なものではないでしょう。同時に、寄付をどのような形で自治体の財政上扱うのかといった課題についても整理が必要です。

 企業との連携についても同様です。特に地方部では、進学や就職で高卒者の多くが都会に出ていってしまいます。仮に地元に優れた企業があったとしても、これらの企業について知る機会がないまま都会に出ていってしまったら、もう接点がなくなってしまう。すると、卒業生が地元に就職で戻ってくる可能性はかなり低くなってしまいます。

公教育を社会全体で支える仕組みの構築が重要だと話す
公教育を社会全体で支える仕組みの構築が重要だと話す

 一方、近年は中学校や高校で社会課題解決型の探究学習が盛んに行われており、学校から見ると地元企業が協力してくれることがありがたい。この探究学習の取り組みに地元の企業が積極的に関与することで、「こんな面白い会社があるんだ」と高校卒業までに子どもたちに認識されることは、Uターン就職や関係人口の増加にもつながる可能性があります。であれば、探究学習に地元企業が関与することは、企業・学校・自治体それぞれにとってメリットが生じ得る。

 この中に、学校と企業の間を通訳するようにつなぐ民間教育サービス事業者も加わっていくと、より円滑になるでしょう。最近、各地方のテレビ局などがハブとなり、地元企業と高校が連携して探究学習を進めるといった動きも出てきています。このような具体的な動きが広がるよう、応援していきたいと考えています。

 探究学習だけでなく地域移行した部活動の支援、あるいは地域の中でキラリと光る才能を持った子どもへの支援など、企業に期待するところは多くあります。企業と学校・自治体がWin-Winになるような形をつくり、公教育への支援を持続して行える環境づくりに向けた働き掛けも、地道に進めていきたいですね。

多様性のある組織の強みを生かす

――さまざまな視点から教育について語っていただきましたが、室長を務める教育産業室はどのような体制で仕事をなさっているのでしょうか。

 今、教育産業室には9人が在籍していますが、そのうち私を含む4人が教員経験者です。また、9人のうち5人は教育委員会からの出向者(5人のうち2人は行政職)です。加えて、文科省からの出向者が1人いますので、合計9人中7人が何らかの形で教育に関わってきたことになります。霞が関のどの省庁のどの部署よりも、教員経験者が占める割合が高く、また、教育に関していろいろな角度から携わってきた人間が集まっている組織だと思います。

 多様な人材をまとめながら、その力を最大限引き出すことは容易ではありません。ただ、その可能性はとても大きいですし、今後、学校や霞が関に限らず、このような多様性を持った人材が集まる組織が増えていくことが日本の活力を取り戻していくためにも重要だと思っています。

今後の目標について、「大人も子どもも学びを楽しめるようにしていきたい」と語る五十棲さん
今後の目標について、「大人も子どもも学びを楽しめるようにしていきたい」と語る五十棲さん

――最後に、五十棲さん個人としての目標を教えてください。

 大人も子どもも学びを楽しめるようにしていきたいですね。教員を含めた大人たちが、子どもに学べと言う前に「学ぶことは面白いよ」と身をもって語れる社会、子どもに「SDGsは君たちが解決する課題だよ」と言うのではなく、大人が自分自身の課題として解決に向けて学び、取り組む背中を見せる社会をつくることに貢献できればと思っています。

【プロフィール】

五十棲浩二(いそずみ・こうじ) 東京大学法学部を卒業後、2001年に経産省に入省。14年から約7年間、横浜市の聖光学院中学校・高校に勤務。特別教員免許を取得して英語や現代社会の授業をしたほか、国際教育の推進やSSH認定に向けた企画の立ち上げなどを担当した。22年7月から同省商務・サービスグループサービス政策課教育産業室長。

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