スウェーデンの先生たちは板書にこだわりがない。基礎学校のほとんどの教室は黒板ではなく、ホワイトボードが設置されている。黒板史から授業の変遷を見ていこう。
スウェーデンでも、ベテランの教員の中には大型定規を使ってまっすぐ線を引き、丁寧な字でそろえて書く、といった「美学」を持つ人もいる。ただ、若い先生たちの多くはホワイトボードをメモ書き程度の役割で使っている。板書計画や板書カードといった概念もないし、授業の構造を整理するためにホワイトボードを使っている人はそれほど多くない。
もちろん、ホワイトボードに書いた内容を子供たちにノートへ写させることは頻繁にあり、その場合には字を丁寧に書くよう指導している。しかし、一斉授業が減り、グループ活動や個別学習が増えているため、板書も子供たちのノートも学習のまとめというよりはメモ書きとしての使い方が増えているように感じる。
かつては全ての教室が黒板だった。「黒板」といっても、黒であることはまれで、濃い緑色か紺色が多かった。日本で使っているような黒板消しや黒板消しクリーナーは見掛けない。黒板消しには黄色いスポンジを使い、粉がたまったら水洗いをして乾かして使った。スポンジが汚れていたり、湿っていたりすることも多いため、面倒がって手の腹でこすって消したり、雑巾を使っている場面もよく見掛けた。1日の最後にぬれ雑巾できれいにするのを日課にしている先生もいた。
ホワイトボードがスウェーデンの学校に登場したのは1980年代の終わり頃で、90年代から2000年代にかけてほとんどの黒板が入れ替えられていった。この頃に粉の出にくいチョークも開発されたが、それでも掃除に手間が掛かり、書き心地が悪いため教員たちには不評だった。ホワイトボードの出始めの頃は性能が悪く、マーカーのインクが出にくかったり、消えにくかったり、照明が反射して文字が読みにくかったりした。しかし、黒板に比べると安く設置できるという理由や、教員の労働環境、子供たちの健康面への配慮からも、校舎の増改築や教室の改装に合わせてホワイトボードが次々と導入されていった。
オーバーヘッドプロジェクター(OHP)の映像を投影するというニーズが、ホワイトボードの導入を後押しした側面も強い。ホワイトボードは教室を明るくし、新しい技術を積極的に取り入れているというポジティブな印象を伴っていた。一時期、ホワイトボードの前にスマートボードやディスプレーを置く教室もあったが、最近では投影式が多くなり、ホワイトボードがまた前面に出てきている。
黒板は教室の権威を象徴するものだった。チョークは教師だけが握れるものだったし、黒板に書かれた文字は一字一句、子供たちのノートに「コピー」されていった。正しい知識はそのようにして伝わるものだった。
しかし、教室は議論や探究をする場に変わっていった。黒板からホワイトボードに変わり、そこには個別課題やグループ学習の予定が書かれるようになった。プロジェクト学習の役割分担を考えたり、アイデアを共有したりする場面で活用されている。
チョークは教員の手を離れ、マーカーを子供たちが握るようになった。そして最近では、子供たちが作ったパワーポイント資料や共同編集のスプレッドシートが投影されている。
黒板が絶滅したわけではない。伝統的な高校や大学では、一部に黒板教室も残っている。最近は、大学に入って初めて黒板で授業を受けた、という経験をする若者も多いようだ。数学や工学系の学部では黒板を使う機会が多く、上下2枚の可動式黒板が現役で活躍して教室もあるようだ。
ただ、これらの黒板教室も次第に少なくなってきている。講義では黒板教室が使われることもあるが、演習室やグループ学習室ではホワイトボードへの取り換えが進んでいる。黒板はもうすぐ、歴史資料館でしか見られなくなるのかもしれない。