対策の効果なく、深刻さ増す米国の教員不足 給与引き上げ法案提出

対策の効果なく、深刻さ増す米国の教員不足 給与引き上げ法案提出
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さらに悪化する教員不足の状況、対策も効果なし

 米国の学校の新学年度は8月末から9月初旬に始まる。新学年度を前に、ニュース・サイト『AXIOS』は多くの公立の小中学校が欠員の教員の補充ができず、大幅な教員不足を抱えたまま新年度の開始を迎えると報じている(8月19日「America’s empty classroom」と6月12日「America is pushing teachers to brink」)。

 本欄で各国の公立学校が教員不足に直面している状況を紹介してきた。特に米国の教員不足は深刻である。1970年代には毎年、新規に約20万人の教員が採用されていた。だが現在、その数は9万人以下にまで減っている。さらに教員組合のThe National Education Association(NEA)の調査では、教員の50%が転職を考えているという結果が出ている。地方の教員養成大学で学ぶ学生の数も急減している。

 各地域の教育委員会は教員確保のために、さまざまな対策を講じている。だが、状況に目立った改善の兆しは見えない。むしろ状況は悪化している。同記事は「米国の教職員は絶滅危惧種である。教師の離職率は高く、教師になろうとする若者はいない」「教師は米国で最も離職者の多い職業である」と、教師を取り巻く深刻な状況を説明している。

 NEAのベッキー・プルングル会長は「全国を回って教員と面談してきたが、非常に多くの教員が私の腕の中で泣き崩れた。彼らは状況に打ちひしがれ、希望もなく、無力感にとらわれている」と、追い詰められている教員の状況を語っている。ニューヨーク市の歴史を教える教師は「クラスで常に攻撃され、批判される状況に置かれている」と語っている。多くの教員は信頼されていないと感じ、モラルも低下している。

 また、米国では地域で教員の給与格差が際立っている。教員不足が深刻なのは南部や南西部の州である。こうした州は過去10年、状況が悪化の一途をたどっている。特にコロナ禍でさらに悪化し、感染拡大が収まっても、状況の改善は全く見られない。それどころか、深刻度は増している。教師不足の背景にはさまざまな要因がある。学校内での銃撃事件の多発、奴隷制度やLGBTQに関する授業を巡る保守派とリベラル派の政治的対立の激化などで教育現場が混乱し、教員は疲弊している。だが、最大の問題は、低給与にあることは間違いない。1996年から2021年の間に公立学校の物価調整後の実質の週平均給与は1319㌦から1348㌦と、わずか29㌦上昇したに過ぎない。

 同記事は「教委は若い人材を確保するために新しいアプローチを試みている」と、最近の取り組みを紹介している。例えばミネソタ州のセント・ポール市教委は、新学期が始まる前に重要なポストの欠員を埋めるために新規採用者に1万㌦のボーナスを支給することを決めている。フロリダ州のマイアミ・デード郡教委も給与引き上げを決定し、新規採用の促進を図っている。だが、新学年度開始までに必要な教員の約280人が欠員のままで、教員不足は解消されていない。

 テキサス州ミッドランド市は、熟練教師に対して、担当クラスの時間を半分にし、残りの半分で他の教師の指導に当たれば、年間1万7000㌦の手当を支給することを決めている。こうした措置を講じることで、教員の転職を阻止しようとしている。アイオワ州デモイン市の教委は、退職を控えている教師らを引き留めるために5万㌦の奨励金を提供し、数年に分割して支給することを決めている。分割払いは、長期的に引き留めるための策でもある。

 ただ、そうした対応策にもかかわらず、教員不足に解消の兆しは見られない。ミッドランド市教委のアシュリー・オズボーン氏は「こうした処置で問題が解決できるかどうか分からない。しかし、前に進むしかない」と、わずかな希望を託している。

連邦議会に提出された教員給与引き上げ法案

 教員不足は、もはや州や地方の教委が処理できる段階を越えている。こうした中で、連邦議会では教員の給与の引き上げを求める法案が提出されている。下院では『The American Teachers Act』、上院では『Pay Teachers Act』である。両法案とも、連邦予算を使い、教員の最低賃金の引き上げを求めている。2024~25年度に新規に採用される教員に対して、年収が6万㌦を下回らないことを決め、州政府に財政支援をすることになる。6万㌦を現在の為替相場(1㌦=約140円)で換算すれば840万円に相当する。

 上述したように地域による教員の給与格差は大きい。ニューヨーク州やマサチューセッツ州の平均年収は8万5000㌦から9万㌦であるが、ミシシッピ州やサウスダコタ州、ウェスト・バージニア州の平均給与は4万6000㌦から5万㌦である。50州のうち29州の平均給与は6万㌦を下回っている。もし連邦議会で法案が成立すれば、こうした州の教員の給与水準は大きく上昇することになる。それでも裕福な生活ができるわけではない。マサチューセッツ工科大学の試算では、4人家族の2021年の生活費は10万㌦かかる。6万㌦の年収は、その半分ほどの額である。

 また、米国では別の問題も存在する。公立学校に対する不信が強まっているのだ。8月23日に行われた共和党大統領候補の討論会で出た議論の一つに、「学校選択の自由」があった。保守派の人々は公立学校のカリキュラムに不満を抱き、従来のような学区で規定されたシステムを変えようとしており、教育現場ではリベラル派との激突が起きているのである。

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