【旅する先生】異国の地で殻を破る教員志望者

【旅する先生】異国の地で殻を破る教員志望者
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教育に興味を持つ大学生が、フィリピンのセブ島やフィンランドの学校現場で教壇に立つ「Global Teacher Program(GTP)」では、4年間で200人以上の学生が異国の地で授業をしてきた。発案者の平岡慎也氏は教員志望の学生について、「困っていて、迷っているように見える」と話す。いろいろな問題が山積する日本の学校教育。そうした時代にあって、教員志望者はどのような理想を描き、現職教員はどう寄与していけばいいのか。インタビューの第2回では、平岡氏にそのヒントを聞いた(全3回)。

「子供のために頑張れるか」が唯一の選考基準

――平岡さんが発足させたGTPについて教えてください。

 主に大学生が異国の学校で1~2週間、切磋琢磨(せっさたくま)しながら教育実習をします。教職課程の履修の有無や英語力などの条件を設けずに募集していますが、7割ほどの参加者が教職課程を取っている学生です。

 2016年にセブ島でスタートし、これまでにセブ島で8回、昨年からスタートしたフィンランドで4回、実施しました。また、コロナ禍の影響で延期になっていますが、ハワイでのプログラムも開始する予定で進めています。

 そもそも学びとは、学ぶ意欲のある人が自由に学べる形が理想です。だからあえて学部を限定することなく、間口を広げました。例えば消防士を目指す学生が「消防士は臨機応変な対応力が必要だから、チャレンジしたい」と、参加することもあります。

 英語力に関しても、一定のレベルに達していることを条件として設けるべきか迷いましたが、結局設けませんでした。もちろん教育実習生として現地の教壇に立つ以上、全力で質の良い授業を提供しなければなりません。しかし強いモチベーションさえあれば、スキル不足は仲間との協力や準備によって補うことができると、第1回の参加メンバーに教えてもらったのです。

 彼らは、英語が得意なメンバーに自作の英文を添削してもらったり、何回も模擬授業をしてフィードバックし合ったり、徹底的な準備を重ね、結果的に全員が英語で授業をしていました。

 参加者は得意なことも苦手なこともバラバラですが、「子供たちのために、いい授業を作りたい」という気持ちだけは共通しています。GTPにはそんなメンバーが集まるからこそ、いいシナジーが起こっていると実感します。

 これ以来、英語を話せるか、教育について詳しいかというよりも、「子供のために頑張れるか」に重点を置いて、参加者の募集をしています。

大学生が海外の教壇に立つプログラムGTPを企画・運営する平岡氏
大学生が海外の教壇に立つプログラムGTPを企画・運営する平岡氏
――具体的に、参加者はどんな取り組みをするのでしょうか。

 開催国によって、特色があります。

 セブ島のキーワードは「チャレンジ」。2週間かけて現地の語学学校で英語を学びながら、1人当たり4回、公立学校で授業をします。

 プログラムは、「個の力」と「協力」のバランスを重視して構成しています。「個の力」の面では、参加者一人一人に担当するクラスと教科を振り分け、自分の役割を明確化しています。その上で「協力」の面も重視して、チーム制を取り入れています。

 参加者は3人1組となり、メンターとして語学学校のフィリピン人講師が1人付きます。授業準備や練習、もちろん授業本番のサポートはチームの仲間が協力しますが、あくまで自分の授業は自分の責任でつくり上げる。あえて個人にも一定の負荷をかけることで、自身の成長と協力して乗り越える達成感を感じてほしいと思っています。

北欧で教育の多様さに触れる

学生は北欧やセブ島で多様な教育に触れるという
学生は北欧やセブ島で多様な教育に触れるという
――その中で学生はどう変わっていくのでしょうか。

 プログラムは、授業をするまでの準備や練習を徹底するように作っています。初日に学校を訪問して担当単元を聞き、学生たちはそこから初回の授業までに20時間以上かけて授業内容を組み立てます。指導案を書いたり、英語でスクリプトを作って講師に添削してもらったり、模擬授業をしたりして、準備を重ねます。

 参加者の学生は、基本的に真面目な子が多い印象です。一方で、特に大学1~2年生は人前に出て話すことに苦手意識を持っている人もいます。その殻を打ち破りたいと思って参加している学生も多いようです。

 そんな学生も、全国から集まった仲間やセブ島の空気に押されて、みるみる変わっていきます。フィリピンの人は陽気でフレンドリーなので、シャイな人でも一歩を踏み出しやすいんです。授業でも子供たちが素直に反応を返してくれるので、学生も人前で話すことに自信を付けていきます。

 当時大学1年生のとある参加者のことを、よく覚えています。彼女は小学校の教員を目指していて、授業が上手になりたい、海外でも挑戦してみたいとの思いから、参加してくれました。本当に真面目で熱心な子で、一生懸命に授業準備をしていた姿が印象に残っています。

 しかし、彼女の授業デビューの後に「どうだった?」と話し掛けると、泣きだしてしまいました。「あんなに準備も練習もしたのに、全然うまくいかなかった。悔しい」と。それでも私やチームメンバーと話をして、気持ちを切り替えて頑張ろうと、2回、3回と授業を重ねていきました。

 最終日に改めて彼女の授業を見に行くと、終わった後にまた泣きだしたんです。心配で声を掛けると、「やっと自分が狙いに定めていた授業ができた」と話してくれました。この涙の変化は、彼女が日本に戻って教育に携わるに当たり、すごく大きな意味を持つのではないかと思います。本当にうれしいことです。

――フィンランドでのプログラムはどうですか。

 「いろんな教育の形」をテーマに、現地の小学校や中学校、専門学校など複数の学校を訪れ、たくさんの先生や児童生徒と対話することに重きを置いています。現地では、日本文化をテーマにした授業をします。

 何より大切にしているのは、「教育には正解がない」ということです。私も現地に行って肌で感じたのですが、「フィンランドの教育」といっても決してひとくくりにはできず、学校や先生によって違いがあります。「日本の教育は遅れているから、先進的なフィンランドの教育を全てコピーするべき」なんて誤解が生まれては、全く意味がありません。目の前の子供に合わせて、教育にはいろいろな形があるべきだと知ってほしいんです。

 自分の息子同伴で学校に来る先生、「明日から有休を取って家族で海外旅行に行ってくるから、後はよろしく」と出掛けていく校長先生、スターバックスのようなゆったりした空間の職員室……。フィンランドの学校には、これまでの教育の当たり前を見直す機会が詰まっています。

困って迷っている教員志望者

教員志望者や現役教員のつながりの場も提供する
教員志望者や現役教員のつながりの場も提供する
――そんな経験をしたGTPの卒業生に、今後どのように教育に携わってほしいと考えていますか。

 私たちはどのような教育を目指すかを押し付けませんし、そもそも教師になることを必要以上に勧めもしません。一人一人の卒業生が課題意識や興味関心を持って、関わる人々と協力しながら解決に導いていく人間になってほしいと思っています。

 参加者は、現在の学校教育に課題意識を持っている人が多いですね。年代も住まいもバラバラなので、今後はオンラインでつながる場所を設けて、卒業後も相談できるコミュニティー的な役割を果たしていこうと考えています。

 というのも、彼らが抱いている課題は、簡単に解決できるものではないからです。特に初任者がサクサクと解決できるものは少ない。大学を卒業して、志高くチャレンジしても、うまくいかないことや時には否定されることもあるのが現実です。そんなとき、職場の外にもコミュニティーがあると、精神的な支えになるように思います。

――教員志望の学生を見ていて、どんな印象を持っていますか。

 今の学校教育に対して「このままではいけない」と感じているものの、何をすればいいのか分からずに困って迷っている人が多いように思えます。

 ぼんやりと「変えたい」と思っているけれど、どこに課題があり、誰を巻き込みながら、どんな作戦でいけばよいかを分析する経験や力が未熟な部分があります。そのため、いざ教育実習で志高く学校現場に飛び込んだら、自分の描いている理想を語るよりも、「基礎をちゃんとやってください」と言われて落ち込んでしまう。熱量はあるにもかかわらず、理想と現実のギャップに苦しんでいるようにも見えます。

 正直に言うとGTPに参加する学生の中でも、大学の教育実習までは希望に満ち溢れていたのに、実習を終えて話してみると「学校現場や教師の仕事は自分のイメージとちょっと違う」と打ち明けられることも少なくありません。教育に対して情熱を持っている学生ほど、その傾向が強い。若さゆえの未熟さがあるため、現場の先生や教育委員会の方には「生意気」「傲慢(ごうまん)」と受け取られてしまうのかもしれません。

 現職のベテラン先生は現場のことを熟知した上で、「これだけは外してはいけないという大切なこと」もしっかりと把握していると思います。だからこそ、学校教育に貢献したいと熱意を持った若者が生き生きと活躍できる環境を整えてあげてほしいと思います。

 彼らはエネルギーに溢れています。長いキャリアを積んできた先輩が、絶対に外してはいけないところにブレーキをかけつつ、情熱を持った若者が自ら課題を見つけ、解決へアプローチしていく姿を見守ってほしいのです。

 もし、そのアプローチ法が前例にない斬新なものであったとしても、課題に対して有効なのであれば、色眼鏡で見ることなく、しきたりに縛られることなく、背中を押してあげてほしい。そうすることが、魅力的な学校をつくり、魅力的な先生を育成する上で、一つの道筋のように思います。

【プロフィール】

平岡慎也(ひらおか・しんや) 1993年、京都生まれ。Global Teacher Program 運営代表。立命館大学情報理工学部卒。Global Shapers 京都ハブ キュレーター。2016年に㈱Miyacoに入社。学生時代はITと教育を学びながら、中高数学科の教員免許を取得。教育をゼロから見つめ直すために、「世界中の学校で先生になる旅」をテーマに1年かけて世界を一周。フィンランド、オーストラリアを中心に、世界20カ国40校を訪れ、計6カ月の教育実習を行った。現在は海外で教育実習ができる「Global Teacher Program」を運営し、計200人以上が参加。フィリピンのセブ島、フィンランド、ハワイの3拠点でプログラムを展開中。

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