日本初のイエナプランの中学校 中高一貫教育に挑戦へ

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 自立と共同を重視し、異年齢の子どもが一緒に学ぶクラス編成をするといった特徴で知られる「イエナプラン」に基づく学校が、日本でも増えつつある。その中の一つ、長野県佐久穂町にある茂来学園大日向中学校(長沼豊校長、生徒21人)は、日本で初めてイエナプランを実践する中学校として、昨年4月に誕生した。3月2日、佐久穂町議会は廃校になった同町立佐久西小学校の土地と校舎を茂来学園に1億3590万円で売却することを可決した。茂来学園では2025年度に大日向中学校を中等教育学校とした上で移転し、新たに高校生年代の生徒を受け入れることも視野に準備を進めている。イエナプランによる教育が普及しているオランダでも、中等教育段階でのイエナプランの学校は少なく、教科担任制が基本の日本の中学校でイエナプランが実現可能なのかが注目される。開校1年目の成果と課題が見えてきた3学期、この新しい学校を訪ねた。長沼校長は「日本の公立校でもイエナプランができるという形を示すことも、大日向中学校のミッションだ」と力を込める。

その時間に何を学ぶかは生徒が決める

 「この問題、うまく約分できない」

 数学の平面図形の単元で、図形の面積を求める問題に悪戦苦闘していた女子生徒が、斜め前でパソコンを開いていた男子生徒に声を掛ける。男子生徒は手を止めて、女子生徒が見せてきた教科書の問題と、途中式を見比べる。男子生徒は自分の言葉で説明を試みるが、女子生徒は納得いかない様子。他の生徒にも聞いて回って、最後には自分自身のケアレスミスであると気付いた。

 これだけだと、よくある自習の風景に見えるかもしれない。しかし、この女子生徒は中学1年生、質問に答えていた男子生徒は中学3年生だ。大日向中学校では現在、1~3年生まで21人の生徒が在籍しており、同じクラスで学習している。同様に1~3年生の混成によるクラスを1年ごとに増やし、最終的に3クラスになる予定だ。

異年齢の生徒同士での教え合い、学び合いが至る所でみられる
異年齢の生徒同士での教え合い、学び合いが至る所でみられる

 イエナプランによる教育を行う大日向小学校が開校したのは19年4月。その後、卒業生を対象としたフリースクールの中等部が設置され、それを母体に昨年4月に大日向中学校が設立された。小中ともに学校教育法に基づく「一条校」であり、学習指導要領に沿った教育活動が行われている。

 一般的な日本の学校と大きく違うのは、異年齢によるクラス編成だけではない。大日向中学校のスケジュールをみると、「ブロックアワー」と呼ばれる時間が午前中から昼食を挟んで午後の1コマ目まで、おおむね4コマ程度設定され、それ以降は「ワールドオリエンテーション」という探究を軸にした時間となっていることが多い。いわゆる教科ごとの細かな時間割はなく、スケジュール自体も柔軟に組み替えているという。

 ブロックアワーでは導入などで各教科の教師が解説や興味・関心を高める活動を入れるが、その後は、その教科の課題をやってもいいし、別の教科の課題をやってもいいことになっている。その時間に何の学習をするかは、あくまでも生徒自身が決める。ただし、毎週金曜日の最後には1週間を振り返って、課題の進捗(しんちょく)状況を自分自身で確認し、グループリーダーと呼ばれる担任に報告しなければいけないことになっている。

 昨春に大日向小学校を卒業し、そのまま同中に入学した1年生の男子生徒は「中学校になって勉強の内容が難しくなった。課題の中から自分でやらないといけないものを決める。気分が乗らないときは少なくすることもできるけど、間に合わないと自分のせいだから、それを続けていると追い付かなくなる。毎週のように課題が追い付かなそうになる」と照れ笑いしながら教えてくれた。

個別の課題で出された理科の実験で、教師に質問する生徒
個別の課題で出された理科の実験で、教師に質問する生徒

 ブロックアワーでは、グループリーダーに伝えておけば、教室以外の場所で学習をするのも許されている。課題を進めるうちに分からないところが出てきたら、冒頭の女子生徒のように周りにいる上級生などに聞いてもいいし、教師に質問をしに行くこともできる。昨年4月に他の学校から転入してきた中学3年生の女子生徒は「最初の1カ月くらいはこのやり方に慣れなかったけれど、今はこっちの方がいいと感じている。クラスメートも先生も話し掛けやすい」と語る。ここでは最上級生でも「先輩」として敬語を使われることはなく、教師も「○○先生」ではなく愛称で呼ばれているそうだ。

探究的な学びと民主的な学校

 もう一つの特徴は、探究型の学びを重視している点にある。午後に行われるワールドオリエンテーションでは、グループや個人で教科横断型の学習が展開される。学校がある佐久穂町の住民と協働する活動もあれば、さらにグローバルな視点に立ったものまで、さまざまな「世界」に目を向けるのが狙いだ。ゲストティーチャーが来校して授業をすることも多く、取材をした日はキャリアを考えるというテーマの一環で、「哲学対話」を日本で広めた第一人者である土屋陽介開智国際大学准教授を囲んで、生徒も教師も一緒になって「政治は勉強のできる人がやるべきか?」という議題をじっくり話し合っていた。

 探究的な学びはワールドオリエンテーションだけではない。ブロックアワーの中で行われる教科の学習も、プロジェクト型で行われるものが多い。この日のブロックアワーでは、「社会」の公民分野のプロジェクトとして、中学2・3年生が大日向小・中学校の民主主義について考えるため、大阪府箕面市にあるフリースクール、箕面こどもの森学園中学部の生徒とオンラインでつないで、お互いの学校について紹介。その後の課題では保護者や生徒、教師に行ったアンケートを分析する生徒の姿もみられた。

生徒も教師もサークルになって対話することを重視する
生徒も教師もサークルになって対話することを重視する

 興味深かったのは、生徒に対するアンケートで「この学校は民主的だと思う」と答えた生徒が半数以下だったことだ。大日向中学校には校則と呼べるような決まりは今のところなく、例えばスマートフォンの使用ルールなども、生徒同士で話し合って決めている。1日の始まりと終わりには、クラス全員が椅子を持ち寄ってサークルになり、こうした課題や社会問題などを取り上げて議論することも行われている。はたから見ると、かなり民主的な学校であるように映る。

 このギャップについて、大日向小学校を卒業した後に、フリースクールの中等部で学んできたという中学3年生の男子生徒は「大日向での学びで、『民主的であること』への理解が高まった結果、必然的にハードルも上がっているのかもしれない」と指摘。「話し手と聞き手が十分に対話することが民主主義には必要だけれど、人数が多くなればなるほど対話をする時間はかかる。でも、現実問題としてその時間が足りない。大日向の先生は子どもとなるべく対等にいようとしてくれるけれど、完全に上下関係を取り払うのは難しい」と話し、民主的な学校としての理想を追求する中で、こうした意識が芽生えているとみる。

保健委員会の生徒が運営する「OASIS」
保健委員会の生徒が運営する「OASIS」

 大日向中学校には、部活動はないものの、週に1回、必修で「倶保健委員会の生徒が運営する「OASIS」

楽部活動」があり、どんなクラブを置くかは半年に一度、生徒らが発案して決めている。その中には「野宿」という変わったクラブもあった。委員会活動も同様に生徒が必要な委員会を考え、自主的に運営する。保健委員会が運営している「OASIS」という部屋は、誰でもいつでもリラックスして過ごせ、30円でコーヒーを飲めるサービスまである。学校行事でも、運動会では子どもや教師がそれぞれ種目を提案し、保護者も含めてやりたい人が参加したり、全く新しい行事を企画したりする。もうすぐ行われる初めての卒業を祝う会もまた、中学3年生の生徒が中心になって自分たちでどんな会にしたいかを考えているそうだ。

公立中学校でイエナプランは可能か?

 廃校を買い取って改装した大日向小学校の隣に建てられた大日向中学校。開校から間もなく1年を迎えるが、長沼校長は「4月からいろいろな試行錯誤を繰り返してきた。まだ完成形までは道半ばだ」と打ち明ける。

 中でも難しいのが、あくまで一条校であるため、学校の教育活動全体を通じて、学習指導要領の内容を網羅しなければならないという点だ。

 また、教師は自分の担当する教科について、3年間を通してどのような学びをするのかや、それを異なる学年同士でどのように組み合わせるかをデザインしなければならない。加えて、グループリーダーの教師は、生徒が取り組んでいる課題を全体的に把握する役割もある。

 このように、イエナプランを日本の学校でやるには、複雑なカリキュラム・マネジメントが求められることになる。

 一方、中学校ならではの壁にも直面した。例えば評価を巡っては、高校入試という現実問題と折り合いを付けなければいけない部分があったという。大日向中学校では定期テストなどはなく、学習評価は生徒が自ら振り返りを行い、それに対して教員がフィードバックをしている。しかし、中学3年生については、必要に応じて受験指導をしたり、高校に提出するため、数値での評価を行ったりせざるを得なかったという。

 今後、生徒数が多くなれば、他にも予期せぬ課題が浮かび上がってくるかもしれない。

学園名の由来となった茂来山や大日向地区を望む場所に建てられた大日向中学校の校舎
学園名の由来となった茂来山や大日向地区を望む場所に建てられた大日向中学校の校舎

 それでも、長沼校長は学校の将来像や生徒の成長に目を細める。「日本の公立校でもイエナプランができるという形を示すことも、大日向中学校のミッションだ。大日向中学校でその姿が明確になるまでには、少し長い目で見る必要がある」と説明。「イエナプランはメソッドではなくコンセプトだ。方法はいろいろ工夫できる。学習指導要領が目指す個別最適な学びや協働的な学びとも合致している」と、イエナプランが日本の学校教育の当たり前を問い直す可能性に、大きな手応えを感じている。

 旧佐久西小学校の校舎と土地を茂来学園に売却することが決まり、今度は日本の高校段階でもイエナプランを実践するという、新たな挑戦が始まった。長沼校長は次のように語る。

 「もちろんイエナプランに基づく教育をする。佐久西小学校があった場所は佐久穂町役場にも近く、町の人が学校に来ることも、生徒が町に出ていくことも活発になるだろう。もっと大胆に、学校づくりイコールまちづくりというくらいの気持ちで、町全体をキャンパスにした学び合いをしたい。きっと面白いことができる」

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