深刻な教員採用倍率の低下や教員不足を背景に、教員採用を行う都道府県・政令市教委が、さまざまな策を講じて人材確保に乗り出している。教育新聞は今年3月中旬から4月下旬にかけて、全68の都道府県・政令市教委(大阪府豊能地区教職員人事協議会含む)に電話で取材を行い(一部の教委はメールで回答)、今年度の教員採用選考での新たな取り組みを尋ねた。東京都を皮切りに広がった大学3年生での受験のほか、普通免許状がなくても受験できる特別選考、受験科目の廃止、スケジュールや会場の変更など、各地の自治体がありとあらゆる工夫を凝らして、優秀な受験者の確保に奔走する実態が浮かび上がってきた。
国が教員採用の早期化・複線化の方針を打ち出す中で話題となった、大学3年生での受験。教育新聞が取材した時点で、大学推薦など特定の区分で3年生からの受験を可能とするのは東京都、千葉県・千葉市、神奈川県、相模原市、横浜市、川崎市、福井県、富山県、石川県、和歌山県で、首都圏と北陸の自治体が目立った。北九州市は検討中と回答。文科省は今年度、大学3年生向けの採用試験を行う自治体を試験問題作成の面から支援する方針で、今後、受験可能な自治体が増える可能性もある。
東京都が今年1月、採用試験の一部(第1次選考の「教職教養」「専門教養」)を大学3年生で受験できるようにすると表明すると、近隣の自治体で導入が相次いだ。相模原市も2月、1次試験のうち「一般教養・教職専門試験」を受験できるようにすると発表。「時期尚早かと考えていたが、都の発表を受けて急ピッチで決めた」と明かす。横浜市は2月、川崎市は3月初旬に、大学が推薦する3年生を対象とした特別選考(小学校)を設け、合格すれば25年度の採用予定者に「内定」させるとしたほか、3月下旬には神奈川県、和歌山県も大学3年生を対象とした特別選考を行うと発表した。
北陸3県(富山県、石川県、福井県)は足並みをそろえる形で、3年次選考を導入。各県の担当者は「採用選考や教員実習など、多くの準備が求められる大学4年次の負担を軽減する」と口をそろえる。小学校のみに制度を導入する富山県の担当者は「会場確保の観点に加え、3年生が力試しで受験することも想定される。一次試験を突破したのにも関わらず、最終的な採用につながらないケースも考えられるため、多くの採用者数が見込まれ、受験者数を確保できる校種に限定した」と説明した。
現時点で、大学3年生での受験は考えていないと回答した自治体にその理由を尋ねると、「検討しなければならないと思っているが、準備などの都合で今年度は見送った」という声のほか、「大学3年生での受験は準備の負担が大きい」「大学4年間でしっかり力を付けてからチャレンジしてほしい」という声も聞かれた。また「最終的な採用数が読めない」「近隣自治体と足並みをそろえる必要がある」と語る自治体の担当者もいた。
他にも、企業や研究機関などで働く社会人などを対象に、普通免許状を取得・または取得見込みでなくても受験できる選考区分を導入する自治体が目立った。試験に合格した後に猶予期間を設け、その間に普通免許状を取得してもらうケースと、高度な専門性を持つ人材に特別免許状を授与するケースの両方があった。
免許取得を猶予するケースについては昨年度、東京都が社会人特例選考で、免許取得に2年間の猶予を設ける取り組みを開始。今年度はここでの年齢制限を「40歳以上」から「25歳以上」に引き下げる。都はその狙いを「民間企業からの転職希望者も、採用選考合格後に安心して教員免許取得ができる」と説明する。
また埼玉県は、通算5年間以上の民間企業などでの本採用経験がある者を対象とした「セカンドキャリア特別選考」を新設。ここでも2年間の教員免許取得期間猶予を設けており、受験時に普通免許状を所持していなくても受験できる(採用は免許取得後)。同県の担当者は「全くの未経験者というよりは、中学校の免許は持っているが小学校で教えたいといった場合や、ペーパーティーチャーの場合などを想定している」と話す。
同じく福岡県でも、民間企業などに正規職員として過去10年で通算24カ月以上の勤務経験がある者は、2年間の教員免許取得期間猶予を認め、受験時に普通免許状を所持していなくても受験できる(採用は免許取得後の4月から)。
さらに山口県は、「教職チャレンジサポート特別選考」を今年度から新設。現在は教員免許を持っていないが教員になりたい人や、教員免許取得の費用に不安を持っている人を補助する。対象となるのは入学金や授業料など、免許取得にかかる学費で、年間26万円が上限。採用後に同県公立学校教員として4年以上勤務することが条件となっている。同県の担当者は「3月に行ったオンライン説明会でもこの制度のことを話したところ、県外の人からも反応があった」と期待する。
他方、特別免許状を授与するケースについては、高校「情報」など人材不足が深刻、かつ高い専門性が求められる校種・教科での募集が目立った。他にも大阪市では、中学校の「数学」「理科」「技術」を対象に、博士・修士の学位を持つ人を対象とした「スペシャリスト特別選考」を新設。教員不足が深刻な教科である一方で、大学や企業などでキャリアを決めかねている専門人材もいると見て、マッチングを狙う。さいたま市が新設する「パイオニア特別選考」は、研究・開発・調査などの勤務経験が3年以上あるか、受験する教科の分野で高度な専門的知識・経験・技能を持つ人を対象とする。
一方、普通免許状を持っているか、または取得見込みでなければ受験できない自治体もまだまだあり、そうした自治体からは「即戦力を求めている」といった声が聞かれた。
その他、受験科目の一部廃止や簡素化、再編などで、受験者の負担を減らそうとする自治体が見られた。大分県は受験者の負担軽減と試験結果の発表の早期化を行うため、第3次試験を廃止。そこで行っていた面接・プレゼンテーションは2次試験で行う。相模原市は、受験者の間であまり差がつかなかったという技術・家庭の実技を廃止。神戸市は小論文を廃止し、そこで評価していた論理的思考力は面接で測ることとする。和歌山県は一般教養と教職専門試験を統合し、総合教養試験に再編する。
また、合格発表などスケジュールの前倒しを図る自治体もあった。東京都は例年10月中旬に発表していた合格発表を、民間企業の内定式より早い9月末に変更。埼玉県も同じく最終合格発表日を10月中旬から9月下旬とするほか、実技試験を第2次試験の他の試験と同日に実施することで、日程を最大4日間から3日間に短縮し、地方から受験する人の負担に配慮する。鳥取県では年々一般選考試験の日程を早めており、今年度は第1次選考試験が6月11日と、全国で一番早い日程となっている(これまで一番早かった高知県の今年度の1次試験は6月17日)。
県外からの受験者の確保を狙う動きも見られた。横浜市は小学校と、中学校・高校の技術・家庭を対象に、第1次選考で大阪府内に会場を設ける。鹿児島県も、小学校教諭の1次試験を東京都と大阪府でも受験できるようにする。3年前から愛知県・岩手県に受験会場を設けている千葉県・千葉市(合同実施)は「受験者増の手応えを感じている」といい、今年度はそれらの会場で受験できる対象教科を増やすほか、教員不足が深刻な小学校と、中学校の技術を対象に、兵庫県内に第1次選考会場を新設する。
これまでも多くの自治体で導入されてきた教員経験者採用については、受験要件の緩和や受験科目免除などの対応で、一段と間口を広げようとする動きが各所で見られた。三重県の教職経験者を対象とした特別選考では、これまで一次試験の一部が免除されていたが、同じ職種・校種・教科で受験する場合など、条件付きで1次試験を全て免除にする。「一度採用試験に合格しているということなので、即戦力になってほしい」と担当者は語る。
中でも現職教員向けには、手厚い支援を設ける自治体もある。佐賀県は昨年度から小学校教諭において実施していた「さがUJIターン現職特別選考」を、中学校教諭などにも拡大する。小・中学校・義務教育学校の現職教員で、佐賀県に移住(U・J・Iターン)を考えている教職員に対して選考を実施。試験は面接のみで、東京会場でも開催を予定している。小学校教諭については、昨年度より実施している秋選考試験でも、この特別選考を行う。
昨年度から現職教員を対象とした特別選考試験を始めた島根県では、県が想定していた受験者数を大幅に上回っているという。対象は同県外の国公立学校で正規採用教員を3年以上、もしくは過去6年以内に同県内外の国公立学校で正規採用教員として3年以上勤務していた人。試験は5月の大型連休中に行われ、面接のみ。県の担当者は「筆記試験もなく、面接のみなので準備を含めてもハードルが低いと感じる受験者が多い。大型連休中に実施しているので仕事を休まずに試験を受けることができるし、早い時期に合格が出る。合格後の辞退も少ない」と手応えを話す。
京都府、岐阜県は24年度に新たに採用された教員に対し、奨学金の返還支援制度を新設する。京都府は採用倍率が低い京都府北部の小学校・特別支援学校の新採教員20人程度に対し、10年間で最大150万円ほどを補助(世帯所得制限あり)。岐阜県は同県内の高校出身で、同県の教員として新たに勤務する40人程度に、7年間で最大144万円を補助する。
「秋選考」を追加する自治体も見られた。滋賀県は小学校と特別支援学校の現職教諭を対象とした秋選考を新設。また、岡山市も小・中学校の現職教諭を対象とした特別選考の秋実施を新設する予定で、同市の担当者は「現役教諭が受験しやすい秋に設定した」と話す。和歌山県は昨年度、新型コロナウイルス感染者の救済措置として設けていた秋採用を常設とする。神奈川県も小学校を対象とした秋選考を導入する予定。
石川県では小学校教員における大学推薦の対象校を拡大。これまでは県内4大学(金沢大学、金沢学院大学、金沢星稜大学、北陸学院大学)だったが、県外の4大学(富山大学、上越教育大学、都留文科大学、岐阜聖徳学園大学)を追加した。
低い倍率の校種を補うため、併願の導入・拡大を進める自治体もある。秋田県では中学校教員の受験者が小学校教員と併願できるようになった。同県の昨年度最終合格倍率を校種別にみると、中学校3.5倍、高校8.1倍の一方、小学校は1.3倍と著しく低く、同県の担当者も「小学校はかなり厳しい状態」と危機感を口にする。
また、山形県ではこれまで、小学校と特別支援学校小学部、中学校と特別支援学校中学部の併願(同一教科に限る)を行ってきたが、来年度から国語、英語、家庭の3教科で、中学校と高校の併願を可能とした。同県の担当者は「高校は受験者数が確保できているものの、中学校が難しくなっている」と、校種によって受験者数にばらつきがある現状を明かした。