今年4月のこども基本法施行後も、日本の学校では子どもの権利が十分に守られている状況にないとして、日本若者協議会は6月14日、児童生徒が委員となって作成した「学校における子どもの権利保障」に関する提言を、伊藤孝江文科大臣政務官に手交した。提言ではとりわけ、子どもの声を聞く仕組み作りや、子どもの興味関心や主体的な学びに悪影響を及ぼしうる「内申書」の廃止、高校の義務教育化などを訴えた。同協議会の室橋祐貴代表理事は「日本の教育行政では、いかに(子どもを)教員が管理するかといった視点や、どのような人材を育てるかという視点からの議論は活発に行われてきたが、子どもからの目線の議論が欠けていたのではないか。意見表明権や最善の利益、多様性の観点がまだまだ守られていない。いろいろな形で議論を喚起していきたい」と強調した。
日本若者協議会では2022年9月以降、当事者である児童生徒が中心となり、子どもの権利を尊重した学校や教育の在り方を考える検討会議を設置した。小学生3人、中学生7人、高校生10人、大学生・大学院生4人の計24人が委員となり、オブザーバーとして中高教員が各1人ずつ参加。有識者にヒアリングをした上で、今回の提言を取りまとめた。
提言の内容は多岐にわたるが、14日の伊藤政務官との面会で重点的に伝えたのは、「三者(四者)協議会の設置(子どもの声を聞く仕組みづくり)」「内申書の廃止(序列化する評定・数値化の廃止)」「高校の義務教育化(高校受験の廃止)」の3点だった。
三者(四者)協議会の設置は、校長・教員・生徒代表の3者、または保護者代表を加えた4者協議会を各学校で設置し、校則の見直しなど、子どもの声を聞く仕組みを作ることを指す。現状では「ルールを変えるためのルールが決まっておらず、学校全体で議論する前に、特定の教員に合理的な理由なく拒まれることは珍しくない」という問題意識があった。
伊藤政務官との面会後、高校2年生の荒川陸さんは「生徒が『この校則はおかしいのではないか』と思って、先生に言っても、なかなか変わらない。この状況が結果的に、『政治に何を言っても変わらない』という考え方になっていってしまう原因の一つなのではないか。自分が訴えたことによって、周りの社会が少しでも変わったという意識が、若者の政治参加にもつながってくると思う」と語った。
内申書の廃止については、中学3年生の多くが内申書(調査書)を意識して校則を守ったり、部活動に取り組んだり、教員に反発しないようにしたりといった行動を取っていたという調査結果があるとして、「常に他者の目線(評価)を気にした学校生活を送らざるを得ない状況で、息苦しさにつながったり、自己肯定感の低さを生み出したりしている」「学校内などで序列化して成績をつける『評定』は悪影響が大きく、廃止すべき」だとした。
これについては高校3年生の富沢佑華梨さんが「学校によっても、先生によっても付け方が違い、不平等だ。高校受験のための勉強は、内申書のための勉強になっている。全て廃止することはできないと思うが、必要な部分とそうでない部分を精査するとともに、付け方に一定の基準を決めてほしい」と訴えた。
高校の義務教育化について、提言では「ほとんど全ての子どもが高校に進学しているが、制度上は義務教育が中学校までになっていることでさまざまな弊害が生まれている」と指摘。「高校受験が存在するため、中学校段階で評定や調査書が必要になり、競争を生み出している。他方、障害のある生徒が公立高校を受験し、志願者数が定員に満たないのに不合格となる『定員内不合格』を生み出すなど、学ぶ権利を阻害している」とした。
高校3年生の山内彩さんは「私は中高一貫校に通っていて、高校受験は経験しなかったが、弟は高校受験を控えている。私が中学3年生の時、自分の興味のある分野の活動をできたが、弟は中1の時から3年後の未来について毎日考えていて、自分の興味関心があることに時間を注ぐことができない。これは一種の格差ではないか」と問題提起した。
千葉大学大学院博士後期課程1年で、同大附属中の非常勤講師も務める郡司日奈乃さんは「授業者と評価者が一体化してしまっているので、授業の中でいかに面白い発言をしたとしても、結局は『評価されるのだ』という感覚を、子どもたちは持ってしまっている。やりたいことをやろうとしても、それが評価されることによって、『内申書のためにやらなければ』と活動が変わってしまう。これはかなり議論が必要な部分で、今回の提言が議論を加速させるものになれば」と語った。
日本若者協議会の室橋代表理事は「子どもの権利自体が、学校でまだまだ守られていない。子どもの声が聞かれていない。校則見直しなど一定の進捗はあったが、(昨年12月に公表された)生徒指導提要改訂後でも、合理的な理由がないまま見直しが進んでいないところもある。内申書を気にして本当に学びたいことを学べない、興味関心を大切にした学習ができないこともある。内申書そのものが問題というよりは、(子どもたちを)評定・序列化することや、合理的な理由なく、子どもたちに分からない範囲で、教員に一方的に成績を付けられることで、教員の顔色を過剰にうかがってしまうことが問題だと考えている」と語った。
室橋代表理事によれば、伊藤政務官からは「子どもの声を聞くという方向性には共感する」としつつ、「具体的にどう実現するかについては、いろいろ検討が必要。内申書も問題はあるが、評価することによるメリットもあるので、一律で廃止するよりは、在り方を見直すことを検討していく必要があるのではないか。高校の義務教育化については、経済的な負担を下げることは間違いなく必要だが、義務教育とするなら一律の基準を設けなければならず、検討が必要だ」といった反応があったという。
今回の提言では、①子どもの声が聴かれる学校へ②子どもの主体性が尊重される学校へ③子どもが自らの権利を知ることのできる学校へ④子どもの安全を守る学校へ⑤それらを実現するための環境整備――の5つの観点から、議論の内容を整理している。
伊藤政務官に伝えた内容の他にも、民主主義を学ぶ機会を設けることや、生徒が外部の専門家に直接相談できる仕組み作り、成績付けや授業・教員評価への生徒参加、探究学習や対話型授業の増加、子どもの権利に関する啓発や包括的性教育の実施、いじめ対策の強化、勝利至上主義のスポーツ環境の是正、通学路の安全確保、生理休暇の導入――といった、多岐にわたる内容を盛り込んだ。
その上で、「これまで提言してきた施策を実現するには、現状の教育体制では難しいものも多く、きちんと公教育に十分な予算を割くことが求められる。また教員養成課程の見直しなど、教師像も大きく転換していく必要がある」として、「それらを実現するための環境整備」を要望。個別・双方向の学びに合った教員数の増加や少人数学級の実現のほか、教職課程の履修に関する負担の軽減、子どもの権利を学ぶなど内容の見直しが必要だとした。