安全装置と人の目で子供を守る 送迎バス置き去り事故防止

安全装置と人の目で子供を守る 送迎バス置き去り事故防止
【協賛企画】
広 告

 子供の園施設への送迎を巡るヒヤリハット事案が止まらない。静岡県牧之原市の認定こども園で送迎バスに置き去りにされた女児が死亡した事件の後も、園児が車内に取り残される事案が各地で相次いでいる。国は送迎バスに安全装置の設置を義務化するなど、子供の登降園の際の安全を確保するための施策を2022年度第2次補正予算に盛り込み、本格的な対策に乗り出している。置き去り防止に向けて大きな期待が寄せられる安全装置だが、繰り返される事案に識者らは「安全装置の設置とともに人が確認することが重要だ」「ヒヤリハット事案の共有を」「保育現場の配置基準の見直しを」と話している。

AI搭載カメラで車内の園児を確認

送迎バスに園児が取り残されたという設定で実証実験が行われた=神奈川県厚木市の厚木田園幼稚園
送迎バスに園児が取り残されたという設定で実証実験が行われた=神奈川県厚木市の厚木田園幼稚園

 神奈川県厚木市の厚木田園幼稚園(小澤俊通理事長)の駐車場で10月中旬行われた、園児らの車内での置き去りを防止する安全装置の実証実験。送迎バスの車内で園児1人が寝てしまい、車内に取り残される状況が設定された。しばらくすると送迎バス左後部に設置されたAI搭載カメラが車内で動く園児を感知し、数分後に園関係者のスマートフォンなどにアラートメールが飛んだ。スマホの画面上で園児を映像で確認し、すぐに職員によって園児は保護された――。

車内の子供を感知するAI搭載カメラ
車内の子供を感知するAI搭載カメラ

 この安全装置は、牧之原市の事件を受けて、AIサービス開発のIntelligence Design社(東京都渋谷区)と自動車整備のセイビー(東京都港区)が協力して開発した。実験を見守った小澤理事長は「私たちの仕事は日々、子供たちの命を守ること。日頃から職員に対して子供の安全管理について徹底しているが、このような機器が開発されたことは心強い」と話し、〝新戦力〟を歓迎した。Intelligence Design社の末廣大和取締役は「今回の牧之原市の事件は本当に胸が痛む思いだった。万が一の時にも子供が助かるようにとの思いから開発を進めており、基本的に児童を発見したら30秒から1分程度でアラートメールが届くことになっている」と話した。同社では改善を重ね、来年春ごろの商品化を目指しているという。

 このほか安全装置については、バスのエンジンが切られた後に車内後方に設置されたブザーが鳴り、運転手や職員が移動しながら車内に園児が残されていないか確認し、その上でブザーを停止させる仕組みのものが知られている。小倉将信こども政策担当相も牧之原市の事故が起こった直後の9月15日に、このタイプの安全装置を設置している園のバスを視察している。国交省のワーキンググループでは、現在、安全装置の仕様についての検討を進めており、選定に向けてのガイドラインを12月中にも示す予定。運用が園側の負担にならず、同時に園児の安全をできるだけ担保できる装置が望まれている。

置き去り事件を受け国が緊急対策

送迎バスの安全管理に関する緊急対策を取りまとめた関係府省会議(10月12日)
送迎バスの安全管理に関する緊急対策を取りまとめた関係府省会議(10月12日)

 国が策定した「こどものバス送迎・安全徹底プラン」で、安全装置の設置義務化の対象となっているのは、幼稚園、保育所、認定こども園、特別支援学校などが運行する計4万4000台の送迎バス。補正予算で国は標準的な装置に対して上限18万円を定額補助することにしており、施設側の負担をゼロとする方針。また、小学校、放課後児童クラブで使用されている1万1000台についても施設側からの申請に基づいて、上限額の半額を支援する。同プランでは安全装置の他にも、園における児童の出欠確認を容易にするための登園管理システムやGPSを利用した子供の見守りタグの導入、安全管理マニュアルの理解促進に向けた説明動画の作成や研修の実施を支援するなど、何重にも安全管理対策を示した。

 しかし国や地方自治体によるさまざまな注意喚起が行われているにも関わらず、牧之原市の事件の後も埼玉県や広島市の特別支援学校で児童生徒がバスに取り残されたほか、岩手県一関市の小学校でも児童が自力でクラクションを鳴らして助けを求めるなどのヒヤリハット事案が発生している。大阪府岸和田市では園の送迎バスではないが、保護者が運転する車の中に置き去りにされ死亡する事故も発生した。昨年の福岡県中間市に続き牧之原市の置き去り死亡事件が起きても、園児の車内での置き去りは続いている。

ヒヤリハット事案の背景は

 ヒヤリハット事案が頻発する背景について、教育現場での安全対策に詳しい東京学芸大学教職大学院の渡邉正樹教授は「死亡事故のような重大な結果を生むということに対する意識の低さというのが根底にあるのではないか。例えば子供をうっかり残してしまったけれど、すぐに気が付いたから大丈夫だった、別に被害が出なければいいと思い込んでいて、反省につながらない」と厳しく指摘する。その上で、「やはりヒヤリハット事案を共有して、園全体で考えていくことが必要だ。ただし、現場の先生たちが情報を管理職に上げた場合に叱責(しっせき)されることを恐れて、情報を隠す場合もある。それがヒヤリハット事案の共有につながらない原因で、管理職も含めた意識改革も必要。ただ今のところそのような事案を共有するシステムが構築されていないので、早急に整備する必要がある」と指摘する。

 さらに、安全装置の義務化については一定の評価をしながらも、「例えば車内に園児がいないかを確認してブザーを押すといった方式の場合、最初はしっかりと確認作業を行っていたとしても、しばらくするうちにブザーを消すことの方が優先されてしまうことになり、子供の確認がおろそかになりかねない。だから決して安全装置を設置したからといって大丈夫ということにはならない。最後はやはり職員による目視や点呼といったことが必要になる」と、人が直接確認することの重要性を強調した。

 また渡邉教授は「学校安全や危機管理に関する研修も、主に公立の小中学校を対象としており、幼稚園などを対象としている研修は少ない。特に私立が漏れている実情がある。また幼児などを対象としたマニュアルも少ない。これまで幼稚園、認定こども園、保育所などの所管官庁が異なっていたことも理由の一つと考えられるが、来年度から発足するこども家庭庁が中心となって統一した安全管理のマニュアルなどを作る方向にいってほしい」と述べた。

 渡邉教授は学校なども含めた安全管理についても「教員らの養成や採用の段階で子供の安全管理の問題を学んでいく必要がある。まだまだ現状では内容が不十分なので、教職を志す全員が子供たちを守る責任があるという意識を持ち、そのためにはどうすればいいのかということを改めて考えていかねばならない」と警鐘を鳴らしている。

保育現場の配置基準の見直しを

 保育園の運営を行っている認定NPO法人フローレンスの赤坂緑代表理事は「人間の注意力だけに頼っているというのは、本当に限界があると思っている。どれほどベテランの保育者であったとしてもミスは起こりうること。人間の注意力だけに頼らない仕組みを幾重にも重ねて作っていくことが大事。その一つの解決策になるのが、安全装置の導入だと考えていたので、これまで強く訴えてきた」と話す。

 その上で、保育現場での人員不足を強調する。「やはり背景には保育現場の余裕のなさがあり、これは避けて通れない課題だと思っている。もちろん人員不足を言い訳にして事故が起きてはいけないが、本当に現場は海外の例と比較してもギリギリの人数で回しているという実情がある。保護者の車に置き去りにされた事案でも、園側がしっかりと欠席の確認をしなければならないというのが前提としても、出欠の連絡をしようと思っていたら他の子の対応が入ってしまいうっかりしてしまったというのは想像できてしまう。これまでも訴えてきたが、配置基準の見直しというのは、改めて国に求めていきたい」という。

 さらにヒヤリハットやアクシデントが起こった場合には「もちろん反省、振り返りをした上で、人を責めるのではなく仕組みで解決するということが重要な視点だ」とする。フローレンスでは、ヒヤリハットなどの情報を全園長たちで共有できるような仕組みを構築しているという。「子供がある程度自由に自主的に動く保育の現場においては、小さなアクシデントやけがを完全にゼロにするのは無理だと思っているので、それが重大事故につながらないように職員が自分ごととして考え行動することが大事だ」とした。そして、そのような情報を、違う事業者とも共有し、話し合う機会や研修の体制があれば、よりよい保育現場作りにつながるのでは、と提案した。

広 告
広 告