「部活動指導は勤務時間」中学教員過労死に8300万円賠償命令

「部活動指導は勤務時間」中学教員過労死に8300万円賠償命令
判決を受けて記者会見する遺族(中央)
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 2016年に富山県滑川市立中学校の教員だった当時40代の男性がくも膜下出血を発症して過労死したのは、校長が健康に対する注意義務を怠ったためだとして、遺族が市と県に計1億600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が7月5日、富山地裁であった。松井洋裁判長は「加重で長時間に及ぶ業務により(くも膜下出血の)発症に至ったと言え、業務の過重性が校長の安全配慮義務違反によってもたらされたことも認められる」と遺族側の主張を認め、市と県に計8300万円を支払うよう命じた。

富山地裁、校長の安全配慮義務違反を認定

 判決などによると、男性は16年7月22日早朝にくも膜下出血で倒れ、昏睡(こんすい)状態から回復することなく8月9日に亡くなった。当時は3年生の学級担任や女子ソフトテニス部の顧問などを務め、土日も部活動指導などに追われた結果、発症前日までの53日間のうち、仕事を休むことができたのは1日だけだった。また、直近3か月の時間外労働は月95~136時間に達しており、「過労死ライン」とされる水準(月80時間)を大幅に超えていた。地方公務員災害補償基金富山県支部は18年4月、くも膜下出血の発症と業務の関連性を認め、公務災害と認定した。

 裁判では、時間外労働の多くの部分を占めていた部活動指導を勤務時間と認めるかどうかや、校長に安全配慮義務違反があったかどうかなどが争われた。遺族側は「部活動は学校教育の一環として行われ、校長が顧問を決定する権限を有している。校長は授業と同じように部活動指導に充てた時間外勤務についても把握し、教員の心身の健康を損ねることのないよう注意すべき義務を負っている」と主張。これに対して滑川市は、校長が教員に時間外勤務を命じることができる業務を「実習」「修学旅行」「職員会議」「非常災害時などの緊急対応」の4種類に限定している給特法などを根拠に、「(4業務に含まれない)部活動は顧問になるかどうかも含めて教員の広範な自由裁量に委ねられている。健康に配慮する義務は、外から認識できるような具体的な健康被害の兆候が生じている場合に限られる」などと反論。「(亡くなった教員の)部活動指導に充てた時間を除いた時間外勤務は労災の基準に満たず、病気の発症を予見できるような出来事もなかった」と責任を否定した。富山県も滑川市の見解に同調した。

 判決はこうした争点について、滑川市の主張をいずれも退けた。亡くなった教員の勤務校では、基本的に全ての教員が部活動の顧問を担当することになっており、配置の決定に校長が関与していたこと、休日の部活動指導には手当が支給されていたことなどに基づき、「顧問としての業務は中学校教員としての地位に基づき、その職責を全うするために行われたものであることは明らか」として、勤務時間に当たると認定した。また、校長が各教員の勤務時間を具体的に把握しておらず、亡くなった教員の業務負担軽減に向けた実効性のある対策を取っていなかったことなどから「安全配慮義務違反が認められる」と指弾した。

亡くなった教員の妻「自分の命を削ってまでやらなければいけない仕事なのか」

 判決言い渡しの後、亡くなった教員の40代の妻が富山市内で記者会見し、「主人の働きが仕事だと認められたことはうれしいが、そこまで頑張らなくてもよかったんじゃないか。もうちょっと休んでほしかった」と声を詰まらせた。また、過酷な条件で働く全国の教員に向けて、「自分の命を削ってまでやらなければいけない仕事なのか、今一度ご自身の働き方に疑問を持っていただきたい」と呼び掛けた。

「大幅な教員増を含めた抜本的な対策が必要」と語る松丸弁護士
「大幅な教員増を含めた抜本的な対策が必要」と語る松丸弁護士

 遺族の代理人を務めた松丸正弁護士(大阪弁護士会)は今回の判決について、「給特法があってもなくても、管理職には安全配慮義務があるということだ。全ての労働者にとって共通の話であり、当たり前のことが認められた」と述べた。国で進められている教員の「働き方改革」の議論に対しては、「大幅な教員増を含め、教育を持続可能にするための抜本的な対策が必要だということを教育界全体として受け止めてほしい」と注文を付けた。

滑川市長「真摯に受け止め、控訴しない」

 判決を受け、滑川市の水野達夫市長は「司法の判断を真摯(しんし)に受け止め、控訴はしないこととした。教員が心身ともに健康に働くことができる環境を整えることが重要と考えており、学校での働き方改革の流れを一層進め、子どもたちが充実した教育を受けられるようにしていく」とのコメントを発表した。富山県の新田八朗知事も「高い志を持って頑張ってこられた教員の『過労死』は誠に残念で痛恨の極み。滑川市とも相談して対応を検討する」とのコメントを出した。

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