教職員だけでなく、さまざまな業界で働き方改革が取り沙汰される中、近年注目を集めているのが勤務間インターバル制度だ。国内の自治体では福岡市、岡山県、富山県が導入。福岡市では、教職員も制度の対象に含まれている。2000社以上の働き方改革を通して、制度の普及を行っているワーク・ライフバランス(本社:東京都港区)の小室淑恵社長は「慢性的に長時間勤務に陥っている職場ほど、勤務間インターバルの効果は高い」と力を込める。
勤務間インターバルは終業時刻から次の始業時刻の間に、一定時間以上の休息時間(インターバル)を設けることで、働く人の生活時間や睡眠時間を確保しようとする制度。2019年4月に労働時間等設定改善法(労働時間等の改善に関する特別措置法)が改定され、勤務間インターバル制度の導入は企業の事業主の努力義務となった。厚労省は制度導入のメリットとして、▽従業員の健康の維持向上▽従業員の定着や確保▽生産性の向上――の3つを上げている。
医学的な裏付けとして、同省のホームページでは米国の研究を紹介している。被験者を一晩の睡眠時間が4時間、6時間、8時間のグループに分け14日間、反応検査を実施。ランダムに提示される刺激に対して、反応に0.5秒以上要した遅延反応数を調べた。比較対象とするため、3日間徹夜させるグループも同様の検査を行った。
すると、4時間の睡眠時間の場合、6日継続するだけで、2日間徹夜した場合と同じ遅延反応が生じ、6時間の場合でも、10日続くと、1日徹夜した状態と同じ反応が見られた。同省はこの結果から「毎日少しずつでも睡眠不足が続くと、睡眠負債が積み重なり疲労が慢性化し、やがて、徹夜したのと同じ状態になる。当然、仕事にも支障を来たす。毎日しっかりと睡眠時間をとることが重要」と呼び掛けている。努力義務には具体的な時間の指定はないものの、導入した企業を見てみると11時間に設定するケースが多い。
勤務間インターバルについては、教員の働き方改革や処遇改善に向けた抜本的な政策を議論してきた自民党の特命委が5月に取りまとめた提言でも言及。改革の具体策における働き方改革の見える化の中で、教員の健康確保方策の一例として、検討するべきと明記した。
これについて小室氏は「非常に大きなことだと思っている。自民党にしろ、文科省にしろ、勤務間インターバルを教員に当てはめるという発想自体が、これまでなかったと思う。特命委員会のヒアリングなどを通して、有効性を理解してもらえたのがターニングポイントになったのでは。(処遇改善に向けて)さまざまなことを行わなければいけない中で、実現可能な範囲だと捉えているのではないか」と分析する。
都道府県では岡山県が3月、富山県が5月に勤務間インターバル制度の導入を宣言した。しかし、両県とも学校の教職員は対象にしていない。その理由として、両県が口をそろえて挙げたのが「学校現場になじまない」という点だ。
岡山県では宣言に先立ち、22年1月に知事部局で、2月には事務局や県古代吉備文化財センターといった教育機関の職員など教育委員会でも試行を始めた。同県教委教職員課は「選択肢の一つだと思う」と制度自体は肯定的に見つつも、教職員への導入に関しては「今すぐとる手段ではない」と話す。
その理由として、「対象になった教員の出勤時間を遅らせることで、1、2時間目の授業が出来ない可能性がある。教員の働き方改革は子供のために進めている。授業ができないのは本末転倒。その日の授業を代わる教員を配置するにしても、人出不足で出産などに伴う代替教員を用意するのにも困っている現状では難しい」と苦しい胸の内を明かした。
富山県教委教職員課も「効果はあると思うが、制度が現場の教員になじむかは検証する必要がある」と慎重な姿勢を見せる。さらに、永岡桂子文科相が3月14日の閣議後会見で制度に言及したことに触れ、「導入するかどうかも含めて、具体的な制度設計が分からない。言葉が一人歩きしている。本当に国が導入を考えているのなら、どのようなものになるかを示してほしい」と注文した。
公立小中学校の給与は都道府県が負担し、任命権も都道府県教委にある一方、服務監督権は雇用者である市町村教委にある。このねじれについて、岡山県教委は「これまでも県が導入した制度については、きちんと説明した上で、同じ方向性で行ってもらっている」とし、大きな問題にはならないという認識を示した。
そうした中、全国の自治体で最も早く制度導入を宣言した福岡市は現在、全国で唯一、教員に対しても勤務間インターバルを導入している。「睡眠時間は大事というのはエビデンスもある。睡眠とプライベートの時間を確保することで、心にゆとりを持って、児童生徒に接することができる」と効果に期待を寄せる。
同市教委が昨年9月から今年3月の教員の勤務状況を調べたところ、95%以上の勤務日で11時間以上の勤務間インターバルが確保できていたという。同市教委は「教員でこれだけの数字が出たのは良かった。導入前は大体9割くらいだった。一番大きかったのは意識付け。必然的に帰る時間が決まると管理職にしても、それ以外の教員にしても、『帰らなければいけない』という意識が醸成される」と成果を口にした。
同市教委は去年4月に働き方改革推進プログラムを新たに策定。週1回の定時退校日の設定や管理職に対する働き方改革を踏まえた人事評価の実施、ICTを活用した業務効率化の推進といった取り組みを行ってきたが、勤務間インターバル制度にも一定の手応えを感じているようだ。「少しでも興味を持ってもらえたら」と、今年度に実施する教員採用試験のパンフレットにも福利厚生の一つとして取り上げている。
しかし、現場からは「早く帰りやすくなった」という肯定的な声がある一方、「児童生徒や保護者対応といった突発的な業務で難しいケースもある」や「現行の勤務管理システムが勤務間インターバルに対応できていないため、管理職は状況把握が煩雑になった」といった意見も出ており、賛否両論のようだ。
小室氏は教員に対する勤務間インターバルの効果は非常に高いと強調する。まずは精神疾患の予防だ。文科省の調査によると、21年度の精神疾患による病気休職者と1カ月以上の病気休暇取得者の合計は1万944人。前年度より1492人増加し、初めて1万人を上回った。睡眠不足が情動的な不安定や抑うつのリスクを増大させることは、国立精神・神経医療研究センターが13年に発表した研究結果などからも明らかになっている。
「睡眠は6時間目までが体の疲れを取る休みで、6時間目以降のラスト1時間が脳のストレスを消滅させる休み。最低7時間取らないとストレスを解消するまでに至らない。体力のある人は短い睡眠時間でも体の疲れは取れるかも知れないが、精神の疲れは蓄積しているので、ちょっとしたことでも心が限界を迎えてしまう」(小室氏)。
もう一つは、職場環境に対する影響。小室氏は「教員は仕事が非常に属人化している。自分が担任のクラスや担当の仕事に対して、『助けて』と言えない。加えて、それぞれ独自のやり方があって、共有したくないという部分もある」とした上で、「勤務間インターバルは、決まった休息時間により、強制的に仕事を分けなければいけないケースが生まれる。属人化している仕事を切り崩し、仕事の見える化・共有化が進むことで、仕事量が平準化され、職場の連携が良くなる」と説明。
「ガイドラインで月45時間以内と定められた超過勤務の上限は、月末に焦るだけ。月末になって急に、上限を超えそうだからと帰らされるだけで毎日の睡眠は少ないという状況は変わっていない。睡眠を守る法律は勤務間インターバル以外にない」と断言する。