本物の「深い学び」を求めて グローバル・ティーチャー松田教諭

本物の「深い学び」を求めて グローバル・ティーチャー松田教諭
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 教育界のノーベル賞といわれ、世界各地で活躍する教員を表彰する「グローバル・ティーチャー賞2023」のトップ50に、今年10月、鳥取県立鳥取西高校で英語を教える松田裕史教諭が選ばれた。130カ国、7000人の応募者の中から、日本からただ一人、トップ50に入った松田教諭。子供のころから「学ぶとはどういうことか」を考え続けてきたといい、高校英語科の教師という道を選び、英語を使って生徒たちの世界観を広げる教授法「ディープ・アクティブ・イングリッシュ」を生み出した。松田教諭がどのように「深い学び」を追い求めてきたのか、話を聞いた。

言葉への高い意識が強みに

――世界トップ50の受賞、おめでとうございます。

 世界各地で実績を上げている先生たちと共に受賞できたことは、本当によかったなと思います。今月上旬には、フランス・パリのユネスコ本部で行われた授賞式に参加しました。ユネスコの総会期間中にセレモニーが行われ、各国の代表がずらりと並び、ゲストとして俳優や歌手も登場するなど、非常に華やかな式でした。

 現地には、事前に私の紹介文をウェブサイトで見てくれていたファイナリストの先生たちも来ていて、互いに自分の学校で何をしているのかを話し、大きな刺激を受けました。グランプリを受賞したパキスタンの先生には、教育に対する熱い思いやスケールの大きさを改めて感じました。他の先生たちの実践を、自分の中に吸収していきたいという気持ちになりました。

グローバル・ティーチャー賞の授賞式で=提供:松田教諭
グローバル・ティーチャー賞の授賞式で=提供:松田教諭

――これまでのキャリアを教えてください。

 英語科の教師として鳥取県の県立高校に勤め、今年で18年目になります。鳥取県の倉吉市出身で、小中学生の頃から「学ぶとはどういうことか」を、おぼろげながら考えていました。中学生になって英語を好きになり、英語の教師を志しましたが、大学は教員養成系ではなく、東京にある大学の文学部を選びました。

 初任の頃、当時の校長に「文学部で学んだ経験は後々、生きてくるよ」と言われました。その時は意味がよく分からなかったのですが、振り返ってみると、文学部で言葉そのものや「読むこと」に対する興味・関心や意識を高く持ち続けていたことが、英語科の教師としての強みになった部分もあったのではないかと思います。

 教師になって間もない頃から、学びはどうしたら深まるのか、また「名人芸」といわれるベテランの先生たちの実践をどうにか抽象化して、汎用(はんよう)性のあるものにできないかと考え、自分なりに実践を重ねてきたのですが、思うような成果はなかなか出ませんでした。

生徒の生き方を変える授業を

――「ディープ・アクティブ・イングリッシュ」はどのようにして生まれたのですか。

 試行錯誤の中、今から10年ほど前に、京都大学の松下佳代教授が提唱する「ディープ・アクティブ・ラーニング」を学び、英語科以外の授業も含め、さまざまな実践や資料を見て知見を増やしていきました。

 転機になったのが2019年、『深い学びを紡ぎ出す』(グループ・ディダクティカ編、勁草書房)を読んだことです。ここで一気に、これまで見てきた知見や実践が体系的に結びつき、自分の指導力が大きくブレークスルーするのを感じました。「これは、英語教育でも実践できる」という手ごたえを得たのです。

 「ディープ・アクティブ・イングリッシュ」をざっくり説明するなら、英語という教科の知識・技能を高めるだけではなく、生徒が新たな価値観に気付いたり、世界観を広げたり、変容させたりする機会を重視するというものです。他の生徒と関わり、学び合う中で、生徒が自分の知らない世界を学んだり、自分自身の新たな一面を見いだしたりできれば、本当に深い学びになります。

 それまでは正直なところ、もっぱら英語の4技能5領域での運用能力を高めようとしていた面がありましたが、「生徒の生き方に触れるところまで踏み込んでみよう」という意識を持ったことで、私の授業は大きく変わりました。

――印象に残っている取り組みは。

 高校2年生の授業で、バイオテクノロジーをテーマにした題材が教科書に出てきたことがありました。ただ、教科書に載っていた海外の事例は、本校の生徒たちにはなじみが薄く、どうにも学習のゴールが見えにくいと悩みました。

 日本でもっと身近な事例はないものかと探していたところ、たまたま読んでいた新聞記事で、山形県の企業「スパイバー」が、人工タンパク質素材を使ったパーカを製造していることを知りました。そこで生徒たちに、教科書で学習した英文を使いながら、そのパーカのCM動画を英語で作らせることにしました。

 教科書に載っている基本的な学習事項や発音、動画に使えそうなメッセージ性の強い英文の例などについては私が指導しましたが、あとは生徒たちに任せました。生き生きとしていましたよ。私が指示しなくても、パワーポイントのスライドを作り始める生徒もいました。中間発表をして振り返りを行い、改善を重ねていきました。

 完成した動画は企業に送り、とても喜んでもらえました。生徒からは「自分の知らなかった世界があった」といった感想が聞かれ、この学習がきっかけでバイオテクノロジーに興味を持ち、高3での進路選択につながったという生徒もいました。

オンラインインタビューに応じる松田教諭=オンラインで取材
オンラインインタビューに応じる松田教諭=オンラインで取材

「自分事(じぶんごと)化」をいかに仕掛けるか

――こうした学びを実現するには、何が必要ですか。

 「自分事化する」が一つのキーワードです。海外の深い事例がいかに優れたものであっても、生徒の日常からかけ離れていれば興味・関心は湧きづらく、題材に没入することは難しいからです。

 まずはこの「自分事化」をいかに仕掛けるかが、指導者の腕の見せ所だと思います。教科書をなぞるだけで終わってしまえば、何のためにインプットしたのか、ゴールが見えないのです。「大学受験のため」というだけでは、生徒のモチベーションが続きません。教科書を超えるアウトプットを仕掛けることで、生徒が深い学びに入っていくことができます。

 生徒の世界観を広げ、生き方を変えるような授業の題材は、教師が常にアンテナを立てて探していく必要があります。私の場合、インターネット検索ではあまり見つからず、新聞を読んでいて、たまたま見つかることが多いです。

――現在の教育の在り方についてどう考えますか。

 私が大切にしているのは、指導技術よりもまず、目の前にいる生徒の理解です。生徒理解、そして生徒との関係づくりができて初めて、指導技術が生きてくる。その上で英語の授業を通じて、生徒の深い学びを追求していければと思っています。

 今の英語教育では、コミュニケーションの技術ばかりを高めようとして、何のために高めようとしているのかが見えなくなっているような印象を受けます。

 生成AIが普及していく中、人間がコミュニケーションをする必然性や、英語を学ぶ意義を再定義しなければならないと思いますし、そのためには英語教育だけでなく、教育学や言語哲学の知見も取り入れながら、言語教育の価値を生み出していくことが重要です。

 学習指導要領には「主体的・対話的で深い学び」とありますが、「深い学び」にはいろいろなとらえ方があり、「振り返りをすれば深い学びになる」と思っている人も少なくありません。どういう授業が深い学びにつながるのか、まだまだ突き詰めて研究していく必要があると感じています。

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