【科学的リテラシーを全ての子どもに】 ワクワク感を広げたい

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 京都大学複合原子力科学研究所の中村秀仁さんは、自身の専門である放射線の研究に従事する傍ら、中高生を対象とした科学教室の開催などにも力を注いでいる。その背後には、どのような思いがあるのか。インタビューの最終回では、未来を担う子どもたちに期待すること、今後の研究者としての目標などについて聞いた。(全3回)

研究は誰かのためにするものではない

――お母さんが亡くなられた後は「目標を失った」とのことですが、どのようにして気持ちを立て直したのでしょうか。

 私の研究で母を救うことはできませんでした。でも、多くの研究者がその研究成果を基にさまざまな装置を開発されたことから、人類に多少貢献はできたんだなとは思うようになりました。

 一方で、私の研究をベースにした応用研究も次々と発表されるようになり、「このままでは周囲に置いていかれる」と危機感を抱きました。自分が第一発見者なのに、そんなにかっこ悪いことはありません。これが契機となり、再び研究にまい進するようになりました。

「このままでは周囲に置いていかれる」と危機感を抱いたと話す=撮影:佐藤明彦
「このままでは周囲に置いていかれる」と危機感を抱いたと話す=撮影:佐藤明彦

――医療をはじめ、科学技術の発展が社会に果たす役割は大きいと思います。そうしたことも研究活動のモチベーションになっているのでしょうか。

 確かに、科学技術の役割の一つは「社会への貢献」だと思います。でも、私が在籍する京都大学の学風はちょっと違うんです。先輩の研究者からよく言われるのは「ピュアサイエンスを楽しめ」という言葉です。

 ペットボトルの成果で言えば「なぜ光るのか」「どのように光るか」「どんなときに光るのか」をとことん掘り下げて、科学の真理を追い求めることです。京都大学に就職して間もなく13年目を迎えますが、周囲からは「ようやく京大らしくなってきたな」と言われるようになりました。

 かつての私は「母を救うため」と思って研究に取り組んでいました。でも、母が亡くなって以降は「自分が好きだ」と思うことを追求するようになりました。それが今の私の活動の原動力となっています。

何より大切なのは「ワクワク感」を広げること

――実用性よりも真理の追求が大事とのことですが、生徒たちにも同じスタンスで接しているのですか。

 そうですね。まずは、「大事」というより「楽しい」という方が適切でしょうか。何よりも生徒には、先端科学に触れたときのワクワクする感覚を知ってほしいと思っています。「Nプロジェクト」には、多くの文系生徒が参加してくれています。その理由の一つは、私やゲストティーチャーなど実際に先端科学を行っている研究者と共に、高校内で定期的に繰り返し交流できる場を用意したからだと思っています。楽しそうに語る人を見ていると、なんだかこちらも楽しくなってきますよね。ワクワク感が伝搬するような仕掛けの一つです。

――プロジェクトの舞台に母校を選んだのは、何かしらの思いがあったのでしょうか。

 母校を選んだのは、単に「母校が好き」だからです。それ以上の理由はありません。よく言われるのは、「なぜ、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)のような学校を選ばなかったのか」という言葉です。確かに、大阪高校はSSHのような進学校でなく、学力の平均層である一般校です。

 でも、そうした高校でも、150人の教員とスクラムを組み、学校を挙げた校務プロジェクトとして取り組んだことで、理系・文系を問わず、生徒だけでなくその保護者までもが科学に興味を持ち始めました。ワクワク感を持って主体的に科学を学べる場がどこにでもあるごく一般の高校内にもできたことには、社会的にも大きな価値があると考えています。

プロジェクトの舞台に母校を選んだ経緯を語る中村さん=撮影:佐藤明彦
プロジェクトの舞台に母校を選んだ経緯を語る中村さん=撮影:佐藤明彦

――日本の学校教育は「子ども主体」というより、「教師主導」の側面が強いようにも思います。その点は、どう見ていますか。

 特段、その点が学校教育の課題であると思ったことはないですね。私自身は、あくまで「生徒たちにワクワクしてほしい」という思いがあり、自分が楽しいと思う先端科学を伝え、一緒に研究活動を楽しんでもらっているだけです。だから、学校教育がどうあるべきだとかを今後も主張するつもりはありません。

未来を担う子どもたちに期待すること

――生徒たちに対し、将来はこうした人になってほしいとの思いはありますか。

 放射線には「怖い」というイメージがあります。でも、放射線は色の仲間でもあります。包丁はいろいろな料理を作る上で不可欠な道具ですが、使い方を間違えると悲しい事件が起こります。放射線もこれと同じです。使い方を間違えると大惨事を引き起こします。でも、使い方を間違えなければ人を救うこともできます。実際、私の母や家族は救われました。

 何事にも良い面と悪い面があると知った上で、物事をフェアに判断できるようになってほしい。そのことを伝える機会を「Nプロジェクト」内で要所要所に散りばめながら、次代を担う若者に一人でも多く伝えられるよう努めています。

 いつの日か「Nプロジェクト」に参加した生徒の中から、一緒に研究をしてくれる仲間が現れてくれるとうれしいですね。

「Nプロジェクト」に参加する生徒たちとの記念撮影=中村さん提供
「Nプロジェクト」に参加する生徒たちとの記念撮影=中村さん提供

――最後に、今後の目標を聞かせてください。

 「Nプロジェクト」は、文系・理系を問わず多くの生徒に科学のワクワク感が伝搬するシステムの確立を目指すものです。すでに想像を超えた生徒の著しい成長が数多く見られています。今後は、他校でも、そのシステムが運用できるかどうか検証したいと考えています。

 一緒に歩んでくれる高校が1校でも現れることを切に祈り、現在までの活動の様子をドキュメンタリーにして科学技術映像祭で公開することを計画しました。来年1月には完成し、来春には公開の予定ですが、生徒たちが生き生きと科学を学びながら、大きく成長する姿を見ていただきたいと思っています。

 私は子どもの頃から両親に「秀仁は大器晩成型だ」と言われ続けてきました。「Nプロジェクト」に参加してくれている2116人の生徒、そしてその保護者に対して、同じ言葉を掛け続けています。ドン底であった私が救われた、親からの信頼のメッセージです。

 時間はかかるかもしれませんが、必ず誰にでもチャンスは回ってくる。そのメッセージを、生徒だけでなく生徒を指導する教員とも共有して、多くの若者を対象とした科学的リテラシーの涵養システムを実現し、先端科学を推進しながら新たな人材育成戦略を描いていきたいと思っています。

【プロフィール】

中村秀仁(なかむら・ひでひと) 2006年、大阪大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。放射線医学総合研究所基盤技術センター博士研究員、研究員を経て、11年より京都大学複合原子力科学研究所助教。専門は光学、放射線計測、放射線教育、放射線管理。波長変換の本質的な意味合いに関する研究成果は、2度の文部科学大臣表彰科学技術賞をはじめ、「ナイスステップな研究者」選出など国内外から計23件の受賞をし、高く評価されている。

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