【12年目の授業研究㊦】教師たちの声 公立小学校の矜持

【12年目の授業研究㊦】教師たちの声 公立小学校の矜持
本田教諭の授業風景。学びを深める起点になる子どもたちの発言を捉えていく=撮影:佐野領
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 「全員参加・全員理解」の授業創りを手掛かりに、子どもたちが互いに教え合う環境を作り出している川崎市立川崎小学校(中臣信丈校長、児童574人)。子ども主体の授業創りは、受容と共感をベースにした同一の授業スタイルを全ての学級で実施することと、教師それぞれが授業力を高め合うことによって支えられている実態が取材を通じて理解できた。ごく一般的な公立小学校が12年間も続けてきたこの意欲的な取り組みについて、実際に子どもたちと毎日向き合っている教師たちはどのように受け止めているのだろうか。6年生の担任教師たちに話を聞くと、「子どもたちの全員参加とは『みんなとの関わり合い』」「大切なのは、教師全員が同じ方向を目指そうとする姿勢」といったキーワードが飛び出してきた。

授業への参加は「みんなと関わること」

 9月19日に行われた授業研究会の終了後、校長室で取材していると、提案授業を担当した6年生の担当教諭3人が授業の振り返りをするために校長室へやってきた。メンバーは研究主任の本田祥子教諭、一昨年春に異動してきた東利樹教諭、初任者として川崎小学校に赴任して6年目を迎え学年主任を務める近藤麻由教諭という顔ぶれ。キャリアの違う3人の教師に中臣校長が加わり、なんの準備もないまま座談会形式でインタビューが始まった。

 最初に、「全員参加・全員理解」の授業創りが結果として「いい表情の子を育む」という好循環を生み出していることについて、教師たちはどんなことを感じているのか、率直に聞いてみた。

 即答してくれたのは、ベテランの本田教諭。「授業への参加は、子どもたちから見れば、みんなと関わることだと思う。授業への全員参加を実現するためには、子どもたちは人と関わっていかないといけないし、参加することで人と関わることができる。この両方がある」と説明した。

 続いて、子どもたちが話し合いながら教師に代わって授業を進める「児習」に触れ、「児習をやると、子どもたちはとても張り切る。ただ挙手して自分の考えを発言するだけではなくて、相手の意見を聞いて、それとつなげてハンドサインを出し、自分の意見を話す。自分の発言に『うんうん』と相づちを打ってくれれば、もっと話したくなる。そういうふうに子どもたちが常にお互いに関わっているから、教師がいなくても自分たちで授業を進められるようになる。子どもらは自分たちで授業を創っていくことが楽しくて仕方がないのだと思う」と話した。

 「だから、なかなか手が挙がらなくても、上手に言えなくても、みんなで参加して一つの授業を創っていこうとすることがとても大事になる」と本田教諭。「それを実現することによって、より各教科の本質に迫れるし、子どもなりの学びが成立する」と実感を込めた。

異動してきた教師「全員参加ができるって、すごい」

 「初めて見たときは、率直に言って『何でこんなことをしているんだろう』と思った」。おととし4月に市内の小学校から異動してきた東教諭に、授業風景の第一印象を聞いたところ、こんな飾らない言葉が返ってきた。

 「前任校では、高学年になってくると、手を挙げるのが苦しい子どもたちがいた。『そういう子どもは、できれば自分の意見は言わず、友達の意見を聞きながら静かに学べればいいのかな』と感じながらずっと授業をしてきた。けれども、川崎小学校で学級担任になって数カ月がたち、誰もが自分の意見を安心して伝えられるクラスになるっていいな、と思うようになった」

 「自分の意見を安心して伝えられるクラス」とは具体的にどういうクラスなのか。もっと説明してもらおう。

 「全員参加と全員理解を目指し、子ども同士が声を掛け合い、教え合う。その結果、自分の考えを伝えられるようになった子どもが達成感を感じる。今までは自分を出していくことが苦手だった子どもが、少しずつ自分を出せるようになる。その出した意見を友達が認めてくれる。認めてもらえた子どもたちは『ああ、学校って楽しいな』『友達っていいな』『学校って、すごくいいところだぞ』となっていく」

 東教諭の言葉には、驚きと喜びが詰まっているように思えた。「この学校で自分が意見を言えるようになり、いろいろな人と関わってきた今の6年生は、この学校の良さをこれからどうやって残していこうか、というところまで考えることができている。友達同士との関わりによって子どもたちがプラス思考になり、前を向いていくきっかけになっている」

東教諭の授業風景。子どもたちの相互指名でどんどん進んでいく=撮影:佐野領
東教諭の授業風景。子どもたちの相互指名でどんどん進んでいく=撮影:佐野領

 さらに異動当初を思い出しながら、東教諭は川崎小学校の授業の進め方について感じたことをこう説明した。

 「1年生から6年生までの教師が学校全体で全員同じ方向に向かっている。これは、すごく大きいと思っている。私自身、『聞いて つなげる 優しい反応』をテーマにして以前の勤務校でやってきた。子どもたち全員が自分の考えを伝えてほしい、それに対してクラス全員が温かく反応してほしいと子どもたちに伝え続け、時には学級会議で取り上げたこともあった。それでも全員が授業に参加し、自分の考えを伝えることは、ものすごく難しかった」

 「でも、この川崎小学校に異動してきたら、どの学年も最初からできていた。その理由を考えると、やっぱり全ての教師が、何のために子どもたちに『全員参加・全員理解』を求めていくのかを理解して、子どもたちにその意味を伝えながら学級経営をしていることが大きいと思う。実際に子どもたちは前向きになっていて、全員参加ができている。これはすごいことだと、今感じている」。東教諭は自分の体験を確かめるように、しっかりと話してくれた。

初任6年目の実感「私たち教師も育ててもらっている」

 初任者や異動者にとって、川崎小学校の授業スタイルにすぐなじめるものなのか。中臣校長は「初任者や異動者は、子どもたちから授業スタイルや学習の進め方を学ぶことができる。それが全クラス同一の授業創りと集団作りをやっている良さの一つだ」と説明する。「子どもたちは相互指名やハンドサインをしながらずっと授業を進めてきているので、子どもたちがある程度授業スタイルを保ってくれている。だから、担任が異動者に代わっても、初任者であっても、教師の方が子どもたちから授業スタイルを学ぶことができる」と話す。

 初任者として川崎小学校に赴任して6年目を迎えた近藤教諭は「初任の頃や2年目は、『全員挙手を目指さなければいけない』というプレッシャーを感じて、苦しいときももちろんあった。でも、いまは全員挙手があったから、自分はここまでやってこられたのかなと思っている」と振り返る。

 川崎小学校では、子どもたちが自分たちで話し合いながら授業を進める「児習」を1年生から取り入れていれている。これがうまくいくかどうかは、教師の授業力や、『主体的に学習に参加する』『教え合い、助け合いを大切にする』 『失敗や間違いがあっても温かく受け入れる』といった学習態度や人間性の育成と関係していることが、これまでの取材で理解できた。しかしながら、このことは、初任者であっても、他の教師と同じ授業レベルや学級経営が求められることを意味する。

授業研究会の最後に行われる研究協議。川崎小学校の教員たちに見学者も加わる=撮影:佐野領
授業研究会の最後に行われる研究協議。川崎小学校の教員たちに見学者も加わる=撮影:佐野領

 9月19日の授業研究会で提案授業を行った近藤教諭は「とにかく、1~3年目はしんどくて、自分が小学校で習ったことを一から勉強し直すような感じだった。話し合いもなかなかうまくできなくて。でも、学校全体で同じ目標を目指しているからこそ、他の教師たちと悩みが共有でき、『自分だけじゃなく、同じように悩んでいるんだ』と少し安心できた。もらったアドバイスをそのまま自分のクラスで実践できたのも大きかった」と、初任者として赴任した当初を思い出しながら話してくれた。

 「学年での教材研究もすごく楽しかった。校内研究のときはもちろん、普段の授業から教科の深いところまで一緒に教材研究をしてもらえたので、教材研究のやり方も『こうやってやるんだ』と学ばせてもらった」

 そうやってオン・ザ・ジョブ・トレーニングを繰り返すうち、近藤教諭は少しずつ教師としての成長を実感していったらしい。「4年目からは、一度担任したことのある学年を任せてもらえたので、先の見通しが持てたり、今までの経験が少し自信になったりして、学級経営においても教材研究においても、自分のやってみたいと思うことにチャレンジできるようにもなった。この学校の授業研究は、子どもたちを育てるだけではなく、私たち教師も育ててもらっているな、と感じる。6年間の経験は、これからの自分にとっての大きな財産になると思う」と、自分が授業力を身に付けていった経過を説明した。

 川崎市では規定で初任者は最初の学校に最大6年間までしか勤務できないという。来年春に異動が予想される近藤教諭。「最近、(異動先の学校で教える)来年度は今までの6年間が問われることになるのかなと、すごく思っている」と、表情を引き締めた。

 川崎小学校の授業スタイルを実践するために、教材研究の重要性は誰もが強調した。東教諭は「教材を知っておくことは、教師にとってすごく糧になる。学校内にもいろいろな得意なところがある教員がいて、楽しみながら学べる」と話した。

 「みんな一生懸命ですよ」と、研究主任の本田教諭は言う。川崎小学校では授業研究会を年6回開催しており、一人の教師には年3回の研究授業の機会が回ってくる。「少なくとも自分で授業研究会をやる3回分の単元は自信を持って授業できるようになってほしい。そうやって、自信を持てる単元がだんだん増えていけばいい」と、授業力の向上に授業研究会が大きな役割を果たしていることを説明した。

絶対に子どもの特性や家庭のせいにしない

 川崎小学校では、年6回の授業研究会は常に公開しており、毎回、たくさんの学校関係者が見学に訪れる。その中には、「全員参加・全員理解」の授業創りを自校にも取り入れたいと考える学校も少なくないという。授業研究会で講師を務めている奈須正裕上智大学教授によれば、個別最適な学びへの取り組みで知られる山形県天童市立天童中部小学校も、川崎小学校を参考にした学校の一つ。とはいえ、他の学校にはほとんど広まっていない。そんな希有な試みを川崎小学校が12年間かけて続けていくことができたのは、なぜなのか。

 本田教諭は「私たちは、子どもたちにどのように考えられるようになってほしいか、その考えをどうやって深めていけるのか、そしてそのために教師はどうしたらいいのか、を常に意識し、みんなで考え、確認し合っている。教師の意識がみんな同じだから、学校全体でやっていける」と説明する。

 「初任者や異動で来たばかりの教師は『難しいな』と初めは思うかもしれない。でも、子どもたちには積み重ねてきたものがあるので、自分の考えを伝えようと手を挙げ、お互いの考えを知りたくて目をつなげ、反応しながら聴く。それを持続させ、もっと良くするには、教師自身の努力が必要になるが、基本の土台があるので、目指すところが見えやすい。教師がみんなで一緒にやっていることがすごく大きい」。ここでも同一の授業スタイルを全ての学級で実施していることがポイントとして強調された。

 だが、全校同一の授業スタイルを実践することは、それほど簡単なものでもないらしい。中臣校長は「他の学校がやろうとしたときに、何からやったらいいのか。形だけ全員挙手からやろうとしてもできない。一番大切なことは、受容と共感の姿勢。これを、われわれ教師全員が持たないと何も始まらない」と強調する。

 その上で「われわれ教師も弱いから、授業や学級経営がうまくいかなくて追い詰められると、その原因を自分よりも子どもや家庭、そして今までの担任教師にあると考えてしまうことがある。しかし、今、抱えている課題を自分自身の課題として受け止め、その課題を学校全体で協力しながら乗り越えていこうとしないと、前へ進むことはできない。異動者や初任者がどんどん入ってくる中で、教師全員が同じ姿勢を持てているのは、本当にありがたい。奇跡のようにも思える」と、率直な思いを語ってくれた。

 この日の授業研究会の冒頭、中臣校長は外部の見学者に向かって、こんなあいさつをしていた。「川崎小学校では、絶対に子どもの特性のせいとか、家庭のせいにしない。これは、しっかりと意思統一している。教師は自分が子どもを担任したときから、受容と共感の姿勢を持って子どもを丸ごと受け止めて指導し支援していく。このことを授業研究で特に大切にしている」。この言葉を聞いたとき、公立小学校で一人一人の子どもに向き合う教師たちの矜持(きょうじ)を感じた。

 川崎小学校の授業研究会は、外部参加者を受け入れている。次回は2024年1月18日(水)。事前申し込みが必要。詳細は公式HPを参照。

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