【全国に示す新しい学校像】 学びを生徒主体に移譲

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 東京都千代田区立麹町中学校を定年退職した工藤勇一校長と共に、学校改革を推し進めてきた横浜創英中学・高校の本間朋弘副校長。過去4年間にわたって進めてきた改革とは、具体的にどのようなものなのか。インタビューの第2回では、同校が進める「学び方改革」の概念や具体的な内容を聞いた。(全3回)

2040年の未来図を描く

横浜創英中学・高校の改革を推進する本間副校長=撮影:市川五月
横浜創英中学・高校の改革を推進する本間副校長=撮影:市川五月

――ご自身の中に生じていた違和感が、工藤校長との出会いを経て、新たな教育観を抱くまでに変わったということでしょうか。

 そうですね。これからの学校は社会で活躍する準備の場所に変わっていく必要があります。社会で必要な経験の場をどれだけ学びに落とし込めるかが、これからの学校の大きな役割だと考えるようになりました。

 私は1961年の生まれで、戦後からまだ16年しかたっていない時代です。私が幼少の頃、大人はみんな子どもに同じことを言っていました。「早くしなさい」「ちゃんとしなさい」「いい子にしなさい」と。そして、学校ではただひたすら「覚えなさい」と言われ、「考えなさい」と言われた経験はほとんどありません。

 算数の「追い越し算」がありますね。8時に家を出た弟が時速3㌔で学校に向かい、弁当箱を忘れた弟のために、兄が10分後に家を出て時速4㌔で追い掛け、何分後に追い付きますかという問題です。社会ではあり得ないようなことが、学びの材料になっていたんです。

――現実社会から切り離された学びになっていたのですね。

 学びというのは社会の具体に組み込まれて、初めて意味を持つんです。社会の具体と切り離された学びには意味がありません。ところが当時の学校教育は、高度成長期の工業化社会を基盤に構築されています。

 当時重視されたことは、子どもの「規範化」と「標準化」でした。規範意識を持った標準的な子どもが、大量生産を支える。今はそういった教育が完全に時代遅れになっているのに、そこにこだわる大人がまだいます。

 高度成長期は人口が極端に増えていたから、社会の購買力が高かったわけです。だから、作っても作っても物は売れる。でも、2004年をピークに、日本の人口は年間約80万人ずつ減っています。2050年には今より3000万人も少なくなっている計算です。今の子どもたちは、こういう時代を生きることになるんです。

 日本の若者の主体性が失われつつあると、盛んに言われるようになりました。学校が手を掛け過ぎて、「大人の言うことを聞く子がいい子だ」という価値観がまかり通っています。これからは誰かのまねではなく、誰もやっていないことを自分の頭で考えて実行する力がなければ、生きていけない時代です。学校は子どもの未来を築く道標の場所ですが、私たちは子どもの未来にいつまでも寄り添うことはできません。「与える教育」から「離す教育」への転換が求められています。

 今の10代が社会の中心となって活躍するのは2040年頃です。でも、今の教育システムでは、その時に彼ら彼女らが幸せに過ごせているイメージが全く湧きません。そうした中、本校では2040年の未来図をしっかり描きながら、学校教育を本気で変えていこうと考えています。

「知識の伝達を授業でやるな」

授業の転換と働き方改革をセットにして進めたと話す=撮影:市川五月
授業の転換と働き方改革をセットにして進めたと話す=撮影:市川五月

――そこから「学び方改革」と「働き方改革」にかじを切ったのですね。まず、学び方改革について教えてください。

 学び方改革の最上位目標にしているのは「生徒の当事者意識を育てながら学びを生徒主体に移譲すること」と「リアルな学びをして社会に貢献できる人材を育てること」の2点です。この目標を達成するために、授業観の転換と新しいカリキュラムの策定を進めています。

 授業については、「知識の伝達はもう学校がやるべきことじゃない」というのが基本的な考え方です。これまではややもすれば知識の伝達だけに学校教育の12年間を費やしてきたわけですが、考え方を変えなくてはいけない。本校では「知識伝達」と「課題解決」の区別を明確にした上で、教員には知識の伝達はこれからの授業でやらなくてよいと伝えています。

 私はもともと日本史の教員で、以前は例えば江戸時代の農具の名前を暗記するよう指導してきました。でも、社会に出たらそんな知識は役に立ちません。でも、こういう話をすると、「学習習慣が定着しない子はどうするのか」と質問されることがあります。

――どう答えるのですか。

 「ほっときます」と答えます。知識伝達の範囲については、動画を作成し、見る見ないは生徒の自主性に委ねます。対面での授業は、課題解決や探究、応用を行う場と位置付けています。

――カリキュラムの方は、どのように変えているのでしょうか。

 新しいカリキュラムの大きな柱は「自由選択制の大幅な拡大」と「学年制を柔軟に捉えること」の2つです。

 「自由選択制の大幅な拡大」に関しては、必修科目を最低限にして、大半を自由選択科目にしようとしています。「学びを生徒主体に移譲する」という最上位の目標があるので、「選択する自由を与えられなければ、子どもの主体性は育たない」と考えています。

 全校生徒が1600人いれば、1600通りの時間割ができる。生徒は一人一人、興味関心も将来の方向性も違うのだから、1600通りの時間割ができて当然です。今はそういうシステムがほぼできたところで、25年度から本校では「時間割」という言葉がなくなり、「個人スケジュール」になっている予定です。

――もう一つの柱である「学年制を柔軟に捉える」について教えてください。

 最上位の目標が「リアルな学びをして学校と社会をつなげること」だということに関連してきます。社会に出れば、同一年齢の人だけで仕事をするわけではありません。年齢で区切っているのは学校だけです。

 英語を例に挙げれば、中1で英検2級を持っている子が、なぜ教科書の順番通りにアルファベットからやらないといけないのか。また、高1で英検1級を持っている生徒は、そもそも学校で英語の授業を受ける必要があるのか。英語のスキルを使って社会にどのように貢献するのかを研究し、社会に発信していく。その研究成果で英語の単位を与える。履修主義から修得主義への転換も見据えた観点で、カリキュラムを捉え直しています。

 すでに中学校では、1年生から3年生までの生徒が、同じ時間帯に行われているどの教室に行って学んでもよいというシステムを敷いています。例えば、A教室は「学びたい部屋」で、教員が教える部屋です。月ごとに単元テストがあって、生徒はそこに照準を合わせて学んでいきます。だから、例えば「中3になっても現在完了形が苦手」という生徒は、現在完了形について学ぶ月はA教室へ行きます。

 B教室は、友達と対話しながら学ぶ部屋。教員や上級生は支援者です。C教室は一人で学ぶ部屋。塾の問題集やAI教材で勉強する生徒もいます。D教室は企業から学べる部屋。社会人向け英会話教室のネーティブ講師に学んだり、マインクラフトを通じて英語を学んだり、セブ島とのオンライン英会話をしたりしています。

学年制を柔軟に捉える斬新な取り組みを展開している=撮影:市川五月
学年制を柔軟に捉える斬新な取り組みを展開している=撮影:市川五月

――これだけ選択肢があれば、生徒は自分の習熟度や興味関心に合った場が選べますね。

 実は最近、もう一つ部屋が増えました。それは「学ばない部屋」で、生徒には常々「学ばない権利も認めるよ」と話しています。でも、他の人が学びたい権利を侵害することは認めません。そうした両者の権利を保障するための部屋でもあります。

 本校は毎月1回、定例の視察日を設けていて、全国から学校や自治体の関係者が訪れますが、多くの人が「学ばない部屋を見たい」と言います。でも、先日の視察日では、視察に来た人から「学ばない部屋が見つからない」と言われて見に行ったところ、3人の生徒が教員の授業を受けていました。

 話を聞くと、3人とも「学ばない部屋」を選択したのですが、巡回している教員に1人が質問したところ、教師による説明が始まり、その話を聞いているうちに他の2人も「教えてほしい」となったそうです。こうしたことから「学びに向かう主体性」が育つのだなと思います。

 最近よく「個別最適な学び」というフレーズを聞くようになりましたが、誤解をされている部分も多く、習熟度別授業とか小集団での学びを「個別最適な学び」と言っているような例も散見されます。「個別最適な学び」は、教員が整えるのではなく、生徒自身が学び方を選択することにあります。主体性とは自分の人生を自らの力で意義のあるものに変えていくことであり、選択する力は主体的に生きるための礎です。

 生徒一人一人が学び方を主体的に選択できる授業が設定されているか、学年を超えた多様な生徒が一緒に学び合うしなやかな集団が設定されているか、そういったことを意識しながらカリキュラムの策定を進めているところです。

【プロフィール】

本間朋弘(ほんま・ともひろ) 横浜創英中学・高校副校長。早稲田大学教育学部卒業後、神奈川県公立高校に29年間在職。学力進学重点校で進学体制の構築に努めた。著書に『解決センター日本史』『ハイスコア共通テスト攻略日本史』など。自治体や民間教育機関での講演活動多数。フェイスブックを通じて「学校改革」「働き方改革」のシリーズを発信している。

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