【ヒロックの子どもたち㊤】 初めて知る「自由」の重み

【ヒロックの子どもたち㊤】 初めて知る「自由」の重み
自由進度学習の時間に、進め方を相談する子どもたち=撮影:秦さわみ(2024年1月)
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 オルタナティブ・スクール「HILLOCK(ヒロック)初等部」の2校目が、昨年9月、東京都渋谷区の代々木公園近くに開校した。自由進度学習やマイプロジェクト(探究学習)など、個性的なカリキュラムの下、主体的に学ぶ力の育成を目指す同校。中には、公立小の規律を受け入れづらく、型にはまらない教育を求めて来た子もいる。とはいえ、ヒロックでの日々は決して「自由奔放」ではない。自分や仲間に今、何が必要かを考え抜き、選択することが求められる、ある意味で厳しい場所だ。こうした環境で学びを深めていく子どもたちと、それを支える大人の関わりを取材した。

「自由では駄目ですよ」が苦しかった

 ヒロック初等部の1校目、世田谷校が開校したのは2022年4月。第一線で活躍していた元小学校教員と教育起業家が作った「理想の学校」で、都会の中でも恵まれた自然環境の中、子どもたちが自由進度学習や探究に取り組む姿は、多くの教育関係者の注目を集めた。23年2月ごろ、2校目を開校する話が持ち上がり、代々木公園にほど近い場所に教室を確保できたのは、同年の5月末だった。

 代々木校は、元教員でカリキュラムディレクターの五木田洋平さん、同じく元教員でラーニング・シェルパの蓑手葉子さんが中心となり、同年9月に開校。当初は12人程度の定員を想定していたが、倍以上の応募があった。「型にはまらず、自分を大切にしてほしい」と、ヒロックでの教育を望んだ保護者が多かったという。年齢や性別など、さまざまなバランスを考慮して入学者を決定。小学1年生から4年生までの18人でスタートを切った。

 ヒロックは学校教育法第1条に定められたいわゆる「1条校」ではないため、子どもたちは自宅近くの公立小に籍を置きながら、ヒロックに通う。子どもたちに合った学びの場の選択肢を広げるオルタナティブ・スクール。ただ、中には公立小にうまく適応できず、傷ついた体験を持ってヒロックにたどり着いた子もいる。

 ある1年生の男の子は「1学期で公立の学校をやめて、2学期からここに来た。いつも座らされて、従わされて……。ストレスがめちゃくちゃすごかった」と、ぽつりと語った。別の1年生の女の子は「先生がどんどん厳しくなっていった。『なんであなたはこうするんですか』『自由では駄目ですよ』という感じが苦しくて、行けなくなっちゃった」

 五木田さんらは開校から最初の1カ月間、とにかく「自由な時間」を大切にした。最低限のルールはあるが、「ああしなさい、こうしなさい」ととやかく言われることはなく、人と違うことをしていても大丈夫。一人一人がゲームや電車など、自分の好きなものを紹介し、それを全員で遊んでみる「万博」も開いた。大人の言う自由ではなく、自分だけの「自由」がどんなものか、子どもたち一人一人が身をもって体験していった。

 さまざまな個性を持つ仲間たちと過ごすには、自分の自由を主張するだけでなく、他者の自由と折り合いをつけ、協働する力も必要になる。ヒロックでのルールは「多数決で決めない」ことと、「どうしてもやりたいことがあればやってよい」ということだけ。互いの「どうしても」がぶつかり合ったら、譲り合ったり交渉したりして、双方の自由を大きくする。チームワークが機能すれば互いに幸せになれるのだと、子どもたちは気付いていく。

自主性は重要、でも人から学ぶことも大切

自由進度学習の時間に、子どもの説明を聞く五木田さん=撮影:秦さわみ(2024年1月)
自由進度学習の時間に、子どもの説明を聞く五木田さん=撮影:秦さわみ(2024年1月)

 初めて代々木校を取材したのは、開校から2カ月がたとうとしていた昨年10月末だった。ちょうど自由進度学習が始まる時間で、前出の男の子が、自分がしていることを記者に説明してくれた。「めちゃくちゃ楽しい。こうやって、自分が好きなことをめあてに書く。ちょっとめんどくさいんだけど、自分で決めて、自分で決めたことをする。自分が楽しいことをしながら成長していくっていうのが楽しい」

 子どもたちは自分の好きな場所でタブレットや教材を広げている。「ここが落ち着く」と、机の下にもぐる子もいる。自由進度学習では毎回、「自分がギリギリできないこと」をめあてにして、それを達成するための作戦を考える。「めあてに全然届かなかったら、作戦が違うのかもしれない。めあてを変える? それも一つだね。自分が成長するには何が必要だと思う?」。五木田さんは子どもたちと会話しながら、サポートに徹している。

 五木田さんは「こうすれば学力が伸びる」と教えるのではなく、「自分に何が必要か」「何ができるようになりたいか」を考えさせる。とはいえその手段を具体化させるのは、大人でも簡単ではない。「子どもが一人で限界を感じていたら、アドバイスをしたり、一緒に作戦を立てたりする」という。

 自由進度学習が終わると、次は自分の興味・関心のあることをとことん探究する「マイプロジェクト(マイプロ)」の時間に移った。サッカーやバスケットボールの技術をテーマに選んだ男の子たちが、探究の進め方について五木田さんを囲んだ。

 五木田さんは、一人一人の進み具合を見ながら助言するが、指示や答えを与えることはない。「自分でひらめいた練習をこれまで3回、やっているよね。そういう方法以外にも、動画を見てやり方を知るとか、誰かに教えてもらうこともできる。僕がそうしてほしいという意味ではないよ。今、バランスとしては3対0だけど、4対0にしても、3対1にしてもいい」。子どもたちはここでも、自分に何が必要か、考えることを求められる。

 「バスケのドリブルとシュートができるようになりたい」と話す男の子には、「教室にはゴールがないけれど、今の環境の中でできることは何だろう。あの子はサッカーがやりたいから、近くの小公園に行くみたい」と五木田さん。男の子は「僕も小公園に行こうかな」とつぶやく。「じゃあ、シュートは小公園でこういう練習をする、ドリブルはこういう練習をする、というめあてが必要だね」

 こうした「1対1」を18人分。「人から教わる方が効果は高い場合もあるのに、全て自己流でやろうとしてしまう子もいる。一方で、人から教わると正解を当てに行ってしまうタイプの子もいるので、最適なバランスは子どもによって異なる。自主性は重要だけれど、人から学ぶこともすごく大切だ。一人一人が取り組みやすいシステムを作るのが、自分の仕事だと思っている」と五木田さんは話す。

 子どもたちは「マイプロ楽しい」「ずっとマイプロがいいな」と口々に語り合っている。「そうだね。でも、マイプロだけだと成長する部分が偏ってしまうかもね」。もう一人のラーニング・シェルパ、蓑手さんがそう応じた。

やりたくない時は、やらない方が理にかなっている


 24年1月中旬、再び代々木校を訪れた。教室のレイアウトが変わっている。広々としていたフロアに、棚で区切られ、壁に向かって一人で作業に集中できるスペースができていた。子どもたちのリクエストで作った場所だという。最初からこうした場所を設けなかったのは、「学習に集中してほしい」という大人のメッセージを言外に伝えてしまわないため。子どもたちには自分から少しずつ、学びに向いてもらいたいという思いがあった。

 その日の自由進度学習の時間。思い思いのスタイルで学ぶ子どもたちの姿は変わらないが、子どもたちが書き込むめあてと作戦が、10月と比べてずっと具体的になっていた。五木田さんが子どもたちに掛ける言葉もレベルアップしている。「君は午前10時ごろに集中のピークが来るだろうから、いきなり難しいことをやるより、昨日やったことから始めてみたら」。その子が初めてのことに警戒心を持つか、視線や体の動きはどうか、何に困っているのかをじっと観察しながら、一人一人の学びを応援していく。

 一方でソファーにもたれ、「やりたくない」とこぼす子もいた。「何分まで休む?」と五木田さん。「2分」と答えが返ってきた。「やりたくない時というのは、学びたい対象がない、難し過ぎるなどの理由が考えられるけれど、いずれにせよ、やらない方が理にかなっている。やりたくないのに、大人のためにやるというのはよくない」と五木田さん。

全員が集まるクラス会議。遊び場の使い方を話し合う=撮影:松井聡美(2023年10月)
全員が集まるクラス会議。遊び場の使い方を話し合う=撮影:松井聡美(2023年10月)

 そのころ蓑手さんは、別のテーブルで数人の子どもたちに囲まれていた。前日の放課後、遊び場の使い方を巡って意見が対立した子どもたちが、仲裁を求めてきたのだ。蓑手さんは子どもたちの言葉を紙に書き出し、「どの程度、遊び場に行きたいと思っているか」などを図解し、可視化していく。

 ここでも、焦点になっていたのは「自由」だった。「遊び場に行く自由はそれぞれにあるよ。『おれが今日行くから、おまえは行くな』ということはできない」「『あの子が行かない日だったら行く』と言っている状況は、とても自由が狭いと思うよ」「自由が狭いことを、自分たちが望んでいるのかどうかだね」。蓑手さんの言葉を聞いても、子どもたちは煮え切らない態度。話し合いは平行線のまま終わった。

 こうした状況も、蓑手さんは静かに受け入れた。「今はまだネガティブな気持ちが強く、話し合いをしていても、すぐに気持ちが高ぶってしまう。だから『こういう選択肢を取るんだね。納得しているならいいんじゃない?』と伝えた。また遊びたくなったら和解していくだろうし、互いに自由を狭めたままでなくてもよいと分かってくるはず」と見守った。

 ㊦では、五木田さんと蓑手さんに、子どもたちの半年間の変化や、大切にしていることを聞く。

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