【性差別の構造を変える】 教員養成の課題

【性差別の構造を変える】 教員養成の課題
【協賛企画】
広 告

 愛知東邦大学の虎岩朋加准教授は、男女差別の構造を再生産する役割を学校が無意識に担っていると指摘する。そうしたことは、同学の学生が教育実習に取り組む現場でも見えてくるという。インタビューの2回目では、ジェンダー平等の観点から、教員養成課程を通して見えてきた学校現場の課題などを聞いた。(全3回)

子どもは「ちゃん」づけか「さん」づけか


――勤務されている愛知東邦大学教育学部は、幼稚園・保育所や小学校の先生を目指す学生が多いと思います。そういう学生の意識の変化みたいなものはありますか。

 本学には初等教育コースと幼児保育コースがありますが、初等教育の方は男性が多いし、幼児教育は女性が多いですね。幼児教育コースの実習先を探すのはとても大変で、特に男子学生の実習先を確保するのに苦労します。

 一方で、小学校は女子学生、男子学生にかかわらず受け入れる体制が整っています。こういう状況が、保育の現場に男性が増えない、さらに性別による役割の分業という構造を再生産している側面はあると思います。

 ゼミの学生が小学校に教育実習に行った時の話です。その小学校の先生が「普段の授業では子どもたちに、〇〇ちゃんとか〇〇くんって呼んでもいいんだけれど、研究授業のときには〇〇さんって呼んでね。男の子も女の子も全てさんで」と指導されたと話していたんです。それを聞いていたある女子学生が「ちょっと気持ち悪いですよね」と私に話していました。

 なぜ、普段から子どもたちをさんづけで呼ばないのか。なぜ、ちゃんづけで構わないと考えているのか。その小学校には無意識の前提があるというのを、先生たちが全く意識してないということです。先生が子どもたちに対してどう向き合っているのかが、にじみ出ています。多くの学生も、それを何とも思わず指示に従うわけです。

 学生の中で言えば、女子学生の方が気付くことは多いですね。ゼミでジェンダーについて議論する中で、例えば付き合っている恋人との関係性でいかに自分が我慢してきたかに気付く子もいます。言葉の暴力に気付いたり、自分ももしかしたらそうかもしれないと考えたり…。だから、変わることができるんだと思います。大切なのは、どれだけ意識的に自分の言動を理解するかです。

 私自身も結局、社会構造の中に立っている者として、いろいろと再生産していると思います。でも、そうした流れをちょっとずつでもずらすことはできます。ちょっとずつ違った鋳型を準備していくためには、やはり意識するということが必要なのだと思うんです。

学生が教育実習で体験することにも気付きが多いという=撮影:大川原通之
学生が教育実習で体験することにも気付きが多いという=撮影:大川原通之

 ――ゼミの学生は男性の方が多いのですか。

 今は男性が多いです。なぜかというと、私が担当する科目が教育原理や教育社会学、教育課程論など、要するに学問なんです。一方、幼児教育コースの女子学生たちはいずれ現場に働きに出ることを見越して、保育教材制作などをやりたいわけです。だから相対的に男子学生が多くなるのです。こうした状況も、悩ましいですね。

 学生同士の会話の中で、こちらが驚く発言を聞くこともあります。例えば最近も、「最近のディズニー映画もポリコレが強くてつまらない」と話していました。

 ――確かに、近年のディズニー映画は虐げられたお姫様を王子様が助けに来るような物語ではなくなりました。

 大ヒットした『アナと雪の女王』もそうでした。人種的な多様性や女性の多様な在り方を重視するようになっていますが、そのような状況を、政治的な正しさ=ポリティカルコレクトネスを押し付けていると学生たちは感じているのでしょう。「昔のディズニーが良かったよね」と話していました。

 ネット上ではフェミニズム的な発言をすると、匿名で批判する発言が出てきます。そういう発言を恐らく彼らも読んでいて、力を持つ女性に対して嫌悪感を抱いたり、ポリコレ的なものに嫌な気分を持ったりしているんだと思うんです。

 かつてのジェンダー教育に対するバックラッシュ(揺り戻し)のように、社会の中に変わっていこうという機運があると、それに対する反動がある。学生たちにもそうした反動を共有する部分もあって、とても難しいなと感じます。

フェミニズムへの反発と可能性


――そういう意味では、教育分野でのフェミニズムの研究に対しても、反発みたいなものが多いのではないでしょうか。

 かつて、キャリアに影響するから「フェミニズムなんて言っちゃ駄目だよ」と言われたことがあります。既存の権力に揺さぶりをかけるものに対しては、それをつぶそうとする力も働くということだと思います。逆に言えば、だからこそこの状況に対し、フェミニズムは変化を促す能力や可能性もあると捉えています。

 今の学校現場は、性差別の問題だけではなく、LGBTQ+や児童生徒の多国籍化など、多様性に対応をしなければいけない現実があります。しかし、そういう子たちをいつの間にか限られた鋳型にはめ込むことをしていて、子どもたちにとっては生きていく上でとてもつらい状況があると思っています。

 そういうところを突破するための一つの考え方として、フェミニズムがその役割を発揮できるといい。フェミニズムは、決して男性を攻撃しているわけではないんです。むしろ、いろいろな人を現状から解放しようとする力を持っている運動だし、理論だと思っています。男性も縛られている。だからこそ、学校がフェミニズムを生み出していかなければならない。学校には力があるし、その役割はとても大きいと考えています。

 ――しかし、学校現場が多忙で余裕がなければ「前例踏襲」「これまで通り」になってしまうかもしれません。

 確かに、学校の先生は非常に忙しくて疲弊しています。そういう状況がある中で「フェミニズムをもっと意識してください」とはなかなか言えません。今、子どもたちにとっても、先生方にとっても、学校に安全な場所がないんです。先生方も自分を一生懸命、鋳型に入れている。まずは先生方を解放することで、子どもたちも解放されるのではないかと考えています。

 教職の多忙化や教員不足がある中で、学生たちを見て「この人たちは来年から先生になるんだけれど、大丈夫かな…」と心配になることがあります。近年、教職課程では現場経験や実務経験を重視する流れがありますが、だからといって研究面がおろそかになると、現状に批判的に切り込む視点が養われません。そういう形で4年間学び続けて学校現場に出てしまうと、現状を再生産する方向になるかもしれず、とてもジレンマを感じています。

現場の余裕のなさは、前例踏襲・再生産を生み出すと指摘する=撮影:大川原通之
現場の余裕のなさは、前例踏襲・再生産を生み出すと指摘する=撮影:大川原通之

【プロフィール】

虎岩朋加(とらいわ・ともか) 愛知東邦大学教育学部子ども発達学科准教授。1976年、名古屋市生まれ。名古屋大学大学院教育発達科学研究科単位取得退学、ニューヨーク州立大学バッファロー校教育学研究科博士課程修了。Ph.D. in Social Foundations。名古屋大学大学院教育発達科学研究科助教、敬和学園大学准教授を経て、現職。専門は教育学、社会哲学。著書に『教室から編みだすフェミニズム――フェミニスト・ペダゴジーの挑戦』(大月書店)など。

広 告
広 告