修士化を「てこ」に真の教育改革を(喜名朝博)

修士化を「てこ」に真の教育改革を(喜名朝博)
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 「教員の修士化は、本気で今必要なことだと考えている」。2月15日本紙電子版が報じた後藤教至・文部科学省総合教育政策局教育人材政策課長の発言は、真の教育改革への道筋が見えた気がした。昨年11月の本欄でも論じたが、基礎免許で担保すべき資質・能力は膨大であり、4年間では足りないというのが教員養成の現場の実感である。

 一方、中教審「質の高い教師の確保」特別部会では、給特法の改廃を含めた教員の処遇見直しの議論が本格化している。給特法を改正するのか、廃止して新たな給与体系を構築するのか、いずれにしても財務省の壁は高く、小手先の改革に終わってしまうのではないかという危惧もある。そこで、教員の修士化を「てこ」にして真の教育改革を進めることを考えていきたい。

修士化は高度専門職としての質を担保する

 教職は高度専門職だと言われる。子どもたちの多様なニーズに応え、教育課題を解決しながら、持続可能な社会の創り手を育成していくためには、専門職としての知識・技能はもとより、常に自分のスキルをアップデートしていく「学び続ける教師」としての資質・能力が求められる。それを、学部だけで担うには限界があり、高度の域までに達するには修士化は最低条件となる。また、教育実習と学校インターンシップを融合させながら臨床の知を獲得していくことも重要だ。特別支援教育の概念拡大と、子どもたちの認知特性に応じた指導方法の確立、生成AIも含めたICT・教育データの利活用に関する取り組みなど、新たな教育課題の解決には、大学と学校の協働による研究が必要であり、修士はその架け橋となるだろう。

 教育の質は、教員一人一人の質に依存する。学習指導要領が求める子どもたちに育むべき資質・能力と、それを育む教員に求められる資質・能力は相似形であり、その相似比はかなり大きい。それを保障する一つの方策が修士化ということになるが、それとともに養成・採用・研修を一体化して再構築することで、高度専門職としての質を担保することができるはずだ。

修士化は教員の処遇改善に資する

 修士化は教育職員免許法の改正によって実現することになる。これを機に、コア免許として義務教育教員免許を創設して前期中等教育の教科を選択できるようにしてはどうか。少子化が進む中、各地で義務教育学校化が加速している。9年間を見通した教科指導や生徒指導ができることは、高度専門職として当然である。

 さらに、中学校教員免許と高等学校免許は、中等教育教員免許(教科)として統合し、特別支援教育や生徒指導などの単位も充実させていくべきである。中等教育の高度化は、指導内容に限定されるものではなく、個別最適化に代表される指導法の獲得や自己調整力の育成を含めて達成されるものである。

 そして、免許法の改正に合わせて給与表を改正し、高度専門職に見合った処遇改善を図っていく。その際、医師の給与表を参考に改善されれば、教員の社会的地位も向上することになる。さらに、授業持ち時数の上限規定や校務分掌等に応じた手当の支給などの環境整備により、教職はさらにその魅力を増す。

 修士化は、教員のなり手不足解消の「てこ」にもなり得る。学部4年で教員採用選考を実施し、修士課程の学費は採用自治体が保障するような奨学制度によって、より質の高い教員を確保できることになるはずだ。

修士化は大学再編を加速させる

 昨年9月の諮問(「急速な少子化が進行する中での将来社会を見据えた高等教育の在り方について」)を受け、中教審大学分科会は特別部会を設けて、大学の再編・統合に向けた検討を始めた。少子化は、教員の採用数にも直結する。今でこそ教員不足が続いているが、小・中学校の統廃合や義務教育学校化に伴い、さらに供給過多が進むことになる。教員養成系大学や教職課程を持つ大学は、入口でも出口でも、その存亡に関わる事態となる。大学の再編や教職課程の整理が急務だが、高度専門職としての質の高い教員を養成するための6年間のカリキュラムは、一つの大学では完結できないだろう。修士化はそれを加速させる役割を果たす。 

 日本の教育改革は、その時代の不都合を修正するというパッチ処理の連続であり、真の改革ではない。教育と教員の質の向上、教員不足と処遇改善、人口減少と大学再編という大きな課題には、パッチ処理ではなくシステムそのものを変える必要がある。そのために修士化は有効な「てこ」となるはずだ。

 

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