【給特法考㊦】「強制的な削減ルールが必要」 東京大・小川名誉教授

【給特法考㊦】「強制的な削減ルールが必要」 東京大・小川名誉教授
東京大・小川名誉教授=本人提供
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 教員の「働き方改革」を進める土台となっているのが、教員が担う業務を3分類で明確化し、勤務時間を客観的なデータで把握して「在校等時間」として捉えた上で、時間外勤務の上限を「月45時間、年360時間」と定めた2019年の中教審答申だ。当時の中教審特別部会で部会長を務めた東京大の小川正人名誉教授(教育行政学)は「答申以降、給特法の下で在校等時間を減らそうといろいろな取り組みが行われてきたが、効果はあまりなかった。給特法の仕組みを維持するならば、勤務間インターバルのような強制的なルールを導入しないと、在校等時間は減らせない」と指摘する。

積み残してきた労働基準法と給特法の二重基準


--公立学校の教員に対して月給の4%を教職調整額として上乗せ支給する代わりに残業代を支給しないことを定めた給特法の見直しについて、中教審特別部会の議論が大詰めを迎えています。

 19年の中教審答申が積み残したものは何かと言えば、やはり労働基準法と給特法の二重基準という制度問題です。労基法の場合には、時間外勤務手当があり、時間外勤務が月60時間を超える場合には割増賃金が25%から50%まで上がって、その上がる25%分については振替休暇にもできる。一方、給特法の下では、在校等時間という枠で勤務実態を把握しても、上限規定ないしは所定労働時間を超えた場合、時間外手当が出るわけでもないし、振替休暇があるわけでもない。

 この二重基準については当時の萩生田光一文科相が参議院文科委員会で「労基法の考え方とのずれがあるとの認識は(給特法の)見直しの基本となる課題」と答弁しています。それから3年間、給特法の下で在校等時間の管理と削減のためにいろいろやったけれども、22年の勤務実態調査の結果をみると、結局のところ、時間外在校等時間を大幅に減らす上で効果はなかった。このことは文部科学省も認識しているはずです。

 --いまの中教審特別部会の議論をどう見ていますか。

 給特法については、3つの対応策が考えられます。①今の給特法をそのまま維持して実効性を上げていく何らかの取り組みを図る②給特法を一部見直して、在校等時間を削減するためのいろいろな仕組み作りをする③給特法を廃止して時間外勤務手当にする--ということです。

 いまの文科省の動きや中教審特別部会の議論を見ていると、①の考え方を取っていて、いままでの業務の削減や見直しは不徹底なので、もっと強化しようという方向性しか見えてきていないと感じています。その取り組みだけで時間外在校等時間を「月45時間、年360時間」と定めた上限指針の実現が本当に可能なのか、私には疑問です。私たちが校長と教員に聞いた調査の結果を見ても、それは難しい。

 厳しい財政事情もあり、教職員の大幅増を図れないので特効薬はない、総力戦だという説明も分からなくはないのですが、従来のアプローチと違うより効果的なアプローチ、手法で取り組まないと時間外在校等時間を大幅に減らせないと考えます。今の給特法の仕組みを維持するのであれば、②の考え方をとり、強制的に時間外在校等時間を減らしていくルールやしくみをつくるというのが私の立場です。

筋論でいえば、振替休暇を措置すべきだ


--給特法の仕組みをどのように見直すべきだと考えていますか。

 2つの見直し案を考えています。1つは、現時点では実現は難しいと思いますが、筋論でいえば、在校等時間が一定基準を超えた場合には振替休暇を措置することです。

 10年に施行された労基法では、時間外勤務が月60時間を超えた場合には賃金の割増分を振替休暇にできます。この考え方を援用すれば、残業代を支払わないとしている給特法の下でも、健康確保のための振替休暇を措置することはできるのではないか、というのが私の主張です。

 在校等時間と労基法は全く違った概念ですけれども、19年の給特法改正で唯一、法的な強制力を持ったのは、在校等時間が月80時間を超える場合には面接指導を義務付けることでした。つまり、健康確保のためであれば、今の給特法の下でも法的な強制力を持たせることができたわけですから、健康確保のための振替休暇も可能だと思います。

 ただ、振替休暇を措置するためには、代替教員となる時間講師を確保する費用が必要になります。私の試算では、時間外在校等時間が月60時間を超える教員に振替休暇を措置する場合、5000億~7000億円かかりますので、財政的な難しさはあるかもしれません。そうした財源の問題を考慮すれば、例えば、月80時間超え、70時間超えの教員からスタートすることもあってよいと思います。 

勤務間インターバルを実施すれば、確実に在校等時間は減る


 --もう一つの見直し案はどのようなものですか。

 勤務間インターバルの仕組みです。勤務間インターバルは18年の働き方改革関連法で民間に導入の努力義務が課せられ、公務員についても23年8月に人事院が国家公務員への適用を求める報告を国会に提出し、地方公務員でも国家公務員の動きに準じて導入の検討が始まっています。勤務間インターバルを公立学校でどう運用するかについて、中教審特別部会では、残念ながらいまだ十分には議論されていません。

 勤務間インターバルによって教員の在校等時間を減らすためには、インターバルの時間設定が非常に重要です。11時間の勤務間インターバルは、時間外在校等時間が月100時間を超える教員には効果があるけれども、100時間以下の教員にとっては、実は100時間を容認する仕組みです。月80時間を超える教員の時間外在校等時間を減らすのであれば、勤務間インターバルを12時間に設定しないと、長時間勤務の是正にはつながりません。月60時間を超える教員の場合は、勤務間インターバルを13時間に設定する必要があります。

 勤務間インターバルを実施すると、確実に在校等時間は減るので、その減った分の勤務時間を補うための代替教員を確保しなければなりません。同時にICTを使った業務の効率化とか、自宅への仕事の持ち帰りは絶対にやらないといった、在校等時間を減らすため条件整備をきちんとやることも必要です。

 私自身は、先ほどの振替休暇よりも、勤務間インターバルを学校に定着させる方が実現可能性は高いと思っています。

在校等時間を強制的に減らし、自由時間の確保を


--本来、給特法は廃止すべきとの立場ではなかったでしょうか。

 私は基本的に給特法廃止論者です。産業構造が大きく変わり働き方の態様も多様化し、専門職型・企画型裁量労働制も広がってきている現状などを考えると、公立学校教員だけ「教職の特殊性」を強調する給特法の考え方は現代に合わないと思っています。給特法は廃止して、勤務時間の内外に切り分け難いと言われるところについては、どこまで時間外の仕事として認めるかを労使できちんと話し合って決めることがベターです。それは私立学校や国立大学附属校でもやっていることです。

 ただ、中教審特別部会の議論で分かるように、いろいろな考え方があります。政権党の自民党が給特法維持ですので現時点で廃止は難しいですが、それだけでなく校長と教員に聞いた私たちの調査でも、給特法を知らない教員が半分ほどでした。また、給特法の見直しを求める教員に、どういう見直しを望むかを聞いたところ、給特法を存続した上で(金銭あるいは休暇の措置による)見直しを図るという答えが過半数でした。こういう現場の実態を見ると、給特法廃止を真正面から主張しても、現実的にうまくいかないかもしれません。

 そうかといって、給特法の下で時間外在校等時間が月80時間とか月60時間を超える教員がこれほど多い実態は、長期的に見るとやはり教職の魅力を減じている。だから、今の給特法の仕組みを維持するのであれば、勤務間インターバルのようなルールで「在校等時間はここまで。その中で最大できることをやってください」と定め、教員の在校等時間を強制的に減らすしかないと思います。そこから生ずる自由時間を自己研鑽(けんさん)に使うかリフレッシュに使うかは、個々の教員の生き方、考え方に委ねることが教員個々の人生と仕事をより豊かにし、ひいては教員の資質能力や教職の魅力化の向上につながっていくのではないでしょうか。

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