【インクルーシブな予防教育】 子どもの声に耳を傾ける

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 薬物から距離を置くようになって13年。風間暁さんは現在、依存症予防教育のアドバイザーとして啓発講演を行ったり、保護司として犯罪や非行をした人の立ち直りを地域で支えるボランティア活動に従事したりしている。活動する中で自分の困り事を打ち明けてくる子どもや若者に出会うことも多く、「本人の声に耳を傾け、意思を聞くことが大事」だと話す。インタビューの最終回では、子どもとの関わりを通じて日頃感じていることなどについて聞いた。(全3回)

子どもの尊厳を大事にする関わりとは

――依存症からの回復は失われた「尊厳」の回復だったという話は、われわれ大人の子どもたちへの接し方にもつながる話だと思いました。

 学校でも保育園や幼稚園でも、子どもの考えや意見を先生や周囲の大人が聞けていないのではないかと思うことがあります。私の息子が保育園にいた時、運動会の練習を前に教室で座り込みを起こしたから迎えにきてくれと電話がかかってきました。「練習のために外に出たくない」とのことです。行ってみると、先生方は「みんなが待っているよ」「君が来ないとみんなが困っちゃうよ」というような声掛けばかりをしていました。息子は聞く耳を持ちません。

 子どもの中には「なぜ、練習をしなければいけないのか」「運動会をしなくてもいいんじゃないか」「なぜ体操着に着替えなくてはいけないのか」といった疑問がたくさん浮かんでいるはずです。そこに子どもが納得できる答え、あるいは対話を試みる余裕を、先生方が持てていないのではないかと感じました。

 私は息子にこう話しました。「保育園では、子どもたちの安全のために、子どもが何人いたら先生が何人付くと決まっているの。あなたがここにいると、あなたの安全のために、先生が一人付いていなければいけないでしょう。そうしたら他の子たちの所にいる先生の数が減ってしまうよね。すると先生たちは、他の子たちの安全を守るだけの余裕がなくなってしまうんじゃないかな」と。

 それでも彼は「でも、だからってなんで僕が外に行かなくちゃいけないの?」と言うので、「確かに。君が動かなくても、みんなが練習せずに教室で過ごせば、君の悩みは解決する。でも、運動会を楽しみにしている子もいるの。だから、先生たちの目の届く範囲にいるから運動会の練習とは別のことをしてもいいか、園長先生に聞いてみるのはどう?」と提案してみました。結果、園長先生が一緒に遊んでくれることになり、座り込みは解消しました。息子自身も、そのプロセスには納得していたようです。

子どもの「なぜ?」を聞くことと、尊厳は密接につながっているという=撮影:市川五月
子どもの「なぜ?」を聞くことと、尊厳は密接につながっているという=撮影:市川五月

ライフスキル教育が依存症予防につながる理由

――心の中の疑問を解消できたのですね。

 小学校に上がっても、そうした「なぜ?」と思うことはたくさんありますが、今は自閉症・情緒の固定学級に通っているので、先生方は意識的に子どもの意見に耳を傾け、フラットな関わりをしてくださるのでとてもありがたいですね。

 その一方で、子どもたちの「なぜ?」は、子どもが学校で行われる教育活動について自己決定ができない状況、理不尽さへの異議申し立てだと思えてなりません。運動会の演目一つにしても、先生方が子どもの意見を聞かず、勝手に決めてしまうわけで、そうしたことに子どもたちは「引っ掛かり」を感じているのではないでしょうか。

 自分に関わることの決定権が一つもない状況がどれほど傷つくか、尊厳が損なわれるかは、私も痛いほどよく分かりますから。

 著書の最終章で「子どもの権利」や「ライフスキル」を挙げたのは、子ども自身が自分の尊厳を侵されないように生きる知恵を伝えるためです。「自分と他者は違う存在だ」と個人間に境界線を引くことや、適切な方法で自分の気持ちを伝える「アイ・メッセージ」の使い方、同調圧力などに対してノーを伝える方法などを解説しています。実は、こうしたスキルを身に付けることこそが、子どものうちからできる効果的な依存症予防であり、また、依存症になったときに回復していく力にもつながると思います。

 ――今、一般に広まっている薬物乱用防止の啓発活動を見ていて感じることはありますか。

 「ダメ。ゼッタイ。」のような脅しは論外として、薬物依存症が病気だという認識が広まっていくのは素晴らしいことですよね。でも、「依存症って本当に怖い病気なんですね。やっぱり薬物は絶対に使ってはいけないと思いました」「今は薬物をやめられていて風間さんはすごいですね」などと言われると、個人的には心がチクチクします。

 今の私の尊厳は新しい何かに置き換わったわけではなく、過去の薬物を使っていた自分も「込み」で成り立っているのです。私は薬物を使ったことを後悔していないし、むしろなかったら死んでいたと思います。薬物を使ったから生き延びることができたのです。でも、こういうことを話すと「やっぱり反省していない」と犯罪的な側面と結び付けて語られてしまう弊害があり、薬物依存当事者が声を上げにくい状況が続いているのが、現状の課題です。

 ――学校で講演する機会も増えてきたそうですね。

 そうですね。講演では依存症の正しい知識だけでなく、自分の体験談も合わせて話すことが多いです。そうすると、講演後にSNSで連絡をくれる生徒がいます。プライバシーなので内容はぼかしますが、それこそ「親の依存症で困っている」とか「死にたい」というような連絡もありました。周りの大人には話せないそうです。

友達というインフォーマルな関係から回復を促す=撮影:市川五月
友達というインフォーマルな関係から回復を促す=撮影:市川五月

 取りあえず「話してくれてありがとう」と伝えて、その後も通話をつなげてみたり、オンラインゲームを一緒にしたりすることもあります。そうすると、ゲーム中にふと「昨日も親に…」「今日は学校で…」と愚痴をこぼす子もいます。私はあくまで友達としてその話を受け止めるだけですが、必要とあれば本人がどうしたいかを聞きつつ、押し付けにならない形で選択肢を示したり、適切な支援者につなげたりすることもあります。

 ある保護者から「不登校の子どもが引きこもってゲームばかりしている」と相談があったときは、オンラインで一緒にゲームをしました。「そんなにゲームしているなら、どのぐらいの腕前か見せてよ」と。結局ほとんどの試合で私が勝ちまして、その子には「なんで勝てるの? 1日何時間やっているの?」と聞かれました。「平均2時間くらい、やらない日もあるよ」と言うと驚かれます。それから、「睡眠を取らないと判断能力が鈍るし、筋肉が衰えると集中力が持続しない。私が尊敬しているプロゲーマーは週5でジムに通っている。ゲームだけしていてもゲームは強くならない」と伝えると、その子は運動をするようになり、よく寝て、よく食べるようになりました。

 それから、その後ゲームをしている最中に、学校に行きたくない理由も話してくれました。その子がその時生きているゲーム世界の中で尊敬してもらい、信頼してもらえたことが大きかったと思っています。

 こうやって遊びを通じて心をほどいていくことは、医療や福祉の外側、つまりインフォーマルでないとできないことだと思っています。泥臭い関わり方ですが、私自身が体験を通じて会得してきた「ストリート・ウィズダム(知恵)」で、子どもたちの生きづらさに寄り添っていけたらと思っています。

トークイベントで話をする風間さん。左はASK認定依存症予防教育アドバイザー、元NHKアナウンサーの塚本堅一さん(ブックハウスカフェにて開催されたトークイベント「本の街で心の目線を合わせる 第6回 私たちが何かに依存するワケ」より)=風間さん提供
トークイベントで話をする風間さん。左はASK認定依存症予防教育アドバイザー、元NHKアナウンサーの塚本堅一さん(ブックハウスカフェにて開催されたトークイベント「本の街で心の目線を合わせる 第6回 私たちが何かに依存するワケ」より)=風間さん提供

【プロフィール】

風間暁(かざま・あかつき) 特定非営利活動法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)社会対策部。ASK認定依存症予防教育アドバイザー。保護司。自らの経験をもとに、依存症と逆境的小児期体験の予防啓発と、依存症者や問題行動のある子ども・若者に対する差別と偏見を是正する講演や政策提言などを行っている。2020年度「こころのバリアフリー賞」を個人受賞。共著に『「助けて」が言えない 子ども編』(松本俊彦編著、日本評論社、2023)など。

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