1000人の大人と出会った10歳たち㊤ 人生の選択肢を知る

1000人の大人と出会った10歳たち㊤ 人生の選択肢を知る
「1000人の大人と出会う授業」を企画した小泉教諭=本人提供
【協賛企画】
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 子どもたちが1000人の大人と出会う――。そんな壮大な探究学習に取り組んだ公立小学校がある。東京都板橋区立板橋第十小学校(冨田和己校長、児童595人)の4年生は今年度、さまざまな大人と交流する中で自分の生き方を考える活動を「総合的な学習の時間」で行った。この授業を実現するため、多くの大人を学校とつないだのが、4年2組担任の小泉志信教諭だ。公立小学校の教員をする傍らで、一般社団法人の「まなびぱれっと」を運営している小泉教諭の強みが存分に発揮されたように見えるが、小泉教諭自身は「これはこの学校だからできた。決して自分の実践だと思っていない」と語る。板橋第十小の4年生の子どもたちが取り組んだ1年間の学びの軌跡を追った。

「2分の1成人式」への疑問

 「10歳になったタイミングで人生にどんな選択肢があるのかということを知った上で、自分はどう生きるかを考えてほしい。君たちにはこんな可能性があるんだ、何にでもなれるんだということを伝えたかった」

 「1000人の大人と出会う授業」に一貫して込められたコンセプトを、小泉教諭はそう説明する。同小は2022年度から探究学習に本格的に取り組むことになっていたが、「せっかく小泉先生と1年間一緒の学年になったのだから、やりたいことをやろう」と、4年3組担任で学年主任でもある柳原典子教諭や2年目の若手である4年1組担任の和田いずみ教諭が背中を押したことも大きかった。「やるか!」と一念発起して一晩で書き上げた企画書には、最初から「1000人の大人と出会う」という言葉が躍っていた。

 小泉教諭の頭に最初に思い浮かんでいたのは、一部の学校などで10歳を迎える小学4年生に行われている「2分の1成人式」への疑問だったという。「2分の1成人式」では保護者への感謝の言葉とともに、将来の夢を発表する活動が行われることが多いが、そもそも10歳の子どもたちは人生にどんな選択肢があるかをほとんど知らない。「そんな状態で将来の話をすることにどんな意味があるのだろう」と感じていたという。ましてや、現代社会では保護者や教員以外の地域の大人と子どもが接する機会は減ってきている。保護者が具体的にどんな仕事をしているのかすら知らない子どもも少なくない。そうした子どもたちが人生の選択肢を知るために必要な大人のサンプル数として小泉教諭が打ち出したのが「1000人」という数字だった。

 とはいえ、「まなびぱれっと」などを通じて広い人脈を持っている小泉教諭でも、1000人もの大人を集めるのは容易ではない。しかし、同小はコミュニティ・スクールとしてこれまでも地域連携が盛んだった。こんな授業ならばきっと力になってくれるはずだという確信があった。そして「1000人の大人と出会う授業」は昨年5月から早速スタートすることになった。

「Do」が出尽くして生まれてきた変化

さまざまな分野で活動する大人が来校して行ったワークショップ=撮影:松井聡美
さまざまな分野で活動する大人が来校して行ったワークショップ=撮影:松井聡美

 4年生の「総合」の時間は原則として毎週金曜日に設定され、学年全体で行うことになっている。1学期に子どもたちがまず取り組んだのは、毎回さまざまなゲストティーチャーがやってきて、いろいろなワークショップに子どもたちが挑戦することだ。SNSのインフルエンサーを集めて、「来年度に入学する新1年生が『板橋第十小って楽しそうだな』とワクワクするようなインスタグラムの投稿をつくろう」というテーマでワークショップを行ったり、ボードゲームを教材に、日本の森林環境や林業について考えてみたり、多様な切り口から、それぞれの分野のエキスパートが準備したプログラムを体験した。

 さまざまな世界について興味を持ったところで、子どもたちは夏休みを挟んでさまざまな大人にインタビューを重ねていく。

 この時期になると、子どもたちの意識が確実に変わり始めたと小泉教諭は振り返る。

 「1学期の時点では、子どもたちが考える将来はほとんどが『Do』、つまり、なりたい職業ややりたいことばかり。それが、いろいろな大人から話を聞くうちに、次第に生き方や価値観について考えるようになっていった。きっと、『Do』が出尽くして、この人が大切にしていることや、これまでどんな挑戦をしてきたかといったことに気付くようになってきたんだと思う」(小泉教諭)

 子どもたちがこれらに意識を向けるようになったのは、何よりも多くの大人から話を聞いたことが大きいが、和田教諭の発案でインタビューで印象に残った一言を記録させるようにしたことも効果的だった。学校外の大人を呼んだり、会いに行ったりすることは、教員にとって大きな負担でもある。だからこそ、目的や狙いを学年でよく話し合って共有し、振り返ることを徹底した。

 「よく誤解されるけれど、これはこの学校だからできたこと。決して自分の実践だと思っていない」と小泉教諭は強調する。1000人の大人と出会うというむちゃな提案に応えてくれた柳原教諭や和田教諭、そして、あいさつ代わりに「私は普通の人間だと思っているけれど、彼の行動を許している点でちょっと変なのかな」と冗談を言う冨田校長はじめ、板橋第十小の教職員のマインドや地域の協力がなければできなかったと打ち明ける。

プロジェクト型学習でアクション!

「林業」をテーマにしたグループは、地域の保育園で物語を発表した=撮影:藤井孝良
「林業」をテーマにしたグループは、地域の保育園で物語を発表した=撮影:藤井孝良

 そして、2学期も中盤に差し掛かると、「1000人の大人に出会う授業」は子どもたちが主体的に活動するプロジェクト型学習に移行した。子どもたちは「食」「ゲーム」「アート」「ごみ」「林業」「ファッション」「SNS」「ルール」「教育」「ボードゲーム」といったグループに分かれ、1学期に学んだことを踏まえつつ、自分たちでできるプロジェクトをつくり出していく。各グループには教員以外にも、そのテーマで活躍する大人が伴走する。

 例えば、「林業」をテーマにしたグループは、1学期にワークショップを行った東京学芸大学大学院2年生の前田彩世さんらが協力。実際に林業従事者にインタビューした内容を基に、小さな子どもに林業について興味を持ってもらえるような物語をつくった。子どもたちは実際に、地域の保育園を訪れて、年長の子どもたちにペープサート(紙人形劇)にしたその物語を上演している。

 また、直接会わなくても、多くの大人と関わる活動を展開したのは「アート」のグループだ。水族館を訪れた際にスマートフォンなどで撮影した魚や動物の写真を、宇宙を描いた背景と合成してアート作品にする「宇宙水族館」を手掛ける会田俊介さんが、「宇宙水族館」のファンクラブで写真を募集。その写真を子どもたちに配り、インスピレーションを受けた子どもたちが宇宙の絵を描いて、写真とコラージュして作品に仕上げた。その作品は会田さんを介して写真を提供してくれたファンクラブのメンバーに送られ、子どもたちには感想が書かれた手紙が贈られる。一種の文通のような交流だ。会田さんは「子どもたちは自分がつくったアートで、全く会ったこともない大人から手紙をもらう経験をする。アートは、そんな遠くの誰かを幸せにすることができるんだということを伝えたかった」と話す。

 このように、多くの大人が関わりながら、身近な社会にアクションをしていった子どもたちは、3学期になると、ついに自分自身の生き方と向き合うことになる。

 (中に続く)

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