昨年、自ら命を絶った小中高生は513人――。過去最多だった前年より1人少ないだけと、依然として高止まりが続く。子どもたちの命と心を守りたいと、学校以外の場所でも奔走している人々がいる。児童精神科の看護師として、子どもたちの心の傷と向き合う「こど看」さん。支援する側の大人たちにもSNSなどでエールを送り続けている。「子どもを支える支援者も、お互い支え合わなければ」と、学校を含めた立場の違う支援者がつながる大切さを訴える。限られた人員や時間、環境の中で、大人たちはどう子どもを守れるのか、話を聞いた。
児童精神科の入院病棟で、精神科認定看護師として働くこど看さん。外からはなかなか見えづらい児童精神科のことを知ってほしいと、彼が病棟で出会った子どもたちとの関わりをSNSで発信し始めたのは3年前。そのエピソードは、子どもとの接し方に悩む保護者や教育関係者らに共感を呼び、現在X(旧ツイッター)のフォロワー数は約7万8000人を超える(2024年4月3日時点)勢いだ。
こど看さんが日々向き合うのは、6~18歳の子どもたち。彼らは、摂食障害やうつ病、統合失調症など、心や行動の問題や葛藤を抱えている。親からの虐待で心に傷を負った子、学校でいじめに遭い心身のバランスを崩した子……。入院生活が年単位にわたる子どもも少なくないという。
看護師たちは、病棟の中でも子どもたちが「普通の生活」を送るため環境を整えている。朝起きると、身支度を整えて、朝ご飯を食べる。そして学校に行く子どもは、病院から通学する。看護師は保護者代わりになって、学校からの連絡ノートに目を通してサインしたり、忘れ物がないかチェックしたりするほか、1人で通学できない子どもに付き添うこともある。
一方、学校に行かない子どもは、日中は音楽や工作などのプログラムに講じたり、散歩に行ったりなど、学校と似たような雰囲気で過ごしているという。
看護師の役割について、医師などと違い「専門的なことをしないのが、われわれの専門性だと思う」と語るこど看さん。「私たち看護師は子どもと24時間過ごしながら、その子どもに対して家族や支援者がどんな困難を抱えているのかを探る。そして共に生活をする中で、子どもと一緒にそれを解決したり、改善したりする役目」と説明する。
傷を負った子どものそばで一番長く過ごし、一番近くにいる存在。だからこそ、誰も触れることのできなかった彼らの本音に触れることもある。
警察庁などの発表によると、23年に自ら命を絶った小中高生は513人で、20年に大幅に増加して以降、高止まりの状態が続いている(=グラフ①)。原因・動機では「学校問題」が261件と最多で、「健康問題」(147件)、「家庭問題」(116件)と続く。「学校問題」について細かく見てみると、「学業不振」(65件)、「進路に関する悩み(入試以外)」(53件)、「学友との不和(いじめ以外)」(48件)などが目立つ。
「苦しいことやしんどいことがあったと大人に相談しても、その瞬間だけ心配される。大人が『解決』と判断した瞬間に、また放っておかれる」。こど看さんが、子どもから打ち明けられた言葉だ。
例えば、子どもの自殺予防の取り組みについて。マスコミなどで取り上げられるのは、夏休み終わりなど一時的なことが多い。こど看さんは「子どもが自ら命を絶つことについて、1年を通して注目し続けてほしい」と訴える。
「夏休みが終わる日に突然しんどくなるのではなく、それまでのしんどさの積み重ねがあるはず。私たち身近にいる大人が、『君の存在を忘れていないよ』と子どもの日常生活の中でサインを出すことが大切なのではないか。あえてかしこまったことをする必要はなく、『この前勧めてくれた漫画読んだよ』『今日の髪型いいね』など、そんな気軽な声掛けを日常的にするだけで、子どもに届くように思う」。
こど看さん自身も、子どもの異変を感じたときに声掛けを増やすのではなく、いつもと変わらないときこそ声掛けを大切にすることを心掛けているという。
そんな中で「いじめられてつらい」「死んでしまいたい」と、子どもが打ち明けてくれるときがある。希死念慮を打ち明けられたときの対応として、「TALKの原則」(=図1)が知られている。
その原則に沿いつつ、こど看さんが自問自答するのは「傾聴だけで終わろうとしていないか」ということ。「話を聞いた後に、大人が具体的に何をするのかというところまで、子どもたちは見ている。もし『どうせ何もしてくれない』と思ってしまうようなら、目の前の大人だけでなく、これから出会う全ての大人に対してそういう認識になってしまうのではないか」と説明する。
具体的にはこのように声を掛ける。「とてもしんどかったね。僕たちに今できることはAとBと、Cがあるんだけど、君はどれがいいと思う?」。そのように子どもの希望を踏まえつつ、話し合いを進めていくという。
実は、こど看さんがSNSを始めたのには、もうひとつ理由がある。子どもを支援する大人を応援したいという想いだ。
こど看さんも新人時代は、苦しんだ。子どもに対して『どうして変わらないんだ』『同じことばかり繰り返すんだ』といういら立ちや怒りに似たような感情が沸き上がり、自分自身でも困惑したという。「よくよく考えてみると、自分の価値観ありきで子どもを見過ぎていた。子どもと向き合う以前に、自分と向き合えていなかった」と振り返る。
そこから自分の価値観を見つめ直し始めた。例えば、あいさつ。「あいさつを絶対にしなければならないという価値観を持った人は、あいさつをしない子どもがいると怒りを覚えると思う。しかし別の人がみると、『あいさつなんてどうでもいいよ』と思うかもしれない。私の場合は幼少期の経験から、勉強をしっかりしなければいけないという思い込みがあった」と打ち明ける。
そのような経験を踏まえ、いまでは「まずその子どもはどうなっていきたいのだろうか」という視点をベースに、子どもと関われるようになったという。「大人からすると、自分の経験則から子どもに対して『こうした方がいい』と言いたくなる。だから子どもに『こうなってほしい』と欲求が出てきたときは、少し立ち止まってほしい。まず子どもにどうしていきたいかを尋ねて、その方向に行けるように見守る。それが結果的に、子どもの心を守ることになると思う」と語る。
一方で、学校に携わる大人たちの現状についても危惧する。入院中の子どもに付き添って通学したり、子どもについて教員と情報共有をしたりと、教員と関わる機会も多い。そこでこど看さんが痛感してきたのは、教員や学校の過酷さだった。
「学校現場は、マンパワー不足が深刻。児童生徒数に対して教員や養護教諭、スクールカウンセラーなどの人員が不足しており、児童生徒をケアする体制が整っていない」と危機感をあらわにする。
入院している子どもについて、教員や児童相談所の職員など関係者を交えて会議することも少なくない。真摯に児童生徒と向き合おうとする教員が、他の業務などに疲弊して悩む様子も垣間見てきた。「学校をはじめ子どもを支援する人の多くが、自分の時間を犠牲にしている。だからこそ所属や役割を超えて、チームで子どもを支援していきたい」と語る。
「学校現場から、困ったことや助けてほしいという声をあげてほしい。子どもを支援することは、長期戦。私たち支援者もお互い支え合わなければやっていけないと感じる。そして、まずは支援者自身が『私はよくやっている』と自分をねぎらい、疲れたら休むことを心掛けてほしい」と、支援者自身の心のケアの必要性について触れた。