中教審「質の高い教師の確保部会」が出した審議まとめ案では、教諭と主幹教諭の間に「新しい職」を創設するなど、学校組織の在り方にも影響を与える施策を打ち出している。人材開発・組織開発を専門にする立教大学の中原淳教授と、特別部会の臨時委員であるライフ&ワークの妹尾昌俊代表理事のオンライン対談の第2回では、この「新しい職」の狙いや導入することによる副作用を考える。特別部会の結論が出た後も議論を続けるべき課題とは――。
――審議まとめ案では、給特法の枠組みを維持し、教師の専門性や主体性を尊重する一方、働き方改革の面などで管理職のマネジメントの重要性も増しています。このバランスが今後どうなっていくのかは気になります。
中原 そもそも「管理職が労働時間を管理すること」が起こると、なぜ、「教師の専門性・自律性・主体性が失われること」につながるのでしょうか。それが私には分かりません。例えば、一般企業に勤める会社員やエンジニアだって、今では専門性・自律性・主体性のある仕事が求められます。でも、彼らは、管理者によって労働時間管理を行われています。しかし、そのことで「専門性・自律性・主体性のある仕事」が失われる、と文句を言う人はいません。一般の世界では、労働時間の管理は、それはそれで必要だと考えられています。
「管理職が労働時間を管理すること」と「教師の専門性・自律性・主体性の喪失」という2つを二項対立で語っているのは、教育界の特徴です。教育界でまん延するこのロジックは、組合と管理職の対立が激しかったかつては、それなりの現実性があったかもしれません。が、それは、現代の時代に合っているのでしょうか。管理職が労働時間管理をして、教師の専門性・自律性・主体性が、どのようなメカニズムで失われるのでしょうか。
妹尾 審議まとめ案でも、個々の教師の自由裁量を尊重しようというトーンがすごく強いわけですが、だからといって、校長が関わることでそれが損なわれるとは限らないというのは、その通りだと思います。高度専門職という理念は大切にしたいですが、それで煙に巻いてはいけません。ただ一方で、学校現場では、例えば人事評価もまだよちよち歩きの状態です。分かりやすい例で言えば、働き方改革を頑張って残業しない教員と、部活動などに力を入れ過ぎて長時間労働になってしまっている教員がいたとして、前者のような教師をきちんと人事評価できる校長ばかりかと言えば、そこは疑問が残ります。
中原 「学校の管理職の能力が低い、ないしは、能力にばらつきがある」ということですよね。審議まとめ案を読んでいても、そういうトーンを感じます。でも、もし仮にそうなら、まず、なすべきことは、管理職のマネジメント能力を高めることでしょう。管理職のマネジメント能力が低いから残業代を出す仕組みはできません、というロジックは何なのでしょう。普通だったら管理職のマネジメント能力を高めていく話になるはずなのに、なぜか急に変な方向に結論がねじれるんですよね。
それから、東京都の「主任教諭」をモデルにした「新しい職」。あれは、若手教師の育成のために設けるんですよね?
妹尾 それもありますが、「新しい職」の創設は処遇改善の一つという意味合いが強いと、私は捉えています。教諭と主幹教諭だけでは給与の上がり幅が少ないので、主幹教諭との間にもう一つ教諭を作って、給与を上げようという文脈です。処遇改善のためなら、調整額の増や級の創設という手段ではなく、基本給のベースアップをすればよいのではないか、とも思いますが。
中原 私は、若手教師の育成や離職を防ぐために「新しい職」を作るのだと理解していました。それって民間企業で例えれば、若手社員の離職が増えているので、OJT指導員という役職を設けましょうということになるのですが、それでなぜ長時間労働の是正になるのかが分からない。若手教師の課題と長時間労働の問題がごちゃごちゃになっているのではないかと。
妹尾 教職調整額の引き上げも「新しい職」の創設も、給与水準を上げて、現職の先生方の満足度を高めることと、教員になるメリットを高めるという意味合いが強いのだと考えていますが、確かに分かりにくいですね。中堅・ベテランの教諭が若手教師の育成も担っていて大変なので、給与を上げようというのが背景にあるのですが、では「新しい職」ができたら人材育成が進むのかというと、当然、そんな単純な話ではないですよね。
中原 普通の感覚では、給与を上げたら長時間労働はむしろ増えます。「給与を上げたんだから、もっと働かなければ」というプレッシャーが生まれやすいからです。
妹尾 文部科学省も含めて、給与を上げることが残業削減の手段だとは考えていないと思います。教師の給与を上げることで、文科省は教師を応援する姿勢があるということを見せたい。それによって学生も教師を目指してくれるかもしれない。しかしながら、多少給与が上がったとしても、それで学生の目が輝くかといえば「そんなことはないだろう」という指摘も、よく分かります。教職調整額も若手のうちは、4%が10%になったところで大幅な増額にはならないですから。ただし、教職調整額は基本給のアップと同等の意味合いがあり、退職金などにも影響してくるので、生涯賃金への影響は小さくありません。そのあたりも、学生も含めてもっと共有する必要があるとは思いますが。
中原 私は確信しています。「教職調整額が4%から10%以上」になって、わずか1~2万円給与が増えたとしても、だから「これまで教師を諦めかけていたけれど、やっぱり教師になる」という若手は極めて極めて少数です。それは「幻想(イリュージョン)」と言ってもいい。
彼らや、彼らの保護者が何を一番気にしているか。それは「教師になったら、長時間労働に苦しみ続けなければならない」ということです。
――この「新しい職」ができると、学校の組織の在り方にも影響を与えるのではないでしょうか。
中原 この「新しい職」の役割が若手教師の育成であるとするならば、その役目を果たすべく「OJT指導のやり方」を教えることでしょう。もちろん、若手を育てるのが向かない人をその職に昇進させないことはマストですが。でも、実際の光景を想像すると、嫌な予感がするんですよね。周りの教師からはこう見えるわけです。「あの人は高い給料をもらっているわけだから、若手教師の育成は任せればいいよね」と。
妹尾 行政組織では、課長とヒラの職員の間に課長補佐や係長がいますよね。それと同じで級を増やしてステップアップできるようにして、給与水準も上げていきましょうということを狙っているのですが、確かに、そのような問題や副作用が起きないかということも警戒しないといけません。主任教諭について東京都が報告した特別部会の議論でも、主任教諭に昇格できない人のモチベーション低下や、主任らに任せきりになるなどマイナス影響はないのか、都教委に私も質問したのですが、功罪についてはあまり深められないままでした。すでに制度化されている主幹教諭にしても、年齢的に何となく主幹教諭に上げている運用があるとも聞きますし、同様のことが起きないか、心配しています。
――今回の審議まとめが出た後も、財務省との予算折衝や国会での給特法改正の議論など、中長期的に見ていく必要があります。今回、方向性は出たわけですが、先ほどの副作用の問題も含めて、今後考えていくべき論点は何だと思いますか。
妹尾 大きくは2つあります。1つは教職員定数の改善が本当にどこまで進むのか。これこそ財務省が嫌がることなので、文科省の本気度が問われますし、教職員はもちろん、社会からの応援も必要だと思います。
教員勤務実態調査では、小学校教諭の場合、授業をはじめとする学習指導で1日当たり平均約7時間16分割かれていることが分かりました(授業、授業準備、朝の業務、成績処理等)。特別活動や生活指導・生徒指導、校務処理、保護者対応などは含まず、です。1日7時間45分の勤務時間の大半を、学習指導が占めるのです。事務作業に忙殺されているわけではないんです。将来的には学習指導要領の内容と時間数を減らすということも考えられますが、教員数を増やして分業できるようにしていかないといけない。ここは今後も注視していきたいと思います。
もう1つは、労務管理や健康管理の問題です。公立学校は給特法の問題もありますが、長時間勤務への歯止めの仕組みが、ないことづくめなんです。第一に、時間外月45時間の上限、もしくは過労死ラインを超えてしまったところで、安全配慮が疑われる、ひどい場合は別として、管理職はめったに使用者責任を問われません。第二に、日本の公務員制度では労使協定もほとんど行われないので、他の先進国の教師とは異なり、日本では教師の仕事の範囲や条件について労使間で決めていくこともできていません。第三に、公立学校には労働基準監督署も来ず、人事委員会は人手不足などであまり介入して来ないので、校長や教職員の自助努力に任せられ過ぎている。審議まとめ案でも、自治体ごとに学校の働き方改革の進捗(しんちょく)状況をもっと見える化するといった周辺策は書き込まれているのですが、これら3つの歯止めがないことへの対策はほとんど打たれていません。
唯一、少し期待できるのは勤務間インターバルの導入です。審議まとめ案の段階では「導入も考えられる」くらいのトーンだったので、私としてはもう少し強く促すものにすべきだと意見しました。ただそれでも、勤務間インターバルは11時間ですから、朝8時に出勤するためには前日の夜9時までに退勤しなければいけないという、健康確保から見れば、最低限のものでしかありません。
中原 おっしゃるように、一番効くのは「人が増える」ということです。人が増えれば学校現場に希望をもたらすし、学生だって学校が変わるかもしれないと考えてくれるかもしれません。私も大学教員をしているから分かりますが、教師の仕事はやりがいがあるし、もう十分魅力があるんですよ。だからあとは、まっとうに働ける安心・安全な職場が整えばいい。そのために人を増やすんです。
それから、労働時間の管理と正確な把握がなければ、長時間労働の是正は無理なんですよ。「自助努力で管理監督を」と言うけれど、管理職にとって教師の勤務時間を把握する動機がないわけです。それを一番阻害しているのが給特法だったので、私も給特法の大幅な見直しの必要性をこれまで提言してきました。
私も、子どもを公立学校に通わせているので直接肌で感じるのですが、残された時間はそんなに多くないと思っています。本当に学校から先生が足りなくなって、授業ができない日が来てしまうのではないか。そうなるまでに課題を解決してほしいというのが、一父親としての切なる思いです。
ちょっと不安なのは、次期学習指導要領です。まず、新しい学習指導要領をつくっても、それを学び直す時間があるのかな、と。また、これまで通り内容を増やす方向性だと、現場の教師はどう思うかな、と。
妹尾 現行の学習指導要領だと、小学校高学年は1015時間の授業時数なので、6時間目まである日も多いのは、子どもにとっても負担です。中学校の部活動の地域移行もそんなにすぐに軌道に乗るわけではないですし、そう考えると、次の学習指導要領の内容をどれくらい減らせるかが鍵になります。ただ、各論、具体の議論になればなるほど、教育内容の何を減らすかは困難を伴います。
中原 構造的な問題として、教育界は「カリキュラムを改善すること」を議論する人たちと、「教員の働き方」を議論する人たちが別々なんですよね。これが分かれているし、チグハグなんです。
民間企業に例えると、「カリキュラムを改善すること」は「戦略策定」ですね。これは通常、経営者や経営企画がやっている。「教員の働き方」を議論するのは人事でしょう。今の教育界の現状は、経営者や経営企画が人事に何の相談もないまま、戦略を策定している。一方、人事は人事で経営戦略を意識せずに、働き方や給与のことだけを考えている。両者に対話がない。これでまともな経営ができるわけがないのです。
何かを増やすのであれば、そのリソースをどうするか、リソースが増やせないのであれば、別の何かを減らすなどの検討をしなければいけないけれど、そうはなっていない。増やす立場の人は、きっと子どもたちのことを思って新しい学習内容を考えると思うんです。でも、経営ならばそこでヒト・モノ・カネをどうするかという話になるのだけれど、リンクしていないからそうはならない。結果的に、現場にどんどん盛られていくのに、ヒト・モノ・カネが足されない構造が強固になっていくんです。
妹尾 もう一つ付け加えると、働き方改革の先に何があるのか。文科省ではその最終目的をどこに置くかというと、子どもたちの教育の質の向上なんです。教育の質の向上を最上位に置くと、学習内容は減らせないといったロジックになりやすいし、「先生は大変だけど頑張ってね」ということになりかねないリスクがあります。厚労省だと、働く人の健康確保が一義的なところになり得ます。私としては、教師が健康でないと教育の質は向上しないと考えているのですが。
中原 企業では今、健康経営といって、社員の健康を守っていくことがエンゲージメントを高め、企業のパフォーマンスにつながるという考え方が広がっています。学校の現状は、教師の健康に全く焦点が当たっておらず、みんなしんどいのに、子どもたちの目はきらきらさせなければいけない。教育の専門家からすれば怒られるかもしれませんが、私は、教師って「対人関係職」だと捉えているんです。そして、その場合、社員のエンゲージメントや健康度が高くないと、顧客のエンゲージメントや満足度向上につながらないのは常識中の常識です。
妹尾 子どもたちの未来のためにも、本当にどこの課題の優先度が高いのか。お金のかからない努力も必要ですが、それ以上にお金のかかる施策をちゃんと打たないと、前線は持ちません。
中原 今回の審議まとめ案が出ても、これで終わりにしたら、詰むと思います。「もう終わっちゃった」のではなく「まだ始まってすらいない」。私はそう思っています。