「次の学習指導要領改訂に向け、学校現場の声を文科省に届けていきたい。それがわれわれの役割でもある」
全日本中学校長会(全日中)の新会長に就任した東京都大田区立志茂田中学校の青海正校長は、意気込みをこう語る。全日中がこれまでの活動で培ってきた力と信頼を継承、発展させていくとの思いだ。また、中学校教育を巡ってはさまざまな課題があるが、教員の働き方改革、不登校対応、特別支援教育など重要課題について、新会長の考えを聞いた。
インタビューに訪れたとき、志茂田中学校では2年生の生徒たちが校庭に出て、間近に迫った運動会の練習を始めたところだった。全校で約600人の生徒が在籍する同中は数年前の校舎建て替え時に隣接する志茂田小学校と敷地を一体化。広いグラウンドがあり、それぞれの校舎の連結部分には図書室やランチルームなどの共用スペースがある。小中一貫教育研究推進校として「学びと育ちの連続性」の課題に取り組んでいる。個性はそもそも集団の中で磨かれるものであり、「生徒一人一人の個性を開花する学校」が目指す学校像だという。
青海校長の教員生活のスタートは離島の学校・東京都青ヶ島村立青ヶ島中学校。日本一人口が少ない村は当時、村民が約200人、児童生徒は小中学校合わせて約20人だった。
「子供たちが純粋で、映画『二十四の瞳』のような子供らしい子供たちばかりで、自分も若くて毎日が楽しかった。ここでは地域に根差した教育、個別最適な学びそのもの。このときの経験が自分の礎になっている」
青海校長は当時を振り返る。東京都渋谷区、世田谷区の中学校で勤務した後、40代で東京都教育庁大島出張所指導主事として5つの離島の小中学校を管轄。合わせて12年、都教委事務局職員として東京都庁で教育行政に携わった。多くの教育課題に関わり、人脈を築いたことが現在の立場にも生かされている。
校長就任後は全日中役員の立場も加わった。
1月19日の全日中理事会では能登半島地震の被災3県の中学校長会長から被災地の学校の状況が報告され、全日中の総意として文部科学省に支援を要請。3月下旬、盛山正仁文科相に直接要望書を手渡した。5月の総会で全日中の会長に就き、「いろいろな地域の課題を理解した上で取りまとめて発信していく必要がある」と意気込みを示す。
特に、次の学習指導要領改訂に向け、全日中の意見を打ち出す時期だという認識を強くする。
「GIGAスクール構想、不登校の増加、部活動の地域移行、教員不足など、さまざまな課題が学習指導要領改訂に関係してくる。専門家の意見などが集約され、動きとしては今年、来年で、ある程度の土台が作られていくと思う」
全日中役員も中教審委員、分科会委員として参加しており、学校現場を預かる者の代表として国の動きに対応することが全日中の大きな役割との自覚がある。
中教審特別部会の提言がクローズアップされた学校現場の働き方改革、教員の処遇改善は教育界が抱える喫緊の課題だ。志茂田中学校ではスクールカウンセラー(SC)、スクールソーシャルワーカー(SSW)などの専門人材を効果的に活用し、今年度からは外部の部活動指導員を12人採用した。専門的な指導と教員の負担軽減で効果をみせる。ただ、こうした具体的な対策も、実践の中では課題も見えてくる。
まず、人材確保はどの地域でも容易というわけでもない。また、こうした正規教員以外に学校に関わる人が急に増えると、ロッカーがない、机がない、居場所がないといった現場だからこそ見える課題もある。
「そういった細かい話からセキュリティーの問題まで……。この学校に約100人の大人が関わっている。私でも名前と顔が一致しない場合がある」
課題はあるものの、教員らの働き方にはそれぞれの事情を聴き、配慮しているという。
「以前は個別の事情を聴いた上でも配慮はできず、一律に業務をお願いしていた。今は、親の介護や子育て、本人の健康問題などそれぞれの事情に配慮し、部活動の顧問ができないという人には無理にはやらせない。自分の時間を持ちたいという若い人もいる。自分が若い時には土日も働いたと言う年配の教員もいるが、今はそれを強制できる時代ではない。むしろ、しっかり休んでもらい、リフレッシュして子供たちとの関わりの中で授業などのアイデアを出してもらった方がいい。土日も部活動の指導で疲れてしまい、月曜からの授業がルーティンのようになっては本末転倒だ。何より教職員一人一人の健康や生活を大事にしなくてはいけない」
一方で若い教員の中にも部活動指導に意欲を示す教員もいる。自身の経験からもそれが楽しく、やりがいだった面もあった。若い教員のやる気を生かしたいと思う半面、超過勤務など働き方に関わり、制度の組み立てにも関わる問題と捉えている。
青海校長が学校現場で特に大きな課題と考えているのは、不登校児童生徒への対応だ。不登校の児童生徒は約29万9000人(2022年度)、小中学生全体の3.9%で、このうち中学生は約19万4000人、6.0%にも上る。
都教委勤務時には不登校対策を担当した経験もある。当時は、不登校特例校といったが、不登校児童生徒の受け皿となる「学びの多様化学校」設置には経費や土地、施設の確保などにハードルがあり、他県の状況も視察した上で既存の学校内に不登校特例校(学びの多様化学校)を設置する校内分教室型施設での対応を進めてきた。
ただ、「東京都内各地で分教室型ができ、展開できたのは良かったが、こうした対策が充実しても不登校が一気に解消するわけではなく、また、対策の進捗(しんちょく)よりも不登校児童生徒の増加するペースの方が早いというのが現状」と指摘する。
また、不登校児童生徒の居場所として教育支援センターの機能充実も課題であり、さらに最近では、各校に不登校児童生徒の居場所となる校内教育支援センター設置の動きも進んでいる。志茂田中学校でも校内教育支援センターを設置し、教員を配置しているが、認知度が低いためか、まだあまり利用されていない。区の教育支援センターに通う生徒の方が多いが、授業復帰のためには同じ校内の方が特定の授業だけでも出席したり、給食で同級生と交流したりと、きっかけをつかみやすいとの考えもある。
「さまざまな選択肢を増やし、最後のステップとして学校復帰できればいいと思う。ただ、個人的には学校の一律の指導に適応できない子が増えてきているとも思う。家庭状況もそれぞれ違い、対応には難しさもある。学校へ復帰する割合も低くはないが、それ以上に新たな不登校児童生徒が増えているという現実もある」
また、中学生の場合、上級学校進学が学校復帰への一つのタイミングとなる場合もあるという。
「どうするかと聞くと、学校に行かないと働けないなあ、とか、生徒たちは自分なりに将来を考えている。学校に戻りたくないわけではなく、きっかけがつかめない場合も多い。上級学校も今、いろいろなタイプの学校があり、学び直しができる学校や通信制、単位制の学校もあるので、自分に合った学校を選択して、不登校状態から脱却した生徒もいる」
志茂田中学校では生徒の悩みを聞くアンケートを2カ月に1回のペースで実施。以前は紙に記入させていたが、今はタブレット端末を使い、よりプライバシーに配慮できるようになったという。集計も早く、問題を抱える生徒への早期対応も期待できると青海校長は考えている。
「ICT活用は授業だけでなく、生活に密着させる活用も視野に入れるなどして、いろいろな場面で使えれば。これも今後、学校が考えなければならない課題だと思う」
特別支援教育についても、これからはより多くの教員が関わっていかなければならないと指摘する。これも教育現場の重要な課題だと考えているという。全国の特別支援学級在籍者は約35万3000人(22年度)。10年前の約16万4000人の2倍以上だ。子供が減っている中でも、特別支援教育へのニーズは高まっている。
志茂田中学校では特別支援学級が4学級あり、25人の生徒が在籍している。
「障害の程度や学習等の習熟度などはさまざま。実態を把握した上でそれぞれに合った進め方、教材を提示しないと学力も伸びない。生徒たちはいずれ社会で自立していく。盛り上がったからいい授業だったという授業評価ではなく、それで生徒の力は付いたのか、自身の授業を振り返り、考えなければならない。教員に力量がないと、特別支援学級が単なる居場所で終わってしまう。在籍生徒も増えてきており、もはや特定の教員だけに任せるのではなく、学校全体で取り組んでいかなければならない」
教える力、ノウハウも必要になるが、それは、必ずや通常学級の指導にも生かせる。青海校長はそう考えている。
【プロフィール】
青海正(あおみ・ただし) 東京都出身。1987年度、東京都青ヶ島村立青ヶ島中学校教諭として教員生活をスタート。世田谷区立世田谷中学校副校長、東京都教育庁指導部教育計画担当課長などを経て2021年度から現職。専門は数学科。休日は少年野球のコーチをし、時間ができたら、東京マラソンなどに挑戦したいというスポーツマン。「本気でやる」「今を全力で」がモットー。