「ここがなければ不登校になっていた」校内別室、2年間の試行錯誤

「ここがなければ不登校になっていた」校内別室、2年間の試行錯誤
異学年でさまざまな関わり合いをしている「ぱれっとルーム」=撮影:松井聡美
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 不登校児童生徒が増加し続ける中、各自治体では教室に入りづらい子どもたちを受け入れる校内のサポートルームなどの開設が進められている。埼玉県戸田市でも2022年度から市内の小学校3校をモデル校として「戸田型校内サポートルーム・ぱれっとルーム」をスタートさせ、現在では市内全小学校に広がっている。モデル校の1校が、市立美女木小学校(田野正毅校長、児童637人)だ。「ぱれっとルーム」の開設から2年、子どもたちにとって安心・安全な場を守りながらも、一人一人の次のステップも見据えてチームで動く、同校の試行錯誤を取材した。

安心・安全な居場所、自己決定できる場

普段からぱれっとルームにもよく顔を出しているという田野校長=撮影:松井聡美
普段からぱれっとルームにもよく顔を出しているという田野校長=撮影:松井聡美

 「何かをさせるところではない。心を落ち着かせて、自分のやりたいことを見つける場所なんです」

 田野校長は、そう話しながらぱれっとルームの子どもたちに優しく、温かいまなざしを向ける。

 埼玉県戸田市では、誰一人取り残されない教育の実現に向け、22年度から「戸田型校内サポートルーム・ぱれっとルーム」をスタートさせた。学校生活に不安や困難を感じている児童や、不登校傾向の児童のための居場所を確保し、早期対応、早期支援をしていくためだ。モデル校では長期欠席者が減少するなど効果が出ていたため、その年の11月からは市内全小学校に設置している。

 モデル校としてスタートした美女木小でも、そうした効果が表れているという。背景には、設置から2年間にわたって取り組んできた、さまざまな工夫がある。例えば、各校のぱれっとルームには週4日、スクールサポーターが勤務しているが、同校ではそれに加え、独自に「ぱれっとルーム主任」も置いている。

 「私は主にスクールサポーターと学校のつなぎ役」と話す、「ぱれっとルーム主任」の後藤香織教諭は、3年生の担任もしながら、空き時間などには小まめにぱれっとルームに顔を出して子どもたちの様子を見たり、週に1度は同校のスクールサポーターとミーティングを行ったりして、情報共有に努めている。

 「日々の運営はスクールサポーターにお願いしている。私はスクールサポーターや、ぱれっとルームに来ている子どもたちの担任とも連携をとりながら、全体を見ている。スクールサポーターと2人だから、お互い抱え込まずにやっていける」と後藤教諭は笑顔を見せる。

 自身の一番重要な役割として挙げるのが「保護者との面談」だ。「ここに来ている子どもたちも困っているけれども、その保護者も困っている。今の悩みや、これからどうしていきたいのかなどを、じっくりヒアリングするようにしている」と話す。

 同校ではもう一つ、独自に「出前授業」を行っている。これまでに、教育落語やお菓子作り、ステンシル教室など「ここにきている子どもたちが興味のあることや、地域の方々に協力していただけるようなこと」で、出前授業を開催してきた。

 出前授業は「こういうのがあるから、この日だけでも来てみない?」と連絡するきっかけにもなっており、実際にそこから継続してぱれっとルームに来られるようになった子や、出前授業の内容に興味を持ち、探究し続けている子もいるという。

「甘やかしていいの?」向けられる厳しい目

 今年度に入って常時ぱれっとルームを利用している児童は5、6人ほど。集団が苦手、勉強に苦手意識がある、人との距離感が難しいなど、さまざまな事情や思いを抱えた子どもたちが利用している。工作など創作活動をしたり、1人1台端末でタイピングの練習をしたり、クラスの授業をオンラインで受けることもできる。

 仕切りのある個別ブースや大きなテーブル席、ビーズクッションのあるエリア、大きなぬいぐるみなど、この部屋の中でも子どもたちは居場所を選べる。後藤教諭は「さまざまな学年の児童が利用しているため、自然と異学年の触れ合いもできている。たまにけんかもしながら、自分のやりたいことを通すにはどうすればいいのかなど、教室と同じようなことも経験できている」と子どもたちの様子に目を細める。

 しかし、一方でぱれっとルームには「遊んでいていいの?」「甘やかしていいの?」といった目が向けられ続けていることも事実だ。また、ぱれっとルームを継続的に利用している児童の担任教諭が「自分のせいで教室に戻ってこられないのではないか」と思い悩むこともあるという。

 後藤教諭は「担任の抱える葛藤もよく理解できる。ただ、不登校や教室には入れない子どもたちの原因や理由は複雑で、本当に多様になってきている。担任だけで抱えきれないので、ぱれっとルームなども活用しながら、みんなで支援していく必要がある」と話す。

 田野校長は「教室で限界まで頑張っていた子たちが来ている。これまで子どもたちは『我慢する』か『学校に行かない』かの二択だった。ぱれっとルームがなければ、不登校になっていたかもしれない」と強調する。

 一方で、後藤教諭は「正直、学習面の保障は難しい」と葛藤も打ち明ける。「私はもともと子どもたちに対してしっかり勉強させたいと思っているタイプなので、最初はドリルなどをもっとやらせた方がいいのではないかと考えていた。でも2年間、子どもたちを見ていて、この場所で勉強以外のことで過ごす時間が本当に大切なんだなと実感した。心が満たされると学びに向かう子もいる。そういう変化を目の当たりにしてきた」と実感を込める。

 また「ぱれっとルームに来る子が増え続けてしまうのではないか」といった声もあったが、これまで一定以上の人数を越えることはなかったという。後藤教諭は「子どもたちは自分の居場所がよく分かっている。休み時間に来てみて、違うなと思って教室に戻る子もいる。冷やかし気分でここに来るような子はいない」と話す。

「一人一人の次のステップも考えている」と後藤教諭=撮影:松井聡美
「一人一人の次のステップも考えている」と後藤教諭=撮影:松井聡美

子どもたちがどこか社会とつながる場を

 「こうやればうまくいく、ということはない。正解はないので、もやもやし続けていていい。試行錯誤を続けないと、『ぱれっとルーム』という部屋だけがある、支援員だけがいる、ということになりかねない」と田野校長。全教職員がぱれっとルームの在り方を理解し、関わっていく必要があると考え、毎年、年度初めには後藤教諭が中心となって、校内研修も行っている。

 今後の課題の一つは、中学校との連携だ。戸田市内の中学校にも同様に校内サポートルームが設置されており、田野校長は「小学校の段階でつながりを絶たないようにすることが、中学校への対策にもつながる」と力を込める。

 また、ぱれっとルームでは、教室に戻すことを目的にはしていないが「この授業なら行けそう?」と背中を押すこともある。後藤教諭は「背中を押すタイミングは、日々、スクールサポーターが本当によく見てくれている。それに実は背中を押してもらうのを待っている子もいる。心の充電をしつつ、一人一人の次のステップを考えることも同時にやっている」と説明する。

 「別にぱれっとルームでなくてもいい。子どもたちがどこか社会とつながって、誰かとつながっていてくれたら、その先の人生につながる」と後藤教諭。「そういう場所が家から近い学校にあるのだったら、それに越したことはないのではないか。子どもたちの声を生かしながら、チャレンジできることをやりつつ、ぱれっとルームをこれからも充実させていきたい」と前を見据える。

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