日本の学校現場に暗い影を落としている「教員不足」。文部科学省は近年、教員免許更新制を廃止したり、教員採用試験の前倒しを働き掛けたりと矢継ぎ早に手を打っているが、抜本的な改善は見通せない。問題はなぜここまで深刻化したのか。慶應義塾大学の佐久間亜紀教授(教育学・教職論)は、1990年代以降の行財政改革や教育改革の影響を指摘している。
――教員不足はどうして起きているのですか。
教員不足は、校種や教科、地域によって、不足の実態も、なぜ不足しているかの事情も異なっており、きめ細かに対応する必要があります。ただ、全体に共通する要因としては、年度当初の時点で、学級担任として配置されるはずの正規雇用教員(正規教員)の多くが欠員になっていることが挙げられます。
公立小中学校の教職員定数には、学校種や学校規模、学級数に応じて決まる安定的な「基礎定数」と、学力向上やいじめ対応といった特定の課題に対応するために、年度ごとに決定される「加配定数」があります。2001年以前は、少なくとも基礎定数の人数分は教員を正規雇用するのが一般的でしたが、現在は多くの自治体が非正規雇用教員(非正規教員)で一定数を埋めるようになっています。教員の非正規雇用を前提とした配置計画になっていると言うこともできます。
非正規教員の候補者は無限に存在するわけではありません。年度のスタート時点で数多く配置してしまうと、年度途中から採用できる数は少なくなります。この結果、出産や病気のために休まざるを得ない先生が現れた際、代役が見つからず、欠員を埋められない構造になっています。
――なぜ、年度当初から非正規教員を配置するようになったのでしょうか。
都道府県や政令市の教育委員会が、正規教員の「採用控え」をしてきたからです。ただ、根本的な責任は、計画的に教職員定数を増やしてこなかった国にあります。
国は1980年代~90年代初頭にかけて、公立小中学校の標準的な学級編制の上限を45人から40人に引き下げましたが、その後は少人数学級化の動きが長らく停滞し、基礎定数が大きく増えない時期が続きました。また、1959年度以降は「教職員定数改善計画」を作り、中期的にどのくらい定数を増やすかという見通しを示していましたが、行財政改革のあおりを受け、05年度に第7次計画が終了した後、策定しなくなりました。自治体の立場からすれば、国が教職員定数を増やすかどうかが読みづらい状況になっています。
一方、少子化に伴って小中学校の学級数は減り続けており、この流れは今後も続くと見込まれています。少人数学級化などの動きがなければ、基礎定数は減り続けるということです。正規教員を増やすと将来的に余剰人員を抱えてしまうリスクがあるため、自治体としては、採用数を抑制せざるを得なかったのです。
――長時間労働などが敬遠され、教員志願者が減少しているとの指摘もあります。
21世紀に入ってからの日本は、正規教員の数を減らす一方、教員の仕事は増やしてきました。いわゆる「ゆとり教育」に対する批判もあり、学習指導要領の内容とそれに基づく標準授業時数が増やされました。さまざまな課題を抱えた子どもたちに対する手厚い支援も求められるようになっています。さらには、非正規教員の比率が高まったことで、負担の大きい業務が限られた人数の正規教員に集中している面もあります。
このように一人一人の業務負荷が大きくなり、長時間労働が常態化する中で、教員という職業の人気に陰りが出てきたことは否めません。非教員養成系大学の教職課程において、教員免許を取得しようとする学生の割合が減少傾向にあることは示唆的です。
――少子化によって将来的には必要な教員数が減少するため、「教員不足」は一時的な問題だという見方も政府内にはあります。
そうした見立ては、楽観的過ぎるのではないでしょうか。確かに少子化が進んだ場合、学級数の減少に伴って教員の需要も抑制されていく側面はあります。ただ、少子化によって、新たに社会へ出る若者の母集団も縮んでいくわけですから、民間企業などとの人材獲得競争が一層激しくなるということを忘れてはいけません。
また、児童生徒数が減少するスピードと比べ、教員の需要の減り具合は緩やかにならざるを得ないことにも留意する必要があります。例えば、特別支援教育や外国にルーツを持つ児童生徒に対応する教員の需要は増えています。また、子どもたちの安全や地域の一体性などを考えれば、中山間地域や離島にある小中学校の通学区域を拡大し続けるのは現実的とは言えず、学校統廃合には限界があると考えるべきです。
――教員不足を改善していくには、どのような対策が求められるのでしょうか。
正規教員の「採用控え」が教員不足の大きな要因になっているわけですから、まずは都道府県・政令市教委が計画的な採用を進めやすい環境を整える必要があります。具体的には、国が教職員定数改善計画のような中期計画を復活させることが望ましいでしょう。
計画の策定にあたっては、中学校や高校の「35人学級化」がいつまでにどのように実施されるか、基礎定数がいつまでにどの程度改善されるかが見通せる内容にすべきです。たとえ少しずつでも、基礎定数が増えていくことが確約されれば、地方自治体は採用控えを緩和し、教員を正規雇用する計画を立てやすくなると思います。
――計画的な基礎定数の改善という観点では、文科省は25年度までかけて小学校全学年の35人学級化を進めています。
小学校の35人学級化そのものは、評価できる政策です。ただ、今回の学級編制の引き下げ案は、新型コロナウイルスの感染拡大期にあった20年度に急浮上し、翌21年度から着手することになったため、地方から見れば、あまりにも唐突な動きでした。すでに教員採用試験は終わっており、正規教員を増やすことができず、翌年度は非正規教員に頼らざるを得ない自治体もあったのではないでしょうか。結果的に非正規雇用の需要増につながり、教員不足を助長した側面もあったように思います。
また、慌てて大量の教員を採用することになれば、志願者の増加が追い付かない事態も懸念されます。こうした事態を避ける意味でも、ある程度の見通しを持って計画的に正規教員を増やしていくことがやはり重要です。
――教員の養成や採用には一定の時間がかかります。
15年前であれば、正規教員を増やせば、教員不足の問題はある程度解決できたかもしれませんが、現状は一筋縄ではいきません。教員の長時間労働が深刻化し、教職の人気も低下しました。採用試験の低倍率が続いたことで、臨時的任用教員や非常勤講師を続けながら正規採用を目指す層も細っています。課題は複雑化・多層化し、直ちに解決できるものではありません。
一連の問題の根本には、教育に十分な予算が回ってこない財政構造があります。今の教育水準を維持していくために必要な予算をどう確保していくのかについて、社会全体で議論するところから始めるべきではないでしょうか。