【解説】問われる水泳授業の安全 目的の根本的な見直しを

【解説】問われる水泳授業の安全 目的の根本的な見直しを
事故を受けて安全対策の徹底を求めた通知=撮影:藤井孝良
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 高知市の小学4年生の男子児童が、水泳の授業中に溺れて死亡する事故が発生した。事故を受けて文部科学省やスポーツ庁は、改めて毎年4月に出している水難事故防止の通知を基に、安全対策の徹底を学校現場に求めているが、具体的にどういう視点から見直せばよいのか、成城学園中学校高校教諭で、日本ライフセービング協会の松本貴行副理事長・教育本部長に聞いた。今、自校以外のプールで水泳の授業を実施する事例も増えている中で、水泳授業の安全対策・安全指導の在り方が根本から問われている。

指導と監視の役割が明確に分けられていたか

 事故は7月5日午前11時52分ごろ、高知市立南海中学校のプールで発生した。亡くなった同市立長浜小学校4年生の児童はプールサイドの縁につかまってバタ足の練習をしていたグループに入っていたが、近くにいた他の児童が溺れているのに気付き、すぐに引き上げた。しかし、児童は意識がなく、呼吸もしていない状態で、教員が直ちに心臓マッサージをして救急搬送したが、同日夜に亡くなった。

 なぜ小学校の児童が中学校のプールで水泳の授業をしていたのかというと、長浜小では6月4日にプールのろ過ポンプが故障したため、今年度の水泳の授業は急きょ、1~3年生は近隣の小学校、4~6年生は南海中のプールを借りて実施することになっていたためだ。この日は南海中のプールで行う3回目の水泳の授業で、2クラス計36人の児童がおり、各クラスの担任と教頭が指導・監視をしていた。

 松本副理事長は「指導と監視で3人の教員を充てていたことは、少ない人数だったとは言えない。しかし、指導者と監視者の役割分担が明確になっていて、指導者は指導に、監視者は監視にそれぞれ専念できていたかどうか。亡くなった児童はプールの端の方で練習していたと聞いている。指導にあたっていた教員が水の中にいると、死角になりやすい位置だ。もし上から俯瞰(ふかん)して全体を見る監視者がいたら、溺れていることにすぐに気付けたかもしれない」と指摘。

 「『初めてやる』『変更してやる』『久しぶりにやる』。この3つを魔の3Hと呼ぶが、急きょ中学校のプールを使うことになった今回の事故はまさにこのケースに当てはまる。身長の低い小学生が、水深が深く使い慣れていない中学校のプールで泳ぐことになった時点で、事前に環境や動線を確認し、安全対策をシミュレーションしておいたり、中学校側に頼んで水深を下げてもらったりすることもできたのではないか。ただ一方で、限られた時間の中でそれだけの想定や配慮、余力が今の学校現場にあるかというと、難しい面もあったのだろうと思う」と松本副理事長。

 指導や監視に必要な人を学校の中だけで確保しようとすれば、その時間に授業がない教員や管理職に入ってもらうことが考えられるが、それにも限界がある。地域と連携し、外部からそういった人材をどう確保するかも課題になっている。

外部委託の動きもある中で、安全対策をどうアップデートしていくか

 事故を受けて文科省とスポーツ庁は7月8日付で再発防止に向けた各学校の安全対策・安全指導の確認を全国の教育委員会に通知した。そこでは「普段使用しているプールとは異なる環境で授業を実施する場合も含め」、適切な対応の徹底を求めている。

 このような、自校以外のプールで水泳の授業を行う学校は、決して少なくない。スポーツ庁が国公私立の小中学校に行った2022年度「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の報告書によると、水泳の授業を自校以外のプールで実施しているのは、小学校で12.8%、中学校で13.5%ある。近年はプールの老朽化や教員の負担軽減などを目的に、近隣の学校や民間のスイミングスクール、公営のプールなどで実施するケースが増えてきた。

 「スイミングスクールのインストラクターは泳ぎを教えるプロかもしれないが、子どもの命を預かっているのは学校なので、安全面は教員も一緒になって考えなければいけない。子どもが泳げるようになることも大事だが、まずは安全に行うことが最優先だ」と松本副理事長は呼び掛ける。

 一方で、教員からは水泳指導の安全面について、不安の声も挙がっている。

 日本財団「海のそなえプロジェクト」が5月2~6日に小中学校の教員2060人に行った意識調査。水泳の授業で不安を感じることを複数回答で尋ねたところ、最多は「安全に関すること」で63%もの教員が挙げていた(=グラフ)。そして、小学校の水泳授業で、危険を感じたが事故には至らなかった「ヒヤリハット」でも、「溺れ」が42%と最も多かった。

【グラフ】水泳の指導に対する教員の不安
【グラフ】水泳の指導に対する教員の不安

 近年は教員採用試験でも水泳の実技が廃止されるなどし、泳ぐことや水泳の指導に苦手意識を持っている教員も少なくない。

 安全対策の徹底は分かっていても、どんな視点で見直しや研修を実施すればよいのか。

 日本ライフセービング協会では、子どものプール活動に関わる大人向けに、ライフセーバーがどのような方法で監視をしているかや、いざというときの救助の手順などを解説した動画を作成している。

監視の基本を解説した動画=日本ライフセービング協会より
監視の基本を解説した動画=日本ライフセービング協会より

 松本副理事長は「ライフセーバーの知見をコンパクトにまとめ、教員にも過度な負担にならないようにしつつ、必要な安全確保の知識は学べるようにした。監視の重要性や方法を理解することは、子どもの命を守ることにも、教員を守ることにもなる」と強調する。

◇ ◇ ◇

泳げるようにすることよりも、安全を学べるようにすることに転換を

 今回の事故を受け、高知市では全ての市立学校について、今年度の水泳の授業を中止する方針を出した。プールの老朽化などを理由に、水泳の授業を実施しなくなった学校も出てきている。一方で、夏になると川や海で子どもが溺れる事故が各地で起きている。警察庁の集計によると、中学生以下の子どもの年間の水難者数は、ここ数年は100~120人の間で、横ばいで推移している。

 室伏広治スポーツ庁長官は7月10日に開かれた記者会見で、高知市の事故を踏まえた学校の水泳指導の在り方について問われると「日本は海や川もあり、水に囲まれている。何か災害があったときも含めて、やはり水に浮くことだったり、親しむことだったり、自分で自分の命や周りの命を救っていくこと(を学ぶの)は大変重要なことだと思う」と、改めて水泳授業の重要性を強調した。

水泳の授業の在り方について応える室伏長官=撮影:水野拓昌
水泳の授業の在り方について応える室伏長官=撮影:水野拓昌

 一方で「ついつい指導していると監視を怠ってしまう。監視と指導を両立させなければいけないのは、結構大変な状況だと思う。場所によっては保護者が来るといった工夫もあるようで、できるだけそういった監視体制もしっかりする中で、万全な状態で臨めるように、何か問題があるようだったらすぐに取りやめるなど、柔軟に対応する必要がある」と、監視と指導の両方を教員が担っていることへの問題意識も示している。

 そうであるならば、学校の水泳の授業の目的を、「子どもが泳げるようにする」ことから、例えばライフジャケットを身に着けて水に浮かぶことを体験してみるといったような「安全を学ぶことを重視する」方向に転換し、教員だけで行うのではなく、ライフセーバーやスイミングスクール、消防などの関係者と協力して、指導や監視に当たれる体制にすることを推進していくべきではないだろうか。

 このような事故を再び繰り返さないためにも、海に囲まれた日本で水難事故から身を守れるようにするためにも、そして、水泳の授業を効果的に、持続可能なものにしていくためにも、次期学習指導要領も視野に、学校の水泳授業の目的をリデザインする時期に来ている。

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