いじめの予防に力を入れる東京・品川区 首長部局にも相談窓口

いじめの予防に力を入れる東京・品川区 首長部局にも相談窓口
動画のケースを基にいじめの構造を考える子どもたち=撮影:藤井孝良
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 いじめの認知件数・重大事態の発生件数が、これまでの文部科学省の児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査(問題行動調査)でも増加傾向にあることが示され、いじめ防止対策が学校現場の課題となるようになって久しい。そうした中、東京都品川区では「子どもの発達科学研究所」と連携して、いじめの予防に力を入れている。教育委員会だけでなく、首長部局にもいじめの相談窓口を設置している。いじめの未然防止に向けた学校現場の取り組みや、首長部局の相談窓口が果たしている役割など、品川区が実施する取り組みに注目した。

繰り返し考え方を学び、行動を変えていく

 「このお話の中で、『これっておかしくない?』と思うところはありますか」

 2学期が始まったばかりの9月、区立鈴ケ森小学校の6年生に向けて、いじめについて考える授業が行われていた。使われている教材は、子どもの発達科学研究所が開発した「いじめ予防プログラム TRIPLE-CHANGE(トリプルチェンジ)」だ。トリプルチェンジは、米国で科学的根拠があると証明されているプログラムを参考に、日本の学校の授業でも実施できるようにしたもので、いじめの問題に関する正しい知識、技法を学ぶことに重点を置いている。

 この日の授業では、あだ名で呼ばれていることを嫌がっている同級生がいて、あだ名で呼んでいる別の同級生にやめるよう注意したところ、「別にいじめているわけじゃない。(あだ名で呼ぶのは)友達だと思っているからだ」と反論された、というシチュエーションの動画を見て、このケースを「シンキングエラー」と「アンバランスパワー」というキーワードから分析した。シンキングエラーとは「友達だから何を言ってもよい」といった間違った認識や考えで、それに対してアンバランスパワーは、どちらかが相手よりも力が強い、頭が良い、人気があるなどの差がある状態を指す。子どもたちは、動画からいじめが生まれる要素であるシンキングエラーとアンバランスパワーに該当する言動を意識した後、別のケースでも同様の分析をし、どういう行動を取るべきだったか、改善点をグループで話し合っていた。

 品川区では区立小中学校の全学年で、このトリプルチェンジを使ったいじめ予防の授業を年3回実施する方針だ。ケースを変えるなどして、基本的にどの学年でも同じ内容を繰り返し学ぶ。

 子どもの発達科学研究所の和久田学所長は「まずは考え方を変える必要がある。考え方が変われば、行動が変わる。いじめに代わる良い行動を取るようにしていくのが狙いだ。しかし、実際に行動に落とし込めるようになるまでには時間がかかる。何度も考え方を繰り返し学ぶうちに、行動を変える子どもが増えていけば、いじめが起こりにくい学校の風土に変わる。学校の風土は一度変わると、元に戻りにくい」と、トリプルチェンジの狙いを説明する。

 このトリプルチェンジを使ったいじめ予防の授業を始めるにあたり、区立小中学校の教員は子どもの発達科学研究所の研修を受け、いじめ対応について共通の意識を持てるように図った。この日の授業を同小では動画で撮影しており、これをモデルに、他の学年・学級でも実施していくという。同小の守屋直孝校長は「年3回の授業だけでなく、日常の中で授業で学んだことを言葉に出したり、振り返らせたりして積み重ねていくことで、定着していくものだと思う。まだまだ第一歩を踏み出した段階で、実際に子どもたちや学校がどう変容していくかは、もうちょっと継続的に見ていかないといけない」と話す。

学校風土を変えていくためのデータ活用

 品川区が始めたいじめ予防の取り組みはこれだけではない。

 1学期のうちに、子どもの発達科学研究所の調査システム「デイケン」を毎朝の健康観察の一環で導入し、子どもが端末から体調や心の健康観察を入力したり、援助要請を出したりできるようにした。さらに、既存の生活アンケートを廃止し、児童生徒のメンタルヘルスやいじめに関する実態調査を毎月1回実施。6月と12月には学校の雰囲気や居心地の良さ、児童生徒や教師との関係などを児童生徒による無記名アンケートで測定する「学校風土調査」も行うことで、個々の子どもの状態だけでなく、学級や学校の課題や中長期的な変容を捉えていこうとしている。

 鈴ケ森小でもデイケンを5月から実施している。当初こそ入力に時間がかかっていたそうだが、この日の「朝の会」では、子どもたちは慣れた手つきであっという間に入力を済ませていた。「これまでは教師に言いにくい子もいたと思うが、入力すればいい仕組みなので、子どもたちの心理的なハードルはすごく下がったと思う」と、守屋校長はこうした端末を活用した「心の健康観察」の効果を実感する。

デイケンに自分の心身の状態を入力する子ども=撮影:藤井孝良(写真の一部を加工しています)
デイケンに自分の心身の状態を入力する子ども=撮影:藤井孝良(写真の一部を加工しています)

 一方で、さまざまな項目ごとに数値が出てくる学校風土調査は、趣旨をきちんと理解していないと、単に学級や学校への「評価」であるかのように受け止られてしまう恐れもあり、活用や共有の仕方には注意が必要な面もあるようだ。それによって教員が一喜一憂するのではなく、中長期的な改善につなげていくためのデータとして前向きに捉えていくことが求められる。

 守屋校長の場合は、夏休み中に最初の学校風土調査の結果を教員らに提示しつつ、「正直に一生懸命頑張っている子どもたちを賞賛できる学校をつくっていきたい。それが学校風土を改善していく早道になるのではないか。2学期以降はそこを重点に置いて学級経営をしていってほしい」と働き掛けたそうだ。

いじめに教育以外の視点からアプローチ

 品川区がいじめ対策に力を入れるきっかけになったのが、2021年に区立中学校で起きたいじめの重大事態を巡る対応だった。学校側はいじめそのものは認知していたものの、保護者から指摘があるまではいじめ防止対策推進法の重大事態に該当するとは認識しておらず、重大事態とされた後も同法で定めている区長への報告が行われていなかったことが問題となった。これを受けて区長の諮問機関として立ち上げられたいじめ問題調査委員会は、学校や教育委員会での取り組みの強化、再発防止の徹底とともに、学校や教育委員会から独立して、いじめ事案を迅速に解決するための組織の設置を検討すべきだと提案した。

 そこで品川区は今年に入ってから「いじめ相談対策室」を区長室総務課コンプライアンス推進担当内に開設。4月以降、本格的に教育委員会や学校との連携を開始した。対策室には社会福祉士や臨床心理士の資格を持つ「いじめ相談員」が常に複数体制で、電話やメール、LINEなどで相談を受け付けている。さらに8月からはコンプライアンス推進担当の中に弁護士資格を持つ「コンプライアンス推進指導員」を配置し、法的な側面から客観的にいじめ問題にアプローチできるようにした。

 区によると、対策室が設置された今年1月から9月までの間に60件の相談が寄せられているという。総務課の石井健太郎コンプライアンス推進担当課長は、対策室への相談は保護者からのものが多いとした上で「『お子さんにお話をお伺いしたい』ということをお願いしている。相談の中でいじめとは関係のなかったものを除いて、ほぼ全てのケースで相談員が子どもに話を聞いている」と、子どもの思いを大事にする姿勢を強調する。子どもから聞いた話や本人の希望などを踏まえつつ、できるだけ相談があったケースは学校や教委と共有するようにしている。また、毎月開かれるいじめ対策協議会で、個々のケースの進捗(しんちょく)や気になる子どもの対応方法を話し合っている。

区長部局として開設された「いじめ相談対策室」=撮影:藤井孝良
区長部局として開設された「いじめ相談対策室」=撮影:藤井孝良

 品川区の取り組みは、首長部局によるいじめ解消の仕組みづくりを推進するこども家庭庁のモデル自治体の一つにも採択されている。首長部局にいじめ問題に対応する部署を設置する必要性について、石井課長は「学校や教委は教育のプロなので、教育の視点からいじめの問題に日々取り組んでいる。それはすごいことだし、敬意を持っているが、一方で、違う視点を提示することも必要だ。例えばわれわれの中には福祉の専門家や法律の専門家がいて、そうした視点からのアプローチができる。学校ではいじめの加害者と被害者に平等に接する必要があるかもしれないが、対策室ではより被害者の話を聞くことができ、被害者に寄り添った支援もできる。教育とは違った視点を取り入れることで、いじめが根絶できるのではないか。その観点から考えると、首長部局にも部署は必要だ」と話す。

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