教師に求められるパフォーマンス力を育成する━━。東京理科大学(東京都新宿区)で12月12日、教員志望の学生を対象としたユニークな特別講義「ミュージカル教育プログラム」の最終発表会が行われた。同学教育支援機構教職教育センターの井藤元教授がファシリテーターを務め、講師には元劇団四季所属の高城信江さんを迎えて、学生らは教員採用試験の面接会場を舞台とした、オリジナル脚本のリーディングミュージカルに挑戦した。
今回の特別講座「ミュージカル教育プログラム」が行われるのは、2019年以来、2回目。井藤教授は「教師は単に教科に関する専門知識を有するだけでなく、パフォーマーとして教科内容の魅力を子どもたちに伝える力が求められる」と、開催の意図を説明する。
最終発表会からさかのぼること1カ月、初回の講義は11月7日に開かれた。15人の参加者の大半が、舞台に立った経験がないという。今回、学生たちが挑戦するのは「リーディングミュージカル」という形式で、ダンスはなく、台本を持ったまま朗読形式で演じる。
ミュージカルのストーリーはこうだ。とある教員採用試験の面接会場。4人の受験生が自己PRするのを聞いて、面接官が尋ねる。「それって、あなたの『本当に』話したいこと?」。戸惑う受験生たち。「何を言えば正解?」「こんなの予想外」。面接官は質問を重ね、受験生たちの心の奥底に眠る、本当の気持ちを引き出していく――。
この脚本を手掛けたのは元劇団四季で、ミュージカル指導・演出などを行う高城さん。今回、学生たちの指導にも当たった。役を演じる前には台本の分析が極めて大事だといい、「登場人物がどういう人で、何をしていて、何を感じていて、何のためにこうしているか。台本としっかり向き合って、台本に書いてある人物を立体的に立ち上げていく」と説明した。
台本を読み込んできた学生たちは、登場人物の面接官について「受験生に高圧的」「いたずら好き」「サイコパス」など、さまざまに分析。高城さんは「高圧的に作り込むのもよい、フレンドリーな雰囲気でもよい。悩んだら両方やってみるとよい。演じる人の経験値が表れてきて面白い」とコメント。
井藤教授は「学生は教育実習で、学生の自分のまま臨んでしまうことがある。役を演じる経験をすると、どんな教師として教壇に立ちたいかを意識する練習になる。言葉の放ち方も変わる」と学生たちに呼び掛けた。学生たちが3つのグループに分かれ、配役を決めたところで、初回の授業は終了した。
それから練習を重ねてきた学生たち。最終発表を1週間後に控えた12月5日には、各グループが本番の衣装を着て、リハーサルに臨んだ。
それぞれ15分間の通し稽古を終えると、高城さんからの講評。「本当の面接の時は、内心ものすごく緊張しているのに、緊張していないというそぶりになるはず。緊張した体で(舞台に)入ってきてほしい」「型通りの志望動機を聞いた面接官には、本当に退屈してほしい。頭をかく仕草は良かったよ」「頭の中にあるプランが、もっと体に出てきてくれるといいな」――。それぞれの場面やセリフについて、的確な言葉で指導していく。学生たちは授業終了後も教室に残って高城さんに質問し、熱心に練習に励んでいた。
そして迎えた最終発表会当日、教室にはリクルートスーツに身を包んだ受験生役の学生たちが次々と入ってくる。中には役柄のイメージに合わせて髪を切った学生や、面接官役を演じるにあたって、いつもとは違うヘアセットをしてきた学生も。緊張が高まっているのか、「いつも以上にハイテンションだね」と井藤教授。
高城さんから発表に向けてアドバイスをもらった後、いよいよリーディングミュージカルが始まった。冒頭シーンの面接会場への入り方も、小走りで入ってきたり、深呼吸をしながら入ってきたりするなど、一人一人がその役のキャラクターを分析し、表現している。
また、グループによって分析が分かれていた面接官は、柔らかく優しい雰囲気で演じるグループもあれば、感情が読めないようなタイプとして演じるグループも。4人の受験者役もグループによって演じ方が違っているのが印象的だ。最初は恥ずかしくて歌えていなかったという歌唱シーンも、堂々と歌い上げていた。
発表を終えた学生は「緊張したけれど、舞台に立つのは楽しいと思った」「緊張している受験生の役だったので、今日の緊張をそのまま利用して演じられた」などと、全力でやり切った達成感をにじませ、高城さんからは「とにかくそれぞれのチームの良さが出ていて面白かった、素晴らしかった!」と賛辞が送られた。
井藤教授は「このプログラムで意識したことは『離見の見(りけんのけん)』だ。『我見(がけん)』とは演者の視点で、『離見』は『我見』から離れた観客の視点。観客席で見ている観客の目で自分を見ることも大切だが、俯瞰的になり過ぎてもいけない。教師は、没頭しつつさめている、我見と離見の二重の『見』を持ってほしい」と、このプログラムを通して伝えたかったことを学生たちに語り掛けた。
特別講義を通して、自己理解が進んだり、自分の殻を破れたりしたと振り返る学生たち。「ミュージカルの練習を重ねることで、自然と客席から見た自分はどう映るのかを考えていた。それが教育実習での自分に重なった。この経験は教員になっても役に立つ」と、確かな手応えを得たようだった。