バスそのものが幼稚園 「バス幼稚園」の1日、スウェーデン

バスそのものが幼稚園 「バス幼稚園」の1日、スウェーデン
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 スウェーデンには、「バス幼稚園」がある。登降園用の幼稚園バスではなく、バスそのものが幼稚園のひと教室になっていて、幼児たちは街のあちこちに移動して1日を過ごす。元バス運転手ら2人のアイデアから始まったこの幼稚園は、保育スペースが不足する集合住宅地などで広がっている。ウプサラ市では現在7台のバスが幼稚園として運営されている。

「バス組さん」の1日

 バス幼稚園は幼稚園(幼保一元化されたプリスクール)のひとクラスに相当する「バス組さん」だ。同じ幼稚園内には教室で過ごす通常のクラスもあり、保護者の希望に応じて年度単位でクラス分けされている。

 子供たちは、保護者に連れられて毎朝9時までに幼稚園に登園する。「バス組さん」は9時になるといつものように園舎の入り口に整列し、バスに乗り込んで点呼をする。バスの中には向かい合わせの机やチャイルドシート、お絵かきや工作の道具が用意されている。少し狭いのは仕方がないが、子供たちにとっては楽しい空間だ。機材も特別仕様になっていて、キッチンが完備され、温かい食事や冷蔵庫もある。水も出るし、トイレも使える。

 保育士の運転で、バスは毎日違う場所に出掛ける。行き先候補は50カ所以上もあって、幼稚園から30分以内の距離にある大きな公園や運動場、スケートリンクや博物館などが多い。目的地に着くとちょうど午前中のおやつの時間になるので、バスの中やバスを降りてバナナやリンゴなどを食べながら、今日の行き先の説明を受けたり、そこでやる遊びを相談したりする。

飛行場を訪れた「バス組さん」の子供たち=撮影:林寛平
飛行場を訪れた「バス組さん」の子供たち=撮影:林寛平

 10月のある日は、近所の飛行場に出掛けた。バスの内部は子供たちが作ったハロウィーンの飾りつけでにぎやかだ。この日は、3人の先生が15人の子供たちを連れていた。よく晴れて気持ちのいい天気の中、子供たちはバスを降りると、格納庫の中を案内されて、駐機されている小型飛行機に1人ずつ乗せてもらった。乗り物好きの子は飛行機の種類や性能について、友達に一生懸命説明していた。ある女の子は「うわー、かっこいい! 私、パイロットになる」と言って、操縦席からなかなか出てこなかった。

 飛行機に興味がない子たちは、飛行場の芝生の上を全力で走り回っていた。鬼ごっこをしたり、芝生に寝っ転がったりする子たちもいた。飛行クラブが環境保護活動として取り組んでいる昆虫ホテル(昆虫が越冬できるように設けたすみか)を、熱心に観察する子もいた。

 そうするうちに、お昼ごはんの時間になった。先生たちがバスで温めていた食缶を持ってきて給食の準備を始めると、子供たちは慣れた様子で列を作り、自分の食事を受け取ってグループで食べていた。給食のメニューは他のクラスと同じもので、当日の朝に調理場からバスに積み込んでくる。

 お昼ご飯を食べた後、少し食休めをしたら、子供たちはバスに戻り、幼稚園に帰っていった。バスは毎日午後3時までには幼稚園に帰り、子供たちは保護者のお迎えを待つ。

スペース不足の解決策として

バス幼稚園の内部=提供:中田麗子
バス幼稚園の内部=提供:中田麗子

 バス幼稚園は、路線バスの運転手を辞めて保育士になった人のアイデアから始まった。彼女の同僚にはたまたま元レーサーの保育士もいて、2人の思い付きを園長に話し、自治体と交渉して実現にこぎつけた。バスにつける機能や内装も自分たちで考えた。安全を第一に、バスにはGPS機能やアルコール呼気検知器、非常用の連絡手段なども備えられている。

 スウェーデンは人口が増えていて、一部では住宅難が起きている。都市部では再開発が進み、大規模な集合住宅群が建てられてきた。しかし、子供たちの遊び場や保育スペースが足りていない。アパートの1階部分を幼稚園として使うこともあるが、園庭が小さかったり、教室が狭かったり、音が響いたりする。こうした局所的な保育需要は一時的なことも多く、大きな幼稚園をつくるのも難しい。バス幼稚園はそうした課題を解決する手段として活用されている。

 普段はビルに囲まれて育っている子供たちにとって、バスに乗って開けた場所に出掛け、自然の中で思いっきり体を動かせる機会は、遊びや学びにも効果が大きい。

 

※比較教育研究会は世界各地の教育現場をフィールドにする教育学者のグループです。地域研究に根差した日本の比較教育学の強みを生かして、現地の教育実践や人々の暮らしを多角的に見つめています。本連載は林寛平(信州大学)、佐藤仁(福岡大学)、荻巣崇世(東京大学)、黒川智恵美(上智大学)、能丸恵理子(ライター)が担当しています。

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