紛争と子供たちの教育 エジプトに避難したスーダン人

紛争と子供たちの教育 エジプトに避難したスーダン人
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 スーダンで紛争が発生してから2年が経過した。現地の子供たちは世界最悪の人道危機に直面している。隣国エジプトの首都カイロへの避難に着目しながら、紛争国の子供たちの教育について考える。

紛争の勃発

 2019年の革命以降、新たな国造りに向けて動いていたスーダンでは、23年4月15日にスーダン国軍と準軍事組織である即応支援部隊(RSF)の衝突が発生した。市井の人々にとっては突然の出来事だった。特に主な戦場となった首都ハルツームでは、RSF兵士による攻撃や強奪が始まり、多くの人々が国内外に避難した。

 国際移住機関(IOM)によると、25年4月時点において、人口の約3分の1に当たる1500万人以上が国内外に避難した。国外の避難先は主に周辺諸国で、エジプトが36%、チャドが28%、南スーダンが27%である(24年12月時点)。

なぜエジプトへ避難するのか

 エジプトに避難する人が多かったのは、移動と入国手続きのしやすさである。4月15日にはハルツームの空港が爆撃されたため、空路は使えなかった。しかし、ハルツームからエジプトへはバスで行くことができる。エジプトはスーダン人の女性と16歳以下および50歳以上の男性に対して、査証を免除していたことも大きかった。パスポートさえ持っていれば、すぐにエジプトに入国できたのである。母子が先にエジプトに入り、父はスーダンで査証を待っているというのはよく聞く話であった。また、エジプトには国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)があるため、パスポートを持たない人はエジプトに庇護申請を求められる環境もあった。

 そんな中、バスの需要は増し、運賃も高騰し続けた。さらに23年6月になるとエジプト政府は全スーダン国民に査証の取得を義務付け、24年12月には庇護申請の登録と難民認定の責任をUNHCRからエジプト政府に移す庇護法を承認した。これらの状況はスーダン人のエジプトへの移動をより複雑にしているが、それでも周辺諸国の不安定さや移動の容易さを考慮すると、エジプトは依然として彼らの目指す国となっている。

増加するスーダン人学校と課題

 エジプトには難民キャンプがないため、移民も難民も市中で暮らしている。スーダン人移民・難民は制度上、エジプトの公立学校に通うことができるが、多くの人々がスーダン人学校に通っている。エジプトの公立学校は手続きが煩雑であったり、エジプト人教師や学生からのいじめを恐れたり、ゆくゆくはスーダンの大学に入学するためにスーダンのカリキュラムで勉強したいなどの理由で、スーダン人学校を好む傾向にある。

校舎の建設が間に合わず、宿泊施設として使用されていた建物が学校に=撮影:黒川智恵美
校舎の建設が間に合わず、宿泊施設として使用されていた建物が学校に=撮影:黒川智恵美

 スーダン人学校の多くは、エジプトとスーダン政府の承認を得た私立学校で、基本的にスーダンのカリキュラムに沿って教えている。大小さまざまな規模の学校があり、紛争前から増え続けていた。写真は紛争前に訪問した学校の一つであるが、校舎の建設が間に合わず、こんな場所に学校が、と疑うような市中から少し離れた寂しい場所にあった。

 市中にある学校も、私達がイメージする学校らしい建物とはかけ離れたものもあり、らせん階段に吹き抜けのエントランスホールを持つ建物に、まるで不釣り合いな机と椅子のセットが並べられたところもあった。宿泊施設として使用していた建物を利用した学校は、教室として使用する部屋に付属された広い浴室の中にバスタブと便座が一つあるのみで、学級の児童たちが使用するには明らかに足りないだろうという建て付けであった。

 紛争が始まって以来、スーダンからは人だけでなく学校やレストランといったコミュニティー機能も移動してきた。知人は学費が上がったと漏らしつつも、カイロでもハルツームで通わせていたのと同じ学校に子供を通わせている。

 紛争勃発から2カ月しかたっていない6月、すでにエジプトに移動した学校もあり、9月から始まる新学期の生徒募集を案内していた。散り散りとなった子供たちのためにオンラインで授業する学校もある。スーダン人学校の新設とハルツームから移転してきた従来の学校で、スーダン人向けの学校が急増した。スーダン人がいかに教育を重視しているかを垣間見たと同時に、学校運営でもうけている人もいるとの批判もある。

 23年9月、筆者はカイロに新たに学校を設立しようと奔走する男性に出会った。彼は、子供はスーダンの未来だから、紛争だからといって彼らが教育を受けない期間を作ってはならない、と筆者に語った。彼の主張はその通りだが、カイロ市内に次々と乱立するこれらの学校の様子を見ていると、スーダン人コミュニティー内での連携や調整が不足していることもうかがえる。

 国際的な支援の下、スーダンの教育省がリーダーシップをとって、国外に避難した子供たちに目を配ることが重要ではないだろうか。

 

※比較教育研究会は世界各地の教育現場をフィールドにする教育学者のグループです。地域研究に根差した日本の比較教育学の強みを生かして、現地の教育実践や人々の暮らしを多角的に見つめています。本連載は林寛平(信州大学)、佐藤仁(福岡大学)、荻巣崇世(東京大学)、黒川智恵美(上智大学)、能丸恵理子(ライター)が担当しています。

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