ベテラン非正規教員が勝ち取った 教員採用試験の情報公開

ベテラン非正規教員が勝ち取った 教員採用試験の情報公開
県教委から最初に開示されたのはほとんどが黒塗りだった(写真の一部を加工しています)=撮影:藤井孝良
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 「全て開示すべきである」。今年3月、和歌山県の情報公開・個人情報保護審議会は、県立高校に勤務していた40代の非正規教員が請求していた教員採用試験の面接試験や実技試験の基準について、県教委に対して一部を除き、ほぼ全てを開示すべきだと答申した。非正規教員の中には、学校で教壇に立つ傍ら、教員採用試験を毎年受け続けている人も少なくない。非正規とはいえ授業の経験があるのに、なぜ合格しないのか、どのように評価されているのか。情報公開請求はその疑問に答えるだけでなく、ブラックボックスだった教員採用試験での評価に透明性を持たせることにもなる。

ほとんどが黒塗りの開示結果に

 「実技も面接も、どんな項目を、どんな着眼点で試験官が見ているのか、これでは全く見えないと思った。これでは、果たして公正な採用選考なのか」

 請求を行った柏木浩平さん(仮名)は、ほとんどの項目が黒塗りになった面接試験の評定票を見せながら、開示請求に踏み切った思いをこう語った。

 柏木さんは約16年間、和歌山県内の高校で非正規教員として働きながら、教員採用試験を受け続けてきた。柏木さんが教員を目指した頃は最も教員採用試験の倍率が高かった時代で、非正規教員になれるかさえも狭き門だったという。

 しかし、何度も教員採用試験の不合格が続き、次第に柏木さんの中にある疑問が浮かんでくる。教員採用試験には、筆記、面接、模擬授業、小論文などが課せられる。筆記は手応えをある程度つかめるが、それ以外は何がいけなかったのかよく分からないことが多い。これでは、次回に向けてどこを改善したらいいのか、対策を立てられない。

 そんな思いを抱いていたところ、柏木さんは同じように非正規教員を続けている教員仲間から「臨時教職員制度の改善を求める全国連絡会」という市民団体があることを教えてもらった。集会に足を運ぶと、同じような問題に直面している当事者や、支援している正規教員の姿があった。そこで柏木さんは、情報公開制度に基づく開示請求という手段があることを知る。

 2023年10月、柏木さんはその年に受けた教員採用試験の開示請求書を県教委に提出した。その内訳は、試験のいわゆる合格ラインから実技試験の評価表、模擬授業の評価、面接試験の評定票まで多岐にわたるが、2週間ほどして県教委から通知されたのは、ほとんどが黒塗りだった。

 非公開とされた主な理由は「県の機関が行う事務に関する情報であって、公にすることにより、当該事務の性質上、事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるため」というものだった。つまり、公開してしまうと教員採用試験の実施に影響を及ぼす可能性があるということだが、柏木さんは納得がいかなかった。

 実際、他の都道府県で開示に応じているケースが複数あった。公開している都道府県では、これらが明らかになっても、教員採用試験の実施には差し支えがないと判断している。それにもかかわらず、和歌山県がこの理由を盾に拒むのは道理が通らない、と柏木さんは考えた。

10回にわたる審議 「全て開示すべき」と答申

情報公開制度の仕組み
情報公開制度の仕組み

 情報公開制度では、不開示とされた場合に不服があれば、その決定を知った日の翌日から3カ月以内に、審査請求を行うことができる。柏木さんは全国連絡会や労働組合に協力してもらい、県教委の決定の問題点を審査請求の書面にまとめた。

 審査請求に対する県教委からの弁明書と、それに対する反論書の提出が行われたのち、24年4月に県教委は情報公開・個人情報保護審査会に諮問。10回にわたる審議が行われた。11月には柏木さんと、全国連絡会会長で柏木さんの補佐人を務めた、元日本福祉大学教授の山口正さんの口頭意見陳述の場も設けられた。

 柏木さん側は、▽埼玉県や岐阜県、京都府では以前から開示請求で教員採用試験の評定票や評価表などが公開されていること▽各試験の評定項目や着眼点、評価の観点などを非公表としてしまえば、正規教員として必要な意欲、倫理観、コミュニケーション能力などを、どのような観点で判定しているかが見えてこないこと▽教員採用試験は県民から信託を受けた作業であり、その手続きや内容は原則として公開されるべきであること――などを訴えた。

 これに対し県教委は、▽近畿地方の自治体で教員採用試験のマニュアルなどの一部を公開したり、試験結果を情報提供したりしているところもあるが、和歌山県と同様の対応としている自治体もあること▽評定項目、着眼点、評価の観点などを具体的に示すと、受験技術のみの向上に偏ってしまい、受験生のありのままの姿を捉えるのが困難になることから、今後の試験運営に支障が出る恐れがあること▽今回の審査請求を受けて、24年度に実施された試験では面接などで「主な評価の観点」を示すようにしたこと▽柏木さんの開示請求で「主な評価の観点」に相当する部分を非開示にしたのは、受験者間の公平性の観点から業務に支障があると考えたためであること――と説明した。

 そして今年3月、審査会は県教委が当初非開示とした部分について、実技試験の検査員の氏名に関する内容を除き、「全て開示すべき」と答申。評定項目や着眼点、評価の観点などの記載は、受験生にとって内容を容易に推測できる情報であり、開示したとしても今後の試験運営に支障を来すとは認められない、と県教委の主張を退けた。

 実はこの間、柏木さんは新年度から勤めることで話がまとまっていたはずの高校で、4月になってから任用を撤回されていた。柏木さんは「審査請求中にこんなことは絶対あってはならない。開示請求権の侵害で条例違反だ」と憤る。ただし、県教委は取材に対し「開示請求をしていたことをもって任用拒否するということはない」と答えている。

 いずれにしても、非正規教員が弱い立場にあることは確かだ。情報共有の機会もなかなかないため、全国に同じような教員が多くいることを知らないかもしれない。

 全国連絡会の集会に行ったことで、柏木さんは開示請求という手段と仲間の存在を知った。

 「困っているときにどうすればいいか。話せる人が近くにいればいいけれど、そうではない人も多いと思う。そんなときはぜひ全国連絡会にアクセスしてほしい。全国には必ずどこかに聞いてくれる人がいる」

 柏木さんは今年も、一受験者として教員採用試験に臨む。

非正規教員の経験をきちんと評価する採用を

各地で行われている教員採用試験の開示請求を支援する山口さん=提供:本人
各地で行われている教員採用試験の開示請求を支援する山口さん=提供:本人

 柏木さんが挑戦した開示請求の強い味方となったのが山口さんだ。山口さんはこれまでも、全国各地で教員採用試験の情報開示請求に取り組み、成果を挙げてきた。そんな百戦錬磨の山口さんから見ても、今回の和歌山県のケースは「不服申し立ての結果、審議会がほぼ全面的に開示するよう答申したのは、ここ数年では珍しい」と振り返る。

 1969年に設立された全国連絡会は、非正規教員の待遇改善に向けた活動を展開してきた。情報公開制度が整備された90年代以降は、教員採用試験の問題や選考基準、本人の選考結果の情報開示を求め、開示請求を試みてきた。

 その結果、93年に名古屋市で初めて、開示請求が認められる。その当事者が、非正規教員として当時働いていた山口さんだった。その後、山口さんは大学で教員養成に携わりながら、各地で教員採用試験の情報開示請求の支援を行ってきた。

 教員採用試験の情報開示請求の社会的意義を、山口さんは「選考する側の能力をただしている。これが本丸だ」と強調する。

 「教育委員会は教員採用試験の受験者にすてきな教師像を求める。その可能性のある人を選考する上でも、選考する側の能力が伴わなければ、ミスマッチが起きる。教育委員会はその問題意識に極めて疎い」

 2000年以降、学校現場の非正規化が進んだ。特に04年に義務教育費国庫負担制度に「総額裁量制」が導入され、国の負担金の総額を越えない範囲であれば、都道府県や政令市で教員の給与額や配置を自由に決められるようになった。これを契機にそれまで正規教員を充てていたのを非正規教員に置き換える動きが加速した。非正規教員の増加は、近年深刻になっている教員不足を招いた要因の一つでもある。

 山口さんは「非正規教員の問題として改善すべきことは2つある。1つは、非正規教員の処遇改善だ。待遇がよくなければ人材は集まらない。もう1つは、教員採用の抜本的な見直しだ。非正規教員が担ってきた仕事に対し、採用試験で正当な評価が行われていない」と指摘する。

 教員採用試験を実施している多くの自治体では、非正規教員として一定の経験があると試験の一部を免除するなどの仕組みを導入している。しかし、学校で働いている非正規教員にとって、教員の仕事をしながら試験対策をするのは大きな負担だ。教員採用試験の実施時期が早期化すると、1学期の中で学校が最も大変な時期に重なってしまう。

 山口さんは、毎年教員採用試験を受けている非正規教員がこのような状態に置かれていること自体、地方公務員法30条の「服務の根本基準」や35条の「職務に専念する義務」に違反していると指摘。「日常的に学校で働いている非正規教員の受験者に、過剰な教員採用試験の準備を課していること自体、法令上の問題がある。負担をかけずに、日頃やっていることが正当に評価される試験にすべきだ」と話す。

 さらに山口さんは「職員の任用は、この法律の定めるところにより、受験成績、人事評価その他の能力の実証に基づいて行わなければならない」と定めている地方公務員法15条に触れた上で、次のように指摘する。

 「長く非正規教員をしている経験豊かな人たちは、教職の能力実証が繰り返し行われていると言える。それにもかかわらず、教員採用試験ではそのことが反映されないのは、この15条に違反している。そう私は考えている」

 

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教員採用試験 公立学校で正規教員としての任用を希望する人を対象に行われる選考試験で、都道府県や政令市などで毎年実施されている。近年、教員の人材確保が課題となる中で、実施時期の早期化や大学3年生でも一部試験を受験できるようにするなどの改革が行われている。

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