教師力・人間力―若き教師への伝言(70)記憶にないが記録にある

教師力・人間力―若き教師への伝言(70)記憶にないが記録にある
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日記をひもといてみる

 20年以上前、職場の先輩から「面白い」と薦められ、日記をつけ始めました。以来、1日わずか数行、時に書き忘れ、何日か後で思い出して書くということもありますが、現在も続いています。読み返してみると、非常に短い記述ですが、記憶に残っていることがあります。逆に記憶に残っていないことも多いです。

19××年3月○○日

 「卒業式。Aさんは入れず。手をつないで誘った方がよかったか?」

 この場面はよく覚えています。

 私は小学6年の担任で、Aさんは不登校でした。卒業式に何とか出てほしいとの思いで、直前の家庭訪問では、Aさんの友達数人と一緒に行って遊びました。その後、夕方には、そのメンバーで小学校の体育館に行き、卒業式の座席に座り卒業証書受け取りのリハーサルをしました。その時のAさんの表情は明るく、私は「卒業式に出席できるのではないか」という感触を得ていました。

 卒業式当日の朝、Aさんは、保護者の車で遅れて学校に来ました。気付いた先生が呼びに来てくれたので、学級での対応をその先生にお願いし、私はAさんのところへ駆け付けました。Aさんは車の後部座席に座っています。

 保護者の方が車のドアを開けましたが、降りてきません。私は「さあ、行こう」と声を掛けましたが、Aさんは動けません。手を差し伸べて「さあ」と言いましたが、降りることができません。ここで迷いました。

 駐車場まで来たのだから、手をつないで誘ってあげれば降りられるのではないか。いや、無理やりは良くないので、最後まで本人の意思に任せるべきだ。手をつなぐのはやめよう。迷いに迷いましたが、結局、手をつなぐことはできませんでした。式の時間が迫ったので車にAさんを残し、私は卒業式に出ました。Aさんは、式に参加できませんでした。その夜、日記に前述の短い記述を残しました。

同年3月△△日(前述の卒業式の3日後)

 「反省会。◇◇にて。B先生、C先生、D先生など本当に涙が出るくらいの言葉を掛けてもらった。12時30分帰宅。明日も酒が残りそうだ」

 この反省会の記憶はまったくありません。

 当時、年度末反省会は、全職員参加の宴会形式だったと思います。お酒を飲みながら、いろいろな先生と話をする機会があったことでしょう。Aさんの件で、私はかなり落ち込み、元気がなかったと想像されます。たぶん、いろいろな先生が私の話を聞いてくれて、私は慰められ励まされたのだと思います。そして、その夜、前述の記述を残したのでしょう。

 読み返してみて、うまく支援できず申し訳ないという思いがよみがえってきました。当時の自分なりに精いっぱい取り組んでいたこととは思いますが、記述から、若さ故の独り善がりな感じも受けます。Aさんの気持ち、保護者の方の思いをどれだけくんでいたのか。周りの先生との連携は十分できていたのか。今ならもう少し広い視野からの支援ができるのではないかと悔やまれます。

 そして、残念なのは、反省会のことを忘れてしまっていたことです。すっかり記憶から抜け落ちて、このAさんの件も自分一人の力で乗り越えて来たように勘違いしていました。

 私は失敗のたびに、いろいろな先輩や同僚に心配を掛け、世話を焼いてもらいながらここまで来ていることを思い出し、確認できました。大切なことなのに忘れてしまう、そんな自分のために、今後も感謝の気持ちを日記につづっていきたいと思いました。

(岩月章・豊田市立衣丘小学校長)

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