スウェーデンの学校では、全ての子供たちに給食が無償で提供されている。給食が始まった1800年代には貧しい地域の子供への生活支援だったが、1940年代には栄養面の基準が設けられ、1987年からは教育的な側面も加えた給食指導に発展してきた。さらに最近では、社会的な側面が注目されている。
スウェーデンの給食は、大きな食堂にクラスごとに順番に集まり、ビュッフェ形式で提供されるスタイルが主流だ。子供が各自、好きな量を自分のプレートに盛る。メインのおかずにサラダやパン、牛乳や水が用意されていることが多い。
給食指導をする教員を当番制にしている学校も多い。当番の先生は、子供たちに声量を落とすように、走らないように、食べ物で遊ばないように、残さないように、食べ終わったら机を拭くように――などを注意しながら、ひと時も気の休まらない時間を過ごす。
一人ぼっちの子はいないか、食欲のない子はいないかと気を配ることも忘れない。ウメオ大学が行ったアンケート調査では、約半数の子供が給食にネガティブな印象を抱いていた。「いじめ」と聞いて、給食時に孤独だったり、嫌がらせをされたりするシーンをイメージする人も多い。また、普段から食の細い子や、月曜日や金曜日に限って多く食べる子がいれば、家庭の状況に変化がないか気に掛ける。大人が寄り添って食べることで、食事の楽しさやマナーを伝え、よきモデルとしての役割を果たそうとしている。
給食は職員会議での定番の話題でもある。最近は教員の給食費負担が問題視されている。教育活動の一環である給食に、業務として関わっている教員がなぜ給食費を払わないといけないのか、という点である。給食指導があると昼休憩もとれず、子供たちと一緒だと落ち着いて味わうこともできない。仕事であれば、経費で負担すべきだ、という考えだ。こういった声に押されて、教員の給食費を補助する自治体も増えてきた。
もう一つは、静かな給食をどう実現するか、という問題だ。大きなホールで給食を食べると、食器やカトラリーがこすれる音や、いすを動かす音が響き渡る。子供たちの声は、波打つように大きくなったり(先生から注意されて)小さくなったりを繰り返す。
食糧庁のガイドラインでは、テーブルについて食べる時間を少なくとも20分は確保すべきだとしているが、多くの教員はこれを短過ぎると感じている。午前の授業後に給食の時間になり、食べ終わった子から昼休憩になる学校がほとんどだ。そうすると、子供たちは早く遊びに行きたいので、料理を少なくよそったり、急いで食べようとしたりして騒がしくなる。ある基礎学校では、この問題を抜本的に解決しようと、給食を授業と授業の間の時間に入れ、休憩時間は別に設けることにした。給食の後に休み時間がないので、子供たちは落ち着いて食べるようになったという。
また、食堂の防音性能の問題もある。古い校舎では、複数の小部屋がつながって食堂として使われるところもあるが、最近は改修をして大部屋にすることが多い。広い空間にすることで、集会場として利用できるようになるが、防音対策がされることはまれだ。
ピテオ市にあるピットホルム基礎学校もそうした学校の一つだ。小部屋の壁を取り払い、ホールとキッチンの2部屋に仕切り直した。しかし、教員からの評価は芳しくない。ある教員は、大部屋にするのであれば防音対策をもっとしっかりすべきだったと酷評する。小部屋であれば小グループことに分かれて座り、そこに大人がつけば落ち着いて食べることができるが、大部屋だと声がどんどんエスカレートしていく。また、大部屋だと教員の責任もあいまいになりやすい。
この学校では、部屋にカーテンを取り付けたり、音の出にくい食器を使ったり、観葉植物を置いたりするという工夫も提案された。しかし、カーテンについては、誰が洗濯するのかという問題が挙がって頓挫している。洗濯は清掃員の業務に含まれず、教員がやるわけにもいかないため、棚上げされている。
給食を通して、インフォーマルな雰囲気で大人と子供が一緒に食卓を囲めるメリットは大きい。授業中には気が付かなかった側面を見つけたり、気になる子に個別に対応したりして、関係性を深められる。
一方で、コミュニケーションによって傷つく子たちへの配慮や、それを防ぐためのルール作りも必要になり、騒音の問題も生じている。中には、食事中はずっと黙って食べるように指導する教員もいるが、社会的な面が強調される昨今では、ふさわしくないと考えられるようになってきた。
給食はこれからもホットな話題であり続けるのだろう。