鹿児島県立高校で家庭科を教える山下優香教諭は、キャリアコンサルタントという資格との出合いによって、さまざまな壁を乗り越えてきたという。資格を取得したことがキャリア教育で生かされただけでなく、学校外とのつながりができたことで世界が広がり、最近では地域、学校、企業、生徒、教師などをつなぐ役割も担っている。教員という職業のキャリアやこれからのキャリア教育の在り方について、山下教諭に聞いた。(全3回)
――キャリアコンサルタントの資格を取得しようと思ったのには、どんなきっかけがあったのですか。
私、担任をするのが大好きなんですよ。初任の農業高校では女子のみの生活科のクラス担任を任されました。担任としての在り方など分からないことが多い中で、クラスの生徒たちに助けてもらいながらでしたが、すごく楽しい時を全力で過ごしました。次の学校では男子クラスの担任もしてみたいなとひそかに野望を抱いていました。
でも、工業高校に異動してから、「担任がしたいです」と希望を話していると、ベテランの工業の先生から「あなたには担任はさせられない」と言われてしまったんです。「なぜですか?」と聞いたら、男子生徒が多いからという理由で「女性だし、家庭科の先生には任せられない」とのことでした。また、専門系高校は大半の生徒が就職することもあり、担任の進路指導力が非常に重要なんですね。言われてみれば、工業高校の生徒の就職先に関する知識は、当時の私にはほとんどありませんでした。
そこで、どうやったら自分が担任になれるだろうか考えました。そんな時、たまたま妹の結婚式があり、妹の義母と話す機会がありました。妹の義母は、養護教諭として在職中に大学院へ進学し、臨床心理士になった人だったということもあり、「臨床心理士になったら」と言ってくれたのですが、私は「カウンセリングというよりはコーチング的なことをしたいから、ちょっと違うなあ」と返しました。すると、キャリアコンサルタントという資格があることを教えてくれたんです。
それからすぐ、キャリアコンサルタントについて調べました。そして、これこそが自分がこれから生きていく道であり、自分のやりたいことなのだと確信したんです。ただ、当時はまだあまりメジャーな資格ではなかったので、管理職の先生に「キャリアコンサルタントの資格を取りたい」と伝えても理解されないだろうなと思いましたし、当時は全国大会に出場するような部活動の顧問をしていたので土日も部活動があり、自分が学ぶための時間をつくれるかどうかが不安でした。
でも、キャリアコンサルタントの国家資格に注目していた進路指導主任の先生が後押ししてくれたおかげもあって、部活動の顧問配置など管理職にも応援してもらい、翌年の4月から毎週末に福岡の養成講座に通って資格取得を目指しました。たまたま出水は新幹線が通っていたので、福岡までは70分くらいで行けました。朝一の新幹線に乗って授業を受け、最終便で帰ってくるような週末が続きました。朝はあまり得意ではないのですが、新幹線の窓から見える朝日に何度も励まされました。
――キャリアコンサルタントの資格を取得して、何か変わったことはありましたか。
まず、念願だった担任に就くことができました。先ほど、担任が進路指導で大きな役割を担うと話しましたが、改めて高校における担任の仕事がキャリアコンサルタントの仕事なんだということを痛感しました。
ALTの先生から教えてもらったんですが、米国はキャリアカウンセラーみたいな人が校内にいて、いろいろな相談ができるようになっているらしいんです。その役割を日本の高校で担っているのは多分、担任です。日頃の授業は教員が前に立ち、大勢の生徒を相手にしますが、担任になると生徒との「一対一」のやりとりが何回も続きます。
――資格を取ったことで、よかったなと思うことは他にありますか。
まず、キャリアコンサルタントの勉強をする中で、多くの仲間たちとの出会いがありました。それが大きな刺激になりました。教員が考える「働く」と、企業で働く人や人事の方たちの「働く」は、多くの部分で視点が全く違うんだなと感じました。資格を取得したこと以上に、そうした人たちと出会えたことがよかったですね。
また、企業の方たちが高卒の新人を温かく迎えようという姿勢を持ってくれていることも知りました。就職活動に臨む生徒たちは少なからず不安を抱えていますが、「企業の方は、みんなをすごく大切に育ててくれるんだよ」と自信を持って伝え、応援することができています。
それから、企業の方々が「実際に会社や工場、現場に足を運んでみること、行ってみることが大事」と常々おっしゃっていたので、生徒たちには「機会があれば応募前の職場見学に行くといいよ」とアドバイスしています。そうやって実際に企業で働いている方々から生きた情報をいただけたことは良かったと思います。担任をしたクラスの生徒たちのほとんどが応募前の職場見学に参加し、求人票やホームページ、パンフレットだけでは分からない情報を肌で感じ、働いている方々の姿に触れ、「その企業で働いてみたい」という意欲が高まったり、逆に自分にはこの仕事は少し向いていないかもしれないと感じたりしたようです。まさに百聞は一見にしかず、ですよね。
それから、語弊があるかもしれませんが、生徒に「何かあったら会社を辞めてもいいよ」と言えるようになりました。就職後に何があるか分かりませんし、高卒で入った企業が一生の仕事と決めることは難しいことではないかとも思っています。以前には、無理をして体や心を壊してしまった真面目で我慢強い卒業生を何人も見てきました。早期離職が問題視されることもありますが、働き方も多様になってきていますし、転職してスキルアップする方もいます。「たくさんの求人がある中で、3年間ちょっと学びたいな、面白そうだな、力が付けれそうだなと思う企業に就職するという考え方もあるよね」などという言葉も掛けられるようになりました。それもキャリアコンサルタントの仲間との交流を通して得た知見です。
――キャリアコンサルタントの視点が、強みになっているのですね。
工業高校生は、結構かっこいいんですよ。でも、工業高校に赴任し、他の高校生たちと比べてそのかっこよさをアピールできていないなと思っていました。例えば文化祭では、農業高校の時には自分たちで作った生産物を売る生徒たちの姿がすごく威勢が良かったですし、商業高校でも生徒たちが自分たちで仕入れた物をさまざまなアイデアを駆使し、生き生きと売る姿が輝いて見えました。そんな中、どうやったら出水工業高校の生徒たちが輝きを放てるかと思案していました。
そんなある日、彼らの実習を見に行ったのですが、いつもだるそうに座学を受けている生徒たちが、真剣な表情で木を削ったり、鉄を磨いたり、溶接をしたり、電気工事の線をつないだりしていたんです。その表情と作業服姿が「カッコいいな~」と思って、これを見せたら、もっと出水工業ファンが増えるんじゃないかと思いました。
それで考えたのがワークショップ型の文化祭です。人は何かを人に教えるときが一番、学習効果があると言われています。彼らが誰かに実習で培った技術のエッセンスを教える瞬間は、多分もっといい顔になるはずだし、学びにもなるはずだと考えました。
最初は「安全管理はどうするんだ」「けがをしたときの保険はどうするんだ」「予算はどこから?」「準備はいつ誰がするんだ」「生徒は動かないよ」など、職員からいろいろと言われました。でも、私だけでなく生徒会の生徒たちが「これ絶対、伝統になると思うんだよね」とノリノリだったので、彼らから動きだすことで、協力してくださる先生方が徐々に増え、学校全体で取り組むことができました。今でもその時の生徒会のメンバーとは試行錯誤した思い出話で盛り上がります。
以前、ある女子生徒が「実は中学生の時に文化祭に来て、『出水工業はめっちゃ面白い!』と思って入学したんです」と話していました。そういう生徒は少なからずいます。お母さん方がワークショップに参加して、楽しそうに自分の子どもやその友達に教えてもらっている姿も良かったですね。地元の工業高校の世間的イメージは決してよいことばかりではありませんので、そうした経験をしたお母さん方が「あそこの生徒、結構いいよ」なんて広げてくれたらいいなと思っています。
ただ、コロナ禍になって以降は、ワークショップ型の文化祭が開催できていません。その代わりに最近は、地域を巻き込んでの文化祭的なイベントを企画しています。
【プロフィール】
山下優香(やました・ゆうか) 鹿児島県奄美大島出身。高校生までを鹿児島で過ごし、長崎大学へ。大学卒業後、期限付き教諭として奄美高校、大島北高校で勤務。教員採用試験に合格後、鹿児島県高校教諭として鹿屋農業高校での4年間の勤務を経て、現在は出水工業高校に勤務。どうやったら生徒の夢がかなうか、生徒と一緒に考えることが好きという自身の性質に気付き、2019年にキャリアコンサルタントの資格を取得。一方で、学校を学びの場として提供する「高尾野わくわくアカデミー」のメンバーとしても活動中。プライベートでの学びを生徒たちに還元するために、20年度「本気の地域づくりプロデューサー養成講座」や「第2回リノベーションスクール@出水(2022)」にも参加。