話題の本『2040 教育のミライ』の著者である礒津政明さんは、高校時代から日本の未来に危機感を抱いていたと話す。そして、その思いは学校教育への問題意識とリンクする形で、現在のキャリアへとつながっている。インタビューの2回目は、自身の子ども時代を振り返ってもらうとともに、ソニー・グローバルエデュケーションでの事業活動とそこに込めた思いを聞いた。(全3回)
――前回、高校時代から日本の未来に危機感を抱いていたとの話がありました。どんな子ども時代を過ごされたのでしょうか。
小学生の頃からベンチャー企業に興味があり、創業間もない頃のビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズに関する記事などを読んで、「将来は起業家になりたい」と思っていました。小学校の卒業文集にも、そんなことを書いています。また、当時から株式会社の仕組みに興味があって、日本経済新聞の株価覧を見たり、週刊『ゴールデンチャート』を読んだりして興奮する、少し変わった子でした。
8歳くらいの頃から家にあったパソコンを使っていて、10歳の頃には株価に関するプログラミングを作ったりもしていました。毎日の為替相場も欠かさずチェックしていて、学校で先生から「今、1㌦が何円か分かる人?」と聞かれたときは、正確な数字を答えて驚かれていました。
また、高校時代は大好きな数学と物理ばかり勉強していました。大学受験は東京工業大学を目指したのですが、数学、英語、物理の3教科だけで勝負すると決め、国語はほとんど勉強せず、地理に至っては1秒も勉強せずにセンター試験に挑みました。地理の解答なんて、鉛筆を転がして決めていましたね。
――それでも、合格したのですからすごいことです。
センター試験は全体の7割ほどしか点が取れませんでしたが、当時の東京工業大学は二段階選抜がなかったので、二次の数学と物理で圧倒的な点数を取れば受かると思っていました。実際に数学で9割、物理で8割の点を取って合格することができました。
――かなり個性的なタイプだと思いますが、何か変わった家庭環境があったのでしょうか。
父はもともと銀行員で、脱サラして鮮魚店を営んでいました。ごく普通の一般的な家庭です。だから、興味関心が数学と物理に偏っていたのは、個人的な資質だと思います。ただ、子どもの頃から家庭にパソコンと日本経済新聞があったので、それが一つのきっかけにはなったのかもしれません。
――子どもの頃、学校教育に対しては何か問題意識を抱いておられましたか。
そうですね。「社会に出れば皆コンピューターを使って仕事をするのに、なぜ学校ではそれを使わないのだろう」と思っていました。ようやく1人1台ずつ端末が配備されたのは、それから30年もたった後のことです。加えてようやく配備されたのに、相変わらず子どもたちは重たい教科書を持って登下校しています。
――学習者用デジタル教科書が全教科に入れば、状況は変わってくると思います。ただ、健康面への影響を懸念する人もいます。
健康面への影響については、専門家でないので詳しいことは分かりません。ただ、個人差があるのは確かで、端末を長時間見ても視力が下がらない人もいます。もちろん、視力が下がることも考えられますが、そうしたマイナス面を補って余るほど、知識や思考力の向上に寄与する側面もあります。
学習者用デジタル教科書は、ただ紙を電子化しただけでなく、音声・動画などインタラクティブなコンテンツもあって、子どもたちの学びを深めていく上で大きな効果を発揮します。英語のリスニングも、一人一人が自分に適したスピードでできます。マイナス面ばかりを気にするのではなく、プラス面も考慮しながら活用を進めていくべきだと考えています。
――小学校で始まったプログラミング教育については、どう御覧になっていますか。
私自身、小学校のプログラミング教育を検討する有識者会議のメンバーとして関わらせていただき、「プログラミング的思考」という考え方を提唱させていただきました。ただ、現状のプログラミング教育には、いくつか課題があるのも事実です。
――「小学校プログラミング教育の手引」には、プログラミングで「正三角形をかく」などの例示もありますが、あまり創造的な活動には思えません。
そうですね。確かに一つの正解に向けて皆が同じプログラミングを書くような活動は、あまり意味がありません。プログラミングで大切なのは、一人一人が異なるゴールに向かって、異なるアウトプットをしていくことです。そうした多様性の中から、次なる創造が生まれると考えています。
一方で、そうした創造的な活動を「評価する」ことに、多くの先生は慣れていません。そのために、プログラミング教育にも正解・不正解のある課題を出しがちです。この点は日本の学校教育が抱える構造的な課題の一つだと捉えています。
――現在、会長を務めるソニー・グローバルエデュケーションでは、どのような事業を展開されているのでしょうか。
以前から当社では、ロボット・プログラミング学習キットの「KOOV(クーブ)」を学習塾や通信教育の事業者さん向けに提供してきました。最近は、もう少し幅広くプログラミング以外のスキルを身に付けてもらうことを目的に、デジタル制作・探究プラットフォーム「PROC」を主にZ会さん向けに提供しています。
――今後、学校への展開は予定されているのでしょうか。
学校で言えば、神奈川県の聖光学院さんにご利用いただいており、その周辺の私学さんにも音楽制作やデータ分析、ウェブ系のプログラミングやデザインなどをご利用いただいています。今後は公立学校にも広げていきたいところですが、国の教育投資が進まない状況もあって、まだ少し時間がかかりそうです。
――民間企業が公教育に参入するのは、やはり難しい部分もあるのでしょうか。
そうですね。私はもっと教育界と産業界が連携していくべきだと考えています。かつての日本社会は、学校での学びは学校で完結し、社会人として必要なスキルは会社に入ってから学ぶという二段構えの構造でした。この仕組みを改め、学校と社会をシームレスにつなげていくべきです。学校と地元の企業などがつながり、小学生のうちから日常的に交流機会が持てるようにする。国の補助があれば、各企業はそうした連携ができます。
関連して、大卒者の一括採用という日本特有の仕組みも時代遅れです。海外の大学生は、在学中に何度もインターンシップを重ね、実社会で必要なスキルを学びながら就職していきます。また、就職後には再び、ステップアップのために大学へ入り直すこともあります。そうして柔軟にキャリアを形成していく仕組みの方が、圧倒的に理にかなっていると思います。
――日本人のキャリアは、まだまだ「単線型」の印象があります。
日本の場合、大学入学時点で学部だけでなく学科まで決まっていることもあります。加えて、在学中に転部・転科をしたくても、一部の成績優秀者しかできないケースが大半です。でも、高校3年生の段階でどれだけの生徒が、自分の将来を見据えて「電子工学」か「電気工学」かを正しく選択できるでしょうか。そう考えても、もっと柔軟なシステムに変えていく必要があります。
【プロフィール】
礒津政明(いそづ・まさあき) 1998年、東京工業大学卒業。2000年、同大学院修了、ソニー㈱入社。ソフトウェア、ネットワーク、ウェブ関連の研究開発に従事。12年より㈱ソニーコンピュータサイエンス研究所にて、事業インキュベーションに携わる。15年に㈱ソニー・グローバルエデュケーションを設立。16年5月、文科省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員に就任し、「プログラミング的思考」を提唱。ロボット・プログラミング学習キット「KOOV」で16年度グッドデザイン金賞、第15回日本e-Learning大賞などを受賞。教育者向けイベント、教育シンポジウム・学会、ブロックチェーン技術イベントでの講演多数。