【社会保障制度を教育に】 問題意識の出発点とは

【社会保障制度を教育に】 問題意識の出発点とは
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 「けがで仕事を休まなくてはならず、医療費と生活費に困ったらどうする?」「会社でハラスメントを受け、体調を崩したらどこに相談すればいい?」――。こうした人生のピンチに備え、社会保障制度について義務教育段階からより詳しく教えるべきだと『15歳からの社会保障』(日本評論社)の著者である横山北斗さんは話す。出発点は「困り事を助ける制度はあるのに、人々の利活用が進まないのはなぜか」というジレンマだったという。そんな横山さんに、インタビューの第1回では自らNPO法人を立ち上げ、解決に向けて奔走するまでの歩みについて聞いた。(全3回)

ソーシャルワーカーとの出会いは難病経験者の自助グループ

――横山さんがソーシャルワーカーになるまでの経緯について教えてください。

 小児がん経験者の自助グループに参加していた大学1年生の時に、サポーターのソーシャルワーカーに出会ったのがきっかけでした。私は中学2年生の時に、小児がんで長い闘病生活を送りました。高校時代から新聞記事でそうしたグループがあることは知っていたので、大学進学のために群馬から神奈川に出て来たのを機に、参加してみることにしました。

 そこには、自分と同じように幼少期にがんを経験していた人が集まっていました。大人になって社会生活を送る上での困り事など、当事者同士だからこそ分かる話をたくさん聞くことができ、参加する中で同じように困難を抱える人の役に立ちたいと思うようになりました。

影響を受けたのは、学生時代に出会ったソーシャルワーカーだったと話す横山さん
影響を受けたのは、学生時代に出会ったソーシャルワーカーだったと話す横山さん

 大学では工学部に在籍していたのですが、2年生の時に福祉系の大学へ編入しました。その後、社会福祉士の資格を取得して卒業し、ソーシャルワーカーとして病院に勤務し始めました。

 病院での仕事は、外来や入院で医療機関に来られた患者さんやご家族に向けて、病気になって生じる困り事を解決・軽減するためのお手伝いが中心でした。例えば、病気で仕事を休まなければならなくなったときの生活費のことや医療費に関する相談対応、ご高齢の患者さんを退院後に介護保険サービスの利用につなげる支援などです。

ネットカフェに居住する人が救急搬送されてくる

――その後、NPO法人を立ち上げるまでの経緯を教えてください。

 そうして病院に勤務する日々の中で、ネットカフェに居住されている方が体調を崩し、救急搬送されることが多くありました。そうした方たちに対応する中で、その患者さんからなぜネットカフェに住むようになったのか、救急搬送されるまでなぜ受診せずにいたのかなどの話を伺うことがありました。

 患者さんが「家賃が払えなくなったから、ネットカフェに行くことになった」と話されたタイミングで、私が「住居確保給付金や生活保護の利用を相談されたことはありましたか?」とお聞きしても、「そもそもそういう制度があることを知らなかった」とか「住所がないから生活保護は受けられない」とか、制度の内容を誤って理解されている方が多かったのです。生活保護制度は住所不定でも申請することができるのに、知らないがために制度利用から排除されてしまう現実を目の当たりにしました。

 「会社を辞めて健康保険が国民健康保険に切り替わるときに、保険料が支払えず無保険のまま来てしまった。保険証なしで病院にかかると負担は10割と知っていたので、とても支払えないと思って受診できなかった」という話もよく伺いました。国民健康保険の保険料が支払えない場合は、減額や納付の猶予期間を設ける制度があります。でも、多くの患者さんはそうした制度を知りませんでした。

 また、生活保護制度とは異なり、ネットカフェに住んでいる場合は居住という扱いにはならないため、国民健康保険の加入は非常に難しい状況があります。その結果、ますます受診から遠ざかってしまい、病状が悪化して救急搬送という事態に至ってしまうのです。

困り事を抱える人と向き合う中で、制度利用の矛盾を感じたという
困り事を抱える人と向き合う中で、制度利用の矛盾を感じたという

 制度はあるのに、本当に必要な人が必要なタイミングで利活用できないのはおかしい、こうした社会構造は解決しなければならないと思いました。

 例えば、ネットカフェに公的な支援の内容を伝えるチラシを置けば、病気が悪化する前に行政の窓口に相談しに行けるかもしれません。目の前の困り事の解決だけでなく、困り事が起きる前に環境や社会構造に働き掛けるのがソーシャルワーカーの役割の一つなので、何かできないものかと考えました。

 でも、それは病院勤務のソーシャルワーカーの業務範囲を超えてしまうことにもなります。ソーシャルワーカーの職業人としての在り方と、病院勤務という組織人としての在り方のギャップに悩んだ末、8年勤務した後に退職し、同じ課題意識を持つ仲間と共にNPO法人を立ち上げることにしました。

制度へのアクセスが「自助頼み」なのはおかしい

――現在はどのような活動をされているのでしょうか。

 環境や社会構造に働き掛けができるソーシャルワーカーを育成するための研修事業の他に、経済的な困り事を抱えている人向けのオンライン相談事業、自治体の福祉関連部門のコンサルティング事業などを行っています。自治体向けのコンサルティング事業では、自治体の福祉制度の情報発信や市民の制度の利用しやすさを高める計画のお手伝いをしています。

 今の社会福祉制度は、本人が自ら行政の窓口に出向いて利用を申し出る「申請主義」を前提としています。それ自体は「主義」なので悪いことだとは言えませんが、そうした方針を採るのであれば、自治体が市民に対して社会福祉制度についての情報発信をし、来所や利用・申請の手続きをしやすくすることが不可欠です。

 でも、残念なことに、その内容や方法については国が規定せず、各自治体に任されています。自治体が策定する「地域福祉計画」や「地域福祉活動計画」などの各種計画の中に、社会保障制度に関する情報発信や利用しやすさが位置付けられるかどうかは、自治体の首長や財政次第というのが現状です。

――そうなると、どんな不都合が起きるのでしょうか

「知らないと使えない」状況では、セーフティーネットとは言えないと話す
「知らないと使えない」状況では、セーフティーネットとは言えないと話す

 社会保障制度の情報を得ることができ、申請方法や利用の条件などを理解し、自分から申請することができる人しか、制度を利用できないことになります。例えばA市ではインターネット申請ができるのに、B市では窓口に出向かないと受け付けてくれないとしましょう。よく考えてみると、おかしな話です。社会保障制度は、全国どこに住んでいても権利を行使できる「公助」であるにもかかわらず、制度へのアクセス(利用しやすさ)が自治体によって異なり、「知らなければ使えない」という「自助」頼みみになってしまっているわけです。この点は大きな課題で、制度的構造を変えていく必要性を感じています。

 私が『15歳からの社会保障』を書いた理由も、そうした問題意識があったからです。「知らなければ使えない」という、申請を阻むバリアーを解消していかなければ、制度から排除されてしまう人が出てきてしまいます。それでは、本当の意味でのセーフティーネットと言えないと思うのです。

【プロフィール】

横山北斗(よこやま・ほくと) NPO法人Social Change Agency代表理事。群馬県前橋市生まれ。神奈川県立保健福祉大学を卒業後、社会福祉士として医療機関に勤務した後、2015年にNPO法人を設立。18年、申請主義により社会保障制度から排除されてしまうことに問題意識を持ち、ポスト申請主義を考える会を設立。22年11月に『15歳からの社会保障 人生のピンチに備えて知っておこう!』(日本評論社)を出版。内閣官房こども家庭庁設立準備室「未就園児等の把握、支援のためのアウトリーチの在り方に関する調査研究」検討委員会座長も務めた。社会福祉士、社会福祉学修士。

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