本州最南端に位置し、日本初の民間ロケット発射場を有する和歌山県串本町。この地にある和歌山県立串本古座高校に来春、「宇宙探究コース」が開設される。その中心的役割を期待され、専門の教員として着任したのが、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に勤務経験がある藤島徹教諭だ。初めての教員生活を「想像以上に多忙だ」と語る藤島教諭に、「宇宙探究コース」の具体的内容、着任の経緯などを聞いた。(全3回)
――県立串本古座高校に2024年度、「宇宙探究コース」が開設されるとの発表があったことは、本紙でも昨年1月に報道しました(参照記事:「全国初、県立高に『宇宙探究コース』新設 和歌山県教委」)。このコースは卒業生が宇宙に関わる職に就くことを想定しているのでしょうか。
仰る通りです。もうすぐこの地からロケットが打ち上がる見込みで、生徒にとって「本物を見る」という体験はとても大きなことです。若いうちに本物に触れる体験をして、心を動かされるような体験を重ね、大学の宇宙関連分野に進んでほしい。そしていろいろなことを学び、いずれはこの町に帰ってきてほしいと思います。その頃にはたぶん、この町の宇宙産業もかなり発展しているはずなので、地元をさらに盛り上げてくれる人材になってほしいと思っています。
――これまでの普通科を改編し、新しい普通科に設置されるコースとのことですが、どのようなカリキュラムなのでしょうか。
生徒たちは、宇宙に関する科目を3年間で7~11単位履修します。まず、1年生で宇宙に関する知見を幅広く学ぶ科目として「宇宙探究基礎」を履修します。2年生になると、さらに専門的かつ理系的な科目として、「宇宙航空工学」「宇宙観測と利活用」を履修します。その他に、文系的な科目として「宇宙ビジネス探究」も履修します。
3年生になると「衛星データ分析と活用」という科目を履修します。人工衛星の写真から、「今、災害がこういう場所で起こっている」とか「台風が来る前と来た後では、こんなに地形が変わる」といった情報を読み取って、社会に役立てる方法を学んだりします。その他に「宇宙と国際理解」という科目があり、世界各国で起こっている宇宙開発の現状を英語のホームページで調べたりしたら面白いなと思います。
――宇宙に関わる直接的な内容を学ぶのですね。
そうですね。外部講師の講演会を開いたり、「総合的な探究の時間」に専門家を招いたりといったスポット的な取り組みは多くの学校で行われていますが、宇宙探究コースは3年間通じて宇宙を「がっつり」学べるところです。
――理系の科目が多いとイメージしていたのですが、文系の要素も多いのですね。
宇宙と聞くと理系のイメージを持つ人が多いですが、実際の仕事には理系の人だけでなく、文系の人もたくさん就いています。そのため、文系も活躍できる科目設定になっています。宇宙に関わるビジネスについても、2年生の「宇宙ビジネス探究」で考えさせられたらいいなと思っています。
――中学生向けの入学説明会でも、進路が理系だけではないことを伝えるのでしょうか。
今後開催する説明会では、そういう話をしようと思っています。宇宙は理系だけのものではありません。県の発表でも、理工系学部への進学だけではなく、宇宙に関連する観光や経済、国際関係といった文系学部への進学にも対応する方針だとしています。
――県の発表では、「宇宙に関心のある生徒を全国から募集する」としています。
「宇宙に興味があります」という生徒が全国から来てくれることを期待しながら、いろいろな広報活動をしています。もともとこの学校は全国から生徒を募集していて、今年度の新入生にも県外から来た生徒が12人います。来年度は30~40人くらいになってくれたらうれしいなと思っています。
また、こういう学校が串本町だけでなく日本各地にできて、宇宙分野の教育・研究が活性化していくといいなとも思っています。その意味で、全国で初めて公立高校に宇宙関連のコースができたことの意義は、非常に大きいと思っています。
――他県などから入学した生徒は寮に入るのでしょうか。
寄宿舎がありますので、そこに入っている生徒もいます。今年4月に入学してきた12人の生徒は、私と同じように串本の町を楽しんでいるんじゃないかと思います。
――藤島さん自身も家族を神奈川県のご自宅に残しての単身赴任ですよね。串本町にはどんな印象を持たれていますか。
自然が豊かですし、なんといってもお刺身など食事がおいしいですね。初めての単身赴任ですが、地域の人が温かくて住み心地の良い町です。日本初の民間ロケット発射場が整備されたのをきっかけに、「宇宙の町」として発展しつつあります。
――今年度も、すでに教諭として串本古座高校に勤務しているのですよね。
はい。4月1日付で和歌山県の職員になり、ロケット事業を担当する「産業技術政策課」の主幹になったと同時に、串本古座高校の教諭にもなりました。
宇宙探究コースのカリキュラムを作る傍ら、教諭として学校での仕事に慣れるために授業にも入っています。ただ、授業自体は私がメインでしているわけではなく、いわゆる「T2」の立場でサポートをしています。また、地域貢献のボランティア活動をする部活動の顧問もしています。
――どのような授業に入っているのですか。
例えば、スキューバダイビングのライセンスを取るような授業や、地方に古くから伝わる「南紀食文化」に関する学校設定科目の授業など、ユニークな授業にも入っています。ダイビングで潜る海では無重力環境を模擬すること、食文化の授業では宇宙食も学べることができれば面白いなと思っています。
――ところで、今の仕事にはどのような経緯で着任されたのでしょうか。
宇宙探究コースを設置するにあたっての有識者会議で、「宇宙に詳しい専門教員がいた方がいい」という話になり、県の試験を受けて採用されました。ただ、私自身は教員免許を持っていないので、理科の特別免許状をいただく形で勤めています。余談ですが、私自身は高校時代に父親を病気で亡くし、金銭的に苦しかったこともあって大学時代はアルバイトで忙しく、教員免許を取る時間がありませんでした。
――実際に学校で働いてみていかがですか。転職して多忙感はありますか。
正直なところ、忙しいですね。
――今までの勤務経験では、定時退勤が普通だったのでしょうか。
いつも定時退勤というわけではなくて、終わらないと帰れないような日はありました。どんな職種でもそうだと思います。でも今は、「終わらないと帰れない」という感じではなく、「生徒のためになるんだったら、ちょっと遅くなっても頑張ろう」という気持ちでしょうか。そんな気持ちがモチベーションとなって働いているように思います。
【プロフィール】
藤島徹(ふじしま・とおる) 1967年、神奈川県生まれ。日本大学理工学部航空宇宙工学科卒業。(公財)日本宇宙少年団、学習塾講師などを経て、(一財)日本宇宙フォーラム。2011年4月より4年間、18年5月より約5年間、JAXAへ二度出向。