従来の学校教育では「正しい」とされる知識を身に付けることに主眼が置かれてきました。その一方で、目まぐるしく変化する現代では常識が簡単に書き変わってしまい、何が正しいかを判断するのは簡単ではありません。私たちは情報に翻弄(ほんろう)され、当たり前とされる事実や世間の多くの人が信じることを、確かめもせずにそのまま受け入れてしまう態度を取りがちです。その上、固定観念にとらわれてしまうと、それ以外の選択肢が見えずにどうにもならなくなります。そんな時代に本当に必要なのは、正しい答えを選び取るよりも選択肢を自ら創造する能力であり、そのためにはさまざまな問いを立てる態度をいかに育むのかが課題になってくるでしょう。
そこで参考になるのがアーティストのモノの見方です。アーティストは世間の多くの人とは異なるモノの見方をしていて、特に最近注目を集める「現代アート」の作品の中には私たちの信念や固定観念を揺るがすものがたくさんあります。シリコンバレーのイノベーターたちが新しいアイデアを生むために現代アートにヒントを求めた話や、成功したビジネスマンが現代アートを重視し、コレクションや支援に励むような話を耳にしたことがあるのではないでしょうか。文科省が唱えるSTEAM教育の中にもARTが含まれ、アートの創造性を教育の中に取り組むことにも期待が集まっています。
最近の現代アートは絵画や彫刻だけではなく非常に表現の幅が広がり、また従来の美術館や制度の枠を抜け出して街や自然地へと展開する作品もたくさんあります。テーマも多様で、人との関係性や社会の仕組みを浮き彫りにする作品、科学的な知見をもとに物理化学現象を用いた表現など、美術以外の教科と深く関係するものがたくさんあります。そんなさまざまな角度からアプローチする現代アートの見方やアーティストたちの制作の動機が分かれば、私たちのモノの見方は少し自由になり、これからの科学技術や社会の仕組みを考える上で柔軟な発想を持てるようになるかも知れません。
一方で、現代アートは難解であり、意味不明なものとして受け止められる部分も否めず、「興味はあるけど何から始めていいのか分からない」という声もよく耳にします。そこで、この連載では現代アートの「解説」ではなく、その「見方」についてひもといていきます。これまで現代アートの制作や風景の設計などを通じてモノの見方のデザインについて研究してきた筆者が、現代アートを見る上で多くの人がハードルに感じることにフォーカスしながら、どこに着目すれば私たちのモノの見方が変わるのかに力点を置くことにしました。食わず嫌いになっている現代アートの見方を知ることで、これまでの世界の見方が変わるようなヒントになればと願っています。
【プロフィール】
ハナムラチカヒロ 大阪公立大学大学院・現代システム科学研究科准教授。専門は風景異化論と生命表象学。モノの見方を変えるさまざまな方法や、生命が表現するさまざまな様相や形態のデザインを研究するとともに、空間アートの制作から映像、舞台などでもパフォーマンスも行う。大規模病院の入院患者に向けた霧とシャボン玉のインスタレーション「霧はれて光きたる春」で第1回日本空間デザイン大賞・日本経済新聞社賞受賞。著書には『まなざしのデザイン:〈世界の見方〉を変える方法』(NTT出版、中高大の入試問題に多数採用)、『ヒューマンスケールを超えて わたし・聖地・地球』(ぷねうま舎、共著)、『まなざしの革命 世界の見方は変えられる』(河出書房新社)など。ハナムラのウェブサイトはこちら。